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歴史を語る

 朝の騒ぎが落ち着いたころ、学院の教室に一人の教師が入ってきた。


「よーし。ホームルームを始めるぞー」


 山内陸やまうちりく——医療陰陽師であり、紗月のクラスの担任でもある。


 そんな山内が、まず最初に口を開いたのは——学院の研修生に選ばれた者たちについてだった。


「さて、すでに掲示板で確認したとは思うが——本年度の研修生が正式に決まった」


「九重と大宮は本日放課後、私の引率で陰陽師協会・京都支部へ行くぞ」


「いいなぁ……」


「まあ、選ばれるのは当然やろ」


 獅子丸と静香には、多くの生徒たちが興味深そうな視線を投げていた。


「それからもう一つ——陰陽術の実技について……」


 その一言で、生徒たちの興奮が一気に高まる。


「実技!? それって、術を使うってことか?」


「え、今まで三年生しか受けられへんかったよな?」


「まさか、噂は本当だったのか……?!」


 生徒たちの期待を含んだ視線が、山内に集まる。


「今までは三年生から始まるカリキュラムだったが——霊障が活発化している今、二年生にも実技を取り入れることが決まった」


 その言葉に、教室は一気に騒がしくなる。


「マジで!? ついに俺らも戦えるんか!」


「これはテンション上がるな!」


「俺、結界術に自信あるんよな!」


 それぞれが期待を口にする中、一人が手を挙げた。


「——先生、質問!」


 九重獅子丸——式獅憑きの陰陽師であり、先ほど研修生に選ばれた生徒が、意気揚々と立ち上がる。


「戦闘形式の模擬戦もあるんですか?」


 山内は一瞬、言葉を探すように視線を落としたが、すぐに短く答える。


「……ある」


 その答えを聞いた瞬間、獅子丸の顔に満面の笑みが浮かんだ。


「いいねぇ! やっぱ戦ってこそ陰陽師やろ!」


 周囲の生徒たちも盛り上がる。


「お前、やる気満々やな!」


「まあ、九重なら無双するやろ」


 獅子丸は不敵な笑みを浮かべながら、ちらりとある人物に視線を向ける。


「……そんで先生……」


「ん?」


「陰陽師でもない転校生の青山颯もやるんですか?」


 その一言で、教室が静まり返る。


 獅子丸の視線の先——そこには、我関せずと座っていた青山颯がいた。


「……は? ……なんで俺が?」


「うーん、まあ……一応、学院に所属してるし……やることになるかなぁ?」


「はぁ?」


「転校生でも、カリキュラムは一応、受けてもらわないとな……」


 その答えを聞いた獅子丸は、ニヤリと口角を上げる。


「へぇ〜、おもろいやん」


「ちょ、待て待て……!?」


 颯が慌てて口を挟むが、獅子丸はもう止まらない。


「アイドル様には……俺がしっかり教えてやるわ」


「俺のこと、ボコボコにする気満々じゃねえか……!」


「いやぁ、これはええ機会やな! 実技の最初の模擬戦は、俺とアイドルのタイマンにしよや!」


「誰が了承したんだよ!?」


 颯が立ち上がり、教師の方へ向き直る。


「俺、陰陽師じゃねぇし、術とか知らねぇし、どう考えてもおかしいだろ!?」


「それも含めて、実力で証明してみろや?」


「証明もクソもねぇよ!!」


「まあ、問題ないだろ」


「いや、先生適当すぎません!?」


「うーん……ファンやら関係者やら、いろんな人が青山くんの勇姿を見たいかもしれんしねぇ」


「……いや、なんか期待されてません? 俺がやられる方向で……」


「まあまあ、九重も顔はやめてやれよ? アイドル様の顔に傷でもつけたら、大勢のファンを敵に回すことになるし」


「おい先生!! それガチで危ないやつ!!」


 生徒たちが笑い出し、クラスは一気に和やかな雰囲気に包まれる。


「さて、——そろそろ授業を始めるぞ」


「今日の講義内容は——『平安時代の陰陽寮と、天導宗との戦い』についてだ。」


 この文字を見た瞬間、教室内がざわついた。


「なんで陰陽師と……宗教団体が戦うんだ?」


「天導宗って、そんな宗教あったっけ?」


「いや、そもそも陰陽寮って妖相手やろ? なんで人間と戦してんねん?」


 生徒たちの疑問の声が飛び交う中、山内は説明を続ける。


「陰陽寮は当時、帝直属の機関として、呪術や神事、霊障対策を司る役割を担っていた。一方、天導宗は——」


(……え、ちょっと待って? なんで陰陽師と宗教の人が戦っとるん? どういう状況?)


