圧縮
颯は、手のひらに集めた空気をさらに圧縮し、高密度の塊にしていく。
「……いい加減、止まれってんだよ!!」
怒気を込めた叫びとともに——圧縮弾をなげた。
——解放!!
———ドンッッ!!!!———
次の瞬間、圧縮されていた空気が一気に解き放たれ、暴力的な勢いで周囲の空気を押し広げた。
——ゴォォォォォッ!!!
一瞬の膨張。
そして、凄まじい衝撃波が炸裂した。
「っ……!!?」
地面に張り付くように足を踏ん張りながら、颯は自らが引き起こした惨状を目の当たりにした。
「ど、どうなった……!?」
吹き飛ばされたワゴン車は、隣に停まっていた別の車と激しく衝突し、その衝撃で両車とも横転。
さらに、巻き込まれた街路樹が、まるで折れたマッチ棒のように無惨にへし折れていた。
「……くそっ、奴らはどこに飛んでった……?」
さっきまで男たちがいた場所は、もはや爆心地と化していた。
砕けたアスファルトの破片が辺りに散乱し、横転した車の残骸が煙を上げている。
まるで小型爆弾でも炸裂したかのような惨状に、颯の背筋を冷たい汗が伝った。
「……ち、ちょっと……やりすぎたか……?」
ぼそりと呟いた瞬間、全身に鳥肌が立つ。
(……っ! まさか……!!)
まともに衝撃波を浴び、粉砕されたはずの男たち。
普通なら、ただでは済まないはず——
——だが。
「……んな、バカな……」
ゴソリ……。
静寂の中、異様な音が響いた。
視線の先——
鴨川の土手の影から、這い出してくる影。
ボロボロに裂けた服。
口元から血を垂らし、腕や足が異様な角度に折れ曲がっている。
それでも、這いながら、こちらを見つめている。
「……ゾンビかよ……!!」
颯の顔から血の気が引く。
普通なら、今ので戦闘不能どころか、生きているのが奇跡のはずだ。
しかし、男たちは表情一つ変えず、まるで機械のように動き続けていた。
痛みを感じていないのか——
それとも、そもそも人間ですらないのか——
「……ったく……冗談きついぜ……」
颯は、心の奥底からこみ上げる戦慄を無理やり押し殺し、再び手のひらを構え直した。
その時——
遠くから、けたたましいサイレンの音が近づいてくる。
「……っ!」
颯は素早く身を隠し、近づいてくる緊急車両の車体に貼られた文字を確認する。
——京都府警 霊障課——
(……霊障課か)
「……後始末は、アイツらに任せて、俺は…逃げたほうがよさそうだな……」
夜の闇に紛れ、静かに逃走する。
霊障課の緊急車両が現場に到着したときには、すでに颯の姿はなかった。
***
「……ワシらが、今どれだけ忙しいと思っとるんや……」
京都府警・霊障課の班長、大村は、心底面倒くさそうに額をこすった。
現在、京都では霊障事件が多発している。通常業務だけでも手一杯なのに、今度は異能管理庁のエージェントと一緒に脱獄犯・宗方尊玄の捜索をしなければならない。
そこへ、今回の通報だ。
「ほんま、面倒事ばっかやな……。ほら、志穂、龍二! さっさと行くで!」
「えぇ〜……班長、本当に行くんですか?」
「当たり前やろ! ワシの言うことは絶対やでぇ!!」
「……はいはい、絶対ね……」
横では、異能管理庁のエージェント・天城一樹が静かに聞いていた。
「ええか、天城。余計なことせんでええからな。勝手に動いたらあかんで?」
大村は霊障課の班長としての立場を誇示するように言う。
「了解しました。大村班長の指示に従います」
「……チッ、素直すぎてつまらんやないか」
大村は鼻を鳴らしつつも、内心ほっとしていた。
異能管理庁のエージェントは化け物ぞろい。 できれば関わりたくない相手だった。
