異能と異形
颯は、紗月たち三人が門の中に消えていくのを見届けてから、スマホを耳に当てる。
『——真里さん、今日の監視任務、完了した』
電話越しに響いた声は、『ゼファー』のマネージャーであり、異能管理庁の秘書も兼任する黒川真里だった。
『お疲れさま。何か異常は?』
『特になし。ただの普通の少女だった』
『そう……なら良かったわ。』
一瞬、真里は言葉を切った。
『それと、少し気になる情報が入ったの。八鬼夜行の脱獄犯の一人、宗方尊玄が京都市内に潜伏している可能性が高いわ』
「神聖導会のトップか……。京都にいる異能管理庁のエージェントは動き出してるのか?」
「ええ、すでに動いてるわ。ただ、あなたは他の事には関わらないでちょうだい。あなたが担当している任務は、異能管理庁でも限られた上層部しか知らない極秘事項。余計なトラブルに巻き込まれるのは避けてほしいの」
真里の口調は柔らかいが、明らかな警告を含んでいた。
「……了解」
颯は短く返事をすると、少しだけ間を空けてから改めて口を開いた。
「一つ聞きたいだけど、本当に橘紗月は『危険因子』なんだよな?」
「それについては私にもわからないわ。ただ、彼女が監視対象であることに間違いはない。だから明日からも、きちんと任務をこなしてちょうだい」
「……了解」
(危険因子、ね……)
頭の中でその言葉を繰り返しながらも、心のどこかで疑問が渦巻いていた。橘紗月という少女が、本当に危険な存在なのか——。
颯は真里との電話を終え、薄暗い鴨川沿いの道をゆっくり歩き出した。
「……京都って、ほんと夜暗すぎじゃね? 東京じゃ考えられないよな……」
霊障事件以来、妖の出没が増えた京都では、政府が深夜、出来る限りの外出自粛を要請している。そのため飲食店や商店の灯りもまばらで、街灯だけがぼんやりと路地を照らしている。
(まぁ、人目が少ないのはありがたいけど……)
ぼやきながら歩いていると、突如甲高い悲鳴が響いた。
「きゃぁぁぁぁっ! 誰かっ……! 助けてっ!!」
(……っ!?! 一体何だよ!?)
人気のない細い路地を抜けると、薄暗い路地裏で若い女性が二人の男に捕まり、黒塗りのワゴン車に無理矢理押し込まれようとしていた。
女生徒は必死に抵抗しながら、手に握った霊符を男たちに突きつける。
「やだっ! 離してっ! 『急急如律令』!」
青白い閃光が男の顔に炸裂するが——
「……っ!?」
男は一瞬よろめいただけで、平然とした様子で彼女の腕を掴み直した。
「な、なんで……効かないの!?」
「………」
「何をしているっ!!」
颯の叫びに、男たちが一斉に振り返った。
その瞬間、颯の背筋を嫌な悪寒が駆け抜けた。
(——なんだ、あの目は……?)
男たちの瞳が、薄暗い夜道の中で異様に『黄金色』に光っていた。
「………」
「………」
彼の視線の先では、一人の少女が必死に抵抗していた。制服には見覚えがある——学院生だろう。
しかし、男たちは一瞥しただけで、完全に彼を無視して女生徒を車に押し込もうとする。
「……チッ!」
颯は舌打ちをしながら右手を掲げる。
その手のひらに、勢いよく空気が渦巻き始めた。
(……俺なんか、まったく眼中にないってか……?)
渦巻く空気が、徐々に圧縮され、超高速で回転し始める。
「そっちが無視するなら——こっちも容赦しねぇ!」
颯の手のひらで渦巻いていた空気が、次第に圧縮され、目に見えない球体となる。
それを指先ではじくように——颯は軽く投げた。
——ドンッ!!
一瞬の静寂の後、見えない衝撃波が男の腹に炸裂する。
「——グッ……!」
男の体がくの字に折れ、悲鳴を上げる間もなく、闇の中へと吹き飛ばされた。
周囲の暗闇に溶けるように、そのまま地面を転がり、見えなくなる。
「……あ」
颯は一瞬、唖然とする。
「や、やべぇ……ちょっとやりすぎた…か……死んでないよな……?」
思わず自分の手を見つめる。
——が、次の瞬間。
「……!!」
残ったもう一人の男が、颯の動きを見て一瞬怯んだが、即座に戦闘態勢に入った。
女生徒の腕を乱暴に放り出し、一直線に颯へ飛びかかってくる。
(くっ、躊躇がねぇな……!)
颯は舌打ちしながら、再び手のひらに圧縮した空気の弾を作り出した。
想像以上に速い男の踏み込みに、思わず力が入りすぎる。
「っ……!」
指先を弾いた瞬間——
——ズドンッ!!!
一瞬遅れて、顔面に直撃。
男の頭が不自然に仰け反る。
そのまま勢いのまま後方へ吹き飛び——
——バリィィン!!!!!
駐車されていた車のフロントガラスに激突。
ガラスが蜘蛛の巣状にひび割れ、一瞬の静寂の後、大きく砕け散る。
「………」
男の体はガラス片とともにずるずると滑り落ち、車体にもたれかかるようにしてピクリとも動かなくなった。
「……え?」
(お、おい……待て待て……)
颯は自分の手のひらを見つめる。
(やべぇ……完全にやりすぎた……)
頭を抱えたくなる衝動を抑えつつ、ふと真里とのやり取りが脳裏をよぎる。
(……待てよ……さっき真里さんに「余計なことには関わるな」って釘