表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/115

新生・森の石松

 放課後、一年生から三年生までの研修生たちは、教師の引率のもとで学院に残っている。


「いいなぁ……」


「そりゃ研修生やしな」


 研修生たちが学院を後にするのを見送りながら、他の生徒たちは羨望の眼差しを向けていた。


 そんな中、紗月は一人、学院を後にする。


(……紅子さんが、うちも協会入り言うてたけど、協会に行った方がええやろか……?)


(えー、行かなくていいんじゃない……それより帰って 『千剣の影』 の練習しよ)


(……ええやろ……影の人もう三人も来てくれたやん、十分や)


(何言ってるの……『千剣の影』だよ。千人分の経験や技術を継承する術式なのに……全然足りないよ)


 学院の外に出ると、ふと空を見上げる。


——紗月は、ここ一月の修行の日々を思い起こす。


 霊障事件の後、紗月は賢治や紅子に「神降ろしは禁止」と念を押されていた。当然といえば当然だった。神降ろしは制御を誤れば霊障そのものになりかねないのだから。


 清雅に最初に習ったのは基本的な結界術。


「ちょっと!? こんなん無理やって!!」


「うるさい できる。ほら、もう一回!」


 清雅のスパルタ指導のもと、汗だくになりながら、何度も術を繰り返す。


 ようやく結界術の基礎を覚えた頃、次に教えられたのが清雅独自の術—— 『千剣の影』 だった。


「これは俺だけの術……千人分の剣技、戦場の記憶、戦いの技術を継承する術だ」


「……千人分!? ホンマかいな……怪しい術式ちゃうの……?」


「……紗月には男のロマンがわからないかな……」


「わかる訳ないやん。うち、男ちゃうし」


 初めてその術を使ったとき——


——影が一体浮かび上がっただけで、体がついていかず、全身が悲鳴を上げ、翌日、筋肉痛で動けなくなった。


——それから二週間。


「……まだ、完璧には程遠いけど……」


 紗月は、低い再現度ながらも、千剣の影を使えるようになりつつあった。


 霊障事件の頃と比べれば——少しは「強くなった」と思う。


(……まだまだ、足りひんけどな……)


 そんなことを思いながら、家に帰ると、玄関先で宗近が待っていた。


「……紗月、帰ったか」


「は、はい」


「今から奈々と一緒に陰陽師協会へ行きなさい」


「……へ?」


「聞いているだろう。協会で、正式に陰陽師としての活動をしてきなさい」


「……うちが、陰陽師……?」


 自分が橘家の中で陰陽師として認められることなんて、一度も考えたことがなかった。


「あ、あの、手伝いはせんで大丈夫ですか?」


「もういい」


「え……?」


「それよりも、お前は“人の役に立つ陰陽師”になりなさい。雅彦も彩花もいない今、橘家の血筋として紗月には期待している」


 宗近の言葉に、紗月は目を見開いた。


(……今まで、誰からも期待なんかされへんかったのに)


 下働きをして本家に恩を返すだけの日々、陰陽師としての指導も橘家では受けてこなかった。


 それが今、宗近は間違いなく「陰陽師になれ」と言った。


「……ホンマですか……?」


「お前には、それだけの素質がある」


「……うちに…あるやろか…。」


「それと橘北家を——」


宗近は、何かを言いかけた。


しかし、言葉を飲み込み、僅かに目を伏せる。


「……なんでもない。とにかく、行ってきなさい」


「……わ、わかりました」


 紗月の返事を聞いても、宗近の表情はどこか冴えなかった。


 彼の脳裏にあるのは、理由のわからぬ父の遺言。


——「橘北家は滅びる。そして再興させてはならん」


——「紗月には、陰陽術を教えてはならん」


(……父上……どうやら、遺言は守れそうにありません……)