 パラパラと教科書をめくるが、ピンとくる説明がない。


(うち……歴史は苦手やねん……)


「——では、橘紗月」


「……へ?」


「陰陽寮と天導宗が対立した理由はわかるかな?」


 教室内の視線が、一斉に紗月へと注がれる。


「……え、えーと……」


(やばいやばいやばい!! そんな話、教科書のどこにも載ってへんかったけど……!?)


 冷や汗が流れる。


(……なんでや! うちに、こんな訳分からん質問振るとか…… 恨みでもあるんか……?)


 すると——


(……懐かしいなぁ……)


(……え、清雅、知っとるん!?)


(……まあ、知ってるけど……)


(なら早く教えて!!)


 紗月は必死に心の中で懇願する。


 清雅は笑いながら、ゆっくりと語り始めた。


(天導宗は元々、神霊を信仰する穏健な宗教団体だった……だが、ある時を境に変質した。教団の信仰を利用する者が現れたんだ)


(……信仰を利用する……?)


(そう。天導宗の教義では、“神霊と共にいる”ことで真の救済が得られると説かれていた。そこまでは問題なかったんだが……ある日、教団の長が異能者になったとたん——)


(……とたん?)


 清雅は、一瞬だけ間を置いた。


 まるで、遠い記憶を辿るように——。


(“神霊と共にいるのではない。われが神になるのだ”とね)


——ビクリ。


 その瞬間、紗月の脳裏に、強烈な映像が突き刺さる。


——血の匂いが鼻をつく。


——視界が赤く染まる。


——耳元で、誰かが叫んでいる。


「……紗月を連れて早く逃げろ!!」


「……で、でも……!!」


 男の必死な叫び。


 それに応える女の嗚咽。


 幼い自分を抱きしめる、震える手の感触——。


「紗月を……頼む……!!」


「……ッ!」


 一瞬、視界がぐらついた。


(……何や、今の……お、お父さん……?)


——ダメだ、落ち着け。


 清雅の声が、遠くで続いていた。


(当時、陰陽寮はこれを危険視した。もし、本当に“神になれる”方法があるなら、それは帝の権威をも脅かす……だから、天導宗を排除しようとしたんだ)


 紗月は、震える指先をぎゅっと握りしめながら口を開く。


「……なるほど……つまり、天導宗のその人は、実際に神様になれそうやった……それを朝廷は危険視して、戦いになったんか」


 そして、その内容を整理し——教師の方へ視線を向ける。


「……先生……陰陽寮が天導宗を敵視した理由は、“帝の権威”に関わる問題やったんやと思います」


「………」


「天導宗の教義では、本来 ‘神霊と共にある’ ことで救済を得るとされていた……けど、教団の長が “自らが神になる” ことを目指し始めた」


 静まり返る教室。


「もしそれが可能になれば、帝の権威は揺らぐ……せやから、陰陽寮は天導宗を排除しようとした……そういうことやないですか?」


——しん……。


 しばしの沈黙。


 生徒たちは驚きの表情で紗月を見ていた。


 山内は、一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに頷いた。


「……なるほど、興味深い考察ですね」


「……え?」


「……実は現代でも、なぜ戦いになったか、はっきりわかっていません」


「……!」


「だが、橘の意見は理に適っている。天導宗の長が神格化しようとしたのなら、陰陽寮がこれを危険視したのは十分考えられることだ」


 生徒たちが「おお……」と小さくざわめく。


「……せ、せやろ?」


 紗月は内心で安堵しながらも、平静を装った。


(清雅、ありがと……!)


(はっはっは! どうだ? 歴史を実際に見てきた者の解説は一味違うだろう?)


(いや、ほんま助かったわ……でも、なんでうちがこんな難問答えなあかんねん……!?)


(はは、それは“主役”だからじゃない? ついにモブA卒業、おめでとう)


(……清雅、絶対楽しんどるやろ……)


 清雅とのやり取りで少し気が紛れたものの、紗月の指先には、まだわずかな震えが残っていた。

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