現場に到着した瞬間、大村、志穂、龍二の三人は絶句した。
「……なんやこれ……」
まるで爆心地だ。
アスファルトはひび割れ、駐車されていた車は横転し、辺りには粉々になったガラス片が散らばっている。
さらに、巻き込まれた街路樹が、折れたマッチ棒のように無惨にへし折れていた。
「ど、どんな妖が暴れたんだろう……」
「いや、ちゃうな……これは霊障やない……陰陽師や」
「え?」
「これはもう間違いないで! 陰陽師どもの仕業や!! あの特級の女や、賀茂なんとか……あいつしかおらん!!」
大村の額に青筋が浮かぶ。
「……陰陽師どもがやることは全部悪や! だからワシがパクるんや!!」
「……班長、まだ根に持ってるんですか?」
「根に持っとるわけないやろ!! あの女が京都におる限り、ワシの管轄や!」
「……やっぱり根に持ってる……」
その横で、龍二は爆心地のような光景を見つめていた。
「……すごい……ま、まるで爆弾でも落ちたみたいだ……」
三人がやり取りをする中、一人だけ、静かに動く影があった。
天城一樹だ。
彼は誰とも会話を交わさず、鴨川の土手へと向かっていた。
——ズルッ……ズルッ……
草むらが揺れ、這い上がる影が二つ。
ボロボロの服。
口元から血を垂らし、骨の角度がおかしくなった腕と足。
それでも——彼らは動いていた。
普通の人間なら、とうに戦闘不能になっているはずだ。
しかし、彼らは痛みを感じる様子すらない。
天城は無表情のまま、その光景を見下ろす。
「……尊玄様の役にも立てない、出来損ないの使徒モドキは——死ね」
——パチン。
指を鳴らした瞬間。
土が、うねった。
まるで生き物のように、ドロリと動き始めた土手の土。
——ズブッ…。
「……!?」
まるで生きた土が全身を包み込むように、彼らの体は沈んでいった。
しかし——
本当の恐怖はここからだった。
——ギュウウウゥゥ……ッ!!!
地面が、一気に締め上げる。
「——ッ!!」
男たちは声を上げる間もなく、骨が軋む鈍い音を響かせた。
体を覆う土が圧縮されるたびに、その隙間はどんどん狭まり、血の滲んだ皮膚がひしゃげていく。
「圧縮——さようなら」
天城は手のひらをゆっくりと握り込む。
ズズズ……ッ!!
さらに強く、さらに深く——
土が、圧縮の極限に達する。
最後に見えていた指先すら、ぐしゃりと潰され、完全に飲み込まれた。
数秒後——
まるで何事もなかったかのように、大地は静かに元の形を取り戻していく。
「………」
天城の表情には一切の感情もなく、跡形もなく消えた地面を見下ろした。
「天城、何しとるんや!!」
遠くから、大村の怒声が響いた。
「勝手に動くな言うたやろ!!」
天城はゆっくりと振り返りる。
そして——ニコリと微笑んだ。
「すいません。今、行きます」
まるで、何事もなかったかのように。
「……大村班長、誰の仕業だと思います?」
現場に戻った天城が、わざとらしく尋ねる。
「決まっとるやろ!! 陰陽師や!!」
「……なるほど」
天城は、大村の声をまるで雑音のように聞き流した。
(……陰陽師か……)
その言葉だけを噛みしめながら、ふと夜空を見上げる。
彼の瞳には、遠い記憶が映っていた。
——血に染まった土。
——次々と屠られていく使徒たち。
——そして、自分に傷を負わせた夫婦。
(……あんな陰陽師と、またやり合えたら最高だな)
だが、それ以上に気になることがある。
この使徒モドキどもを潰したのは、一体誰なのか——。
天城は、男たちが沈んだ土手を眺めながら、ゆっくりと笑みを浮かべた。
(クク……楽しくなってきたじゃないか)
まるで狩りの前の獣のように、彼の口元が不気味に吊り上がる。




