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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

NIGHTLINE

作者: 高嶺玲

沈まぬ闇で、僕らは生きた


 父が仕事を失った冬の日から、誠の家は崩れていった。

 家中を満たす沈黙、母の痣、父の怒号。誰もが“あと少しで元通りになる”と信じながら、それは叶うことなく現実は音を立てて壊れていった。


 ある夜、誠は父が母を罵倒し、暴力を振るう音で目を覚ました。恐る恐る部屋を出ると、父の怒鳴り声、母のすすり泣きが響き、止めに入った誠も巻き添えに殴られた。そのときだった、母が包丁を手にし、父に向かって叫んだ。「やめて!」

 刹那、鋭い音が鳴る。父は崩れ落ち、母は呆然と血に濡れた手を見つめた。


 誠は我に返り、母を抱きしめた。「大丈夫。全部、俺がやったことにするから」

 母は泣きじゃくった。

 その後のことは、ぼんやりとした記憶だ。警察、取り調べ、冷たい大人の視線。誠はどんな質問にも「僕がやった」と嘘を貫いた。ただ母を自由にしたかった。ただそれだけだった。


 そして連れて行かれた寒い児童施設の一室で、誠は一晩泣いた。しかし自分の行動に後悔は無く、ただ母との別れに泣いていた。その夜明け、彼はひとりで施設を抜け出した。どこにも誠が帰る場所はなく、罪人と逃亡者の烙印だけが心に深く焼き付けられていた。


 唯一、すがりたかった顔があった。幼馴染の悠真。

 二人の“秘密基地”だった古い公園で、誠は夜が明けるまで震えていた。

 そこに、悠真が来た。表情だけで誠の全てを察していた。


「全部話せよ。何があったんだ」


 誠は涙をこらえながら、父の暴力と、母の絶望、そして自分が庇ったことを打ち明けた。

 沈黙のあと、悠真は言った。「いいか、誠。一人で背負うな。俺が一緒に戦う」


 そして夜明けの街に、二人は肩を並べて歩き出した。


 それからの日々は生き地獄だった。

 行き場もなく、夜は公園や空き家で明かし、飢えをしのいだ。数百円を握りしめ、盗んだパンで飢えをしのいだこともある。

 しだいに、闇の世界の噂がふたりの耳に入り始める。


「逃げてるガキがいる」「使えるかもしれねぇ」。


 街の裏側――組織に“仕事”を持ちかけられる日もやってきた。そこで誠と悠真は自分達の生きた世界には無かった「正義」を貫くために足を踏み出した。


「俺たちだけのルールで生きてやろうぜ」と、悠真が言う。誠は「守れるものは必ず守る」と応えた。


 闇の世界に染まっていった二人はある晩、取引を持ち掛けられて訪れた“闇オークション”の会場で一人の少女と出会う。

 大人たちに売られそうになっていたその子は、幼い頃の誠によく似ていた。不安げな大きな瞳――。「助けたい」と誠は心から思った。そして、こうも思った。……もし、もしも。平和に家族で暮らせていたのなら、俺には妹がいたりしたのだろうか、と。


 悠真は「バレたら終わりだ」と誠の肩を掴んだが、誠は引かなかった。「もう、見捨てられない。あの子には俺が必要なんだ。俺達ならできる」

 誠はそう言うと、持ち前の頭脳と裏社会で手に入れた知略を生かして会場のネットワークやセキュリティをハッキングし電力を停止させると、その隙に体力面で優れたものを持つ悠真が少女の元に飛び出した。

 夜陰に乗じて少女を救い出す。そして三人は必死に逃げた。何度か危機的状況に陥りそうな気配を感じはした誠だが、何事も無く突破して会場を脱出する。

 逃げ込んだ先の廃ビルで、少女はぽつりと言った。「ひとりにしないで」

「うん、お前も今日から家族だ」誠はそう約束した。


 だが、そんな小さな温もりも、社会の闇には無力だった。

 組織の追跡、裏切り、そして法と暴力のはざま。誠達が少女を助ける為に裏切った組織に三人は再び追い詰められる。

 そこに現れたのが、誠を取調べした刑事――神崎だった。

 神崎は言った。「正しいことだけじゃ、誰も救えない。けど、嘘でも誰かのためになるってんなら、それを守り切れ」

 警察も、裏社会も、誠たちを完璧に救ってはくれなかった。

 だが、誠が父親を殺してはいないという事実を見抜いていた神崎だけは執念深く誠達を追いかけて、最後まで救いたいと願っていた。

 刑事としては、今ここで誠達を捕まえなければならない。しかし、一人の男として、その体は固まるばかり。

 母を庇い自分を犠牲にしてまで家族を守ろうとしていた誠。そんな誠が今こうして再び安息できる居場所である家族を手に入れていた。例えそれが裏社会であったとしても、取り上げることなど出来るであろうか。

 神崎は深く息を吐くと、拳銃を構えた。


 そしてつんざくような破裂音がして、誠は自分の死を理解した。


 だが、誠は死ななかった。


 誠達の目の前では、彼らを狙う組織の人間が倒れていた。それも次々に。

 慌てて刑事の方を見れば、全てを片付けた彼は上を見上げてまた息を吐いた。


「犯罪者は追う、それが俺の仕事だ。けど“人間”ってやつは最後まで信じてみたいんだよ。人間の正しさはひとつじゃない。それでも、正義と呼ぶなら最期まで貫いてみろ」


 神崎はそう言葉を残して、誠を救いあげた。


 まだ、誠達家族は終わらない。


 神崎が去り夜が明けた頃、誠、悠真、少女は廃ビルの屋上で朝日を見た。互いが生きている。それだけがすべてだった。


「家族ってさ、どこにでも作れるんだな」悠真がつぶやく。

「いろんなものを守れなかった。でも、俺はもう逃げない。これからは自分で選ぶ」誠が決意を込めて言う。


 少女が泣きながら、「一緒にいたい」とつぶやいた。


 誠は二人の手をしっかり握る。「俺と、悠真と、お前で――一番強い家族になろう」


 貧しさも傷も、罪も消えない。でも、腕の中には確かなあたたかさがある。この先どんな闇が来ようと、今度こそ誰も見捨てない。

 そう心に誓いながら、三人は新しい朝の下へ歩き出す。

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― 新着の感想 ―
社会の闇に翻弄されながらも、信念と絆を貫く姿が胸を打ちました。誠たちの“家族”の物語、切なくも力強く、読後に温かな余韻が残ります。
面白かったです。文章も分かりやすくて、場面場面のイメージが掴めました。 ありがとうございました。
過去に救われなかったからこそ、誰かを救いたい―― この“家族のかたち”、すごく好きです。 彼らがこれから歩いていく道を、ぜひ見守りたい...!
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