 奈々の部屋に向かうと、彼女はすでに準備を終えていた。


「……紗月お姉ちゃん」


 部屋の中、静かに佇む奈々。彼女の腕には、ふわふわのぬいぐるみが抱えられていた。


「奈々ちゃん、もう準備できてたん?」


「………」


 奈々は無言で頷く。その手元を見て、紗月は目を丸くした。


「……それ、新しい石松の依代?」


「……そう」


「なんか……前よりパワーアップしてへん?」


「………」


 また無言で頷く奈々。


 確かに前のものより一回り……いや、二回りほど大きくなっている。毛並みはふわふわの極み。まるで高級ぬいぐるみのように輝いている。


 しかし——


「……なんか、ちょっとまるなってへん?」


 じっくり観察すると、以前よりも横にずんぐりとしており、もこもことしたフォルムが際立っていた。


「……失敗した」


 奈々がぼそりと呟く。


「……奈々ちゃん?」


「……綿、入れすぎた」


「入れすぎたんかい!!」


「前より丈夫にするために……いっぱい入れた」


「いっぱい入れすぎや!! なんか全体的にまんまるやん!? もう石松ちゃうやろ、石丸やん!!」


 奈々はじっと沈黙し、そのまま小さく頷く。


「……まあ、召喚してみよか」


 奈々はぬいぐるみをそっと持ち上げると——


「……石丸、召喚」


 ふわり、とぬいぐるみが宙に浮く。


「——天つ霊、地つ力、五行の理に従いて、我が声に応えよ」


 柔らかな光が広がり、ぬいぐるみの姿が変化していく。編笠と黒いマントが現れ、短い腕がピクリと動く。


——ズズッ!


 小さな体が着地すると、力強く両手を広げた。


「——お控えなすって!」


「……!」


「手前ぇ、森の石松! 渡世の義理に生きる侠客ぬいぐるみ、ここに見参でございやす!!」


「……おぉぉぉぉ!」


「へへっ、奈々姉さんがこしらえてくだせぇた最高の依代でさぁ!! いやぁ……前回は不甲斐ねぇ有様で散っちまいやしたが……!」


 バシィッ!と自分の胸を叩こうとする——が、腕が短すぎて届かない。


「……ん?」


 試しにもう一度、ポフポフと腕を動かすが、やはりふかふかの腹に阻まれ、胸に届かない。


「……??」


「……石松、お腹の綿、多すぎて腕動かんのちゃう?」


「へっ!?」


「前よりも丸なっとるし、もしかして……」


 試しに紗月が石松を軽く持ち上げようとすると——


「わっ、重っ!!」


「……えっ、なんか動きが鈍いような……!?」


 石松はポフポフと腕を動かすが、やはり動きがモチモチしている。


「……まるくなった……」


 奈々が静かに呟く。


「せやろ!?」


「……モチモチ」


「せやな!! モチモチやな!!!」


「……耐久力、上がった」


「確かに!? けど、モッチモチッてどんな状況やねん!!」


「これは……これは……」


 石松はプルプルと震えながら、自らの体を確かめる。


「……すげぇ!! こりゃあ最高の肌触りでさぁ!! なんてなめらかなんでさぁ!!!」


「喜んどるやん!!」


「姉さん、こいつぁ最高の強化でございやす!! これなら、どんな衝撃でもダメージは最小限!!」


「いや確かに柔らかいけども!? 」


「へへっ、これぞ新たな渡世の生き様! ぬいぐるみの誇りにかけて、渡世のクッション道で姉さん方を守りやす!!」


「守り方が新しすぎる!!!」


「さぁ!! さっそく新しい仁義を切らせてもらいやす!!!」


「ええって、もう!! さっき切ったやん!!」


石松の声が勢いよく響く。


「手前ぇ、森の石松!! この身が朽ちようとも、奈々姉さんと紗月の姉さんを守る覚悟でございやす!! 」


「ふわふわ、モチモチ、まるで高級クッションのごとき抱擁力!!」


「その柔らかさ、まさしく渡世の任侠!! どんな衝撃もぷにっと受け止め、悪しき者どもすら包み込む……!」


「さぁ、手前ぇの温もりにて、安らかに導いてやろうじゃねぇか……!」


 石松は両手を広げ、どこか悟りきったような表情で宣言する。


「……誰が抱きしめて解決しろ言うたんや!!!」


「へへっ、渡世の任侠ってぇのは、時に情で敵をも包み込むもんでさぁ!!」


「いや、もう話が訳わからん!!」


「………」


 奈々は静かに頷きながら、満足そうに石松を抱き上げる。その様子に、紗月はため息をついた。


「……まぁ、石松が元気そうでよかったわ」


 ほんの一月前、鬼の群れに囲まれながら、身を挺して道を切り開いた石松の姿を思い出す。


 あの時のぼろぼろの姿を考えれば、こうして再び元気に騒いでいるのは、何より嬉しいことだった。


(奈々ちゃんも……ほんまに嬉しそうやな)


 紗月はふっと息を整え、部屋の外へと視線を向ける。


「……よし、キリ。行くで」


「ワン!」


 小さな鳴き声とともに、勢いよく部屋に飛び込んできた白い子犬——麒麟の剣、キリ。


「陰陽師協会に行くで。一緒においで」


「ワン!」


「姉さん方、道中気をつけなすって」


「お前も来るんやろがい!!」


「………」


 奈々は無言のまま、再び頷くと、石松を抱え直した。


「……ほな、行こか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