千剣の影
「……こんな場所が……?」
紗月や研修生たちは驚きの声を上げた。
(こんなボロビルの裏手に、こんな立派な場所があるやなんて……。)
ビルの裏手に広がる、広大な土地。
苔むした石畳が敷かれ、あちこちに古い墓碑が点在している。
紅子は研修生たちに目を向け、ゆっくりと口を開いた。
「驚いたでしょう?」
「ここは昔、陰陽寮だった場所なの。建物は朽ちたけれど、土地に刻まれた術式と霊脈は今も生きているわ。」
研修生たちは呆然としながら周囲を見渡す。
「……知らんかった……こんな場所があったなんて……。」
ふと目に留まったのは、古びた墓碑——
その表面には、五芒星が刻まれ、何度も斬撃を受けたような深い刀傷が刻まれていた。
(……清雅?)
清雅は墓碑の前で跪き、静かに手を合わせながら、目を閉じていた。
(……これ、結構古そうやな……。)
紗月は手を伸ばし、墓碑の表面に触れる。
指が墓碑の傷跡に触れた瞬間——
「——ッ……!」
紗月の視界が揺れた。
——逃げ惑う公家のような格好の男女。
——血と火の匂い。
——無数の刃が交錯し、男たちの怒声が響き渡る。
「な、なんや……!?」
脳内に突如流れ込んできた光景。
目の前にはないはずの戦場の光景が、あまりにも鮮明に広がる。
思わず手を引っ込め、数歩後ずさった。
——ズキン……!
こめかみの奥がズシリと重くなり、息が上がる。
「さっつん、早く!」
突然、千紘の明るい声が響く。
(——ッ!)
(今の、なんやったん……?)
動揺を悟られないように無理やり深呼吸し、顔を上げる。
しかし——
「……なぁ、見たか?」
「……あぁ。」
少し離れた場所で、獅子丸としのぶがコソコソと話していた。
「……おいおい、まさか今さらビビっとるんちゃうか?」
「……あり得るわね。」
しのぶが冷めた目で紗月を見る。
「戦う前にあれだけ息切らしてたら、勝負にならないんじゃない?」
「いやー、これはマジでやばいで! あの掃除係、ビビって足が震えてるやん!」
獅子丸がニヤニヤしながら囃し立てる。
(……違う……!)
紗月は 反論しようとしたが、喉がひりつくように乾いて言葉が出なかった。
今の衝撃がまだ残っていて、上手く言葉が出てこない。
「なーんや、どんだけ強いんかと思ったら、ただの腰抜けやん!」
「……。」
「……ったく、がっかりやなぁ。」
そう言いながら、ニヤついた表情でこちらを見てくる獅子丸。
(……ほんま、うるさいやっちゃな……。)
紗月は乱れた呼吸を整えながら、ゆっくりと足を踏み出した。
「はぁ……ホンマにやるんですか?」
「当たり前じゃん。もう待ちきれないし……。」
千紘はニヤリと笑いながら、ジュルッと口元を拭う仕草を見せた。
(……もう何言ってもあかん……しゃあないか……。)
紗月は内心げんなりしつつ、ゆっくりと前に歩き出す。
その片隅で——
「……橘紗月…お前の正体、見せてもらう。」
黒いパーカーのフードを被り、サングラスに白いマスク。
妙に怪しい格好をした男——青山颯が、墓碑の影からじっと紗月を監視していた。
(……まさか、早々に橘紗月の力を見れるとはな……。)
(……危険因子とは何か……確かめさせてもらう。)
しかし——
「……青山くん?」
「……え?」
振り向くと、そこには大宮静香が、不思議そうな顔をして立っていた。
「……なんで陰陽師協会に? しかも、そんな怪しい格好で……」
(……変装が……バ、バレた!?)
咄嗟に周囲を見渡すが、研修生たちは紗月と千紘の模擬戦に気を取られており、まだ騒ぎにはなっていない。
颯は素早く静香の肩を抱き、ひょいっと隅へと連れ込んだ。
「しっ! 声がデカい!!」
「ッ……!」
「……俺は橘を監視——いや、見てただけなんだ」
「……え?」
静香は眉をひそめる。
「……ま、まさか、ストーカー……?!」
「ち、違う!! これは…えーと……なんて言えばいいんだ……!」
「……はぁ……」
静香は呆れたようにため息をつく。
「青山くん、後でちゃんと話を聞かせてもらうからね?」
「……し、仕方ない……」
颯は肩を落としながらも、サングラスを押し上げ、再び紗月の様子を伺う。
(……さて、どう出る、橘紗月……?)
——バッッ!!
「鬼一法眼!――来なさいッ!!」
千紘の手が素早く印を結び、呪術陣が光の柱を立ち昇らせる。
そして、その中心から姿を現したのは——
平安時代の剣豪、鬼一法眼。
風流な着物を纏いながらも、手には霊刀を握り、静かなる威圧感を放つ。流れるような長髪、鋭い眼光——見るだけで只者でないことが一目でわかる。
「なっ!? 人型の式神だと!?」
「な、なんやこのプレッシャー……」
「す、凄い……空気が、震えてる……」
研修生たちは圧倒され、思わず後ずさる者もいた。
「……また、アンタか。いや……今日は依代の嬢ちゃんのほうか……」
鬼一は困ったように小さく息をつくと、紗月に目を向ける。
「……悪りぃな。うちの千紘が、また迷惑かけてるみたいで……」
「……ハハ」
「別にいいじゃん!! 強いのと戦えるんだから! 鬼一は文句言わない!!」
「………」
千紘が嬉々として促すのを見て、紗月は少し顔をそらした。
「さっつん、手抜いたら許さないからね!!」
「……はぁ……」
溜め息とともに、紗月は抱えていたキリを見つめた。
「キリ、いくで!!」
「ワン!」
そして——
——ゴウッ!!!
白い光がキリを包み込み、周囲の空気が一変する。
「っ……!?」
「えっ!? なにこれ……!?」
「なんで子犬が……光って!?」
光の中で、キリの形がみるみるうちに変化していく。
その姿は、やがて細く、美しい刀身へと変わり——
紗月の手に収まる、短刀へと姿を変えた。
その刹那、麒麟の剣が神々しく輝いた。
白い刃は、まるで月の光を受けたように光を放ち、そのまま紗月の手の中に収まる。
「……しゃあないなぁ……」
紗月は麒麟の剣をゆっくりと構える。
それは、紗月に合わせた形になった短刀——
——しろざやの麒麟の剣。
光を帯びた刃は、確かな力を宿しながら輝きを放っていた。
——ザワリッ。
「っ……!?」
「な、なんや……この感じ……」
研修生たちの背筋に、得体の知れない寒気が走る。
ただの霊力ではない。
この場を支配したかのような——圧倒的な気配。
「……戦場に刻まれし魂よ」
紗月の指が、ゆっくりと印を結ぶ。
——パァァァ……!
足元に、漆黒の波紋が広がった。
「——千の剣が交わり、万の屍が横たわる」
その波紋の中から、次々と浮かび上がる影。
「……え?」
「……!」
「……ッ!」
研修生たちが息を呑む。
「幾度の死を超え、幾度の戦を制し、なお未だ戦い続ける者たちよ」
「——英雄の刃、亡者の技、歴戦の軌跡をここに……」
その瞬間——
——ボォッ!!!
漆黒の影が、紗月の背後に顕現した。
——時代に翻弄された無名の剣豪。
——戦場を棲家にした歴戦の兵士。
——生涯を剣術に捧げた孤高の剣士。
伝説に名を残さずとも、戦場で生き、斬り、そして倒れた者たちの”記憶”。
——ズンッ!!
「っ……!」
「な、なんや……!?」
獅子丸が思わず一歩引いた。
「……さっつん……」
千紘が笑みを消し、静かに拳を握りしめる。
「……やっば……」
その時——
三体の黒い影が、紗月の背後から流れ込み——
スゥ……ッ!
影は紗月の身体と完全に同化する。
同時に——
——バチッ!!バチッ!!バチッ!!——
紗月の髪が、光を帯びながら金色に変化していく。
———まるで、戦場に落ちた雷のように。
「……!」
「髪の色が……変わった……?」
「いや、それだけやない……空気まで……。」
圧倒的な威圧感と、研ぎ澄まされた殺気。
そこに立つのは——
もはや”橘紗月”ではなかった。
「———戦神託・千剣の影」
「……来るッ!! 鬼一!!!!」
千紘が叫んだ瞬間——
——ズバァッ!!!
紗月の影が弾け、次の瞬間——
二つの刃が激突した。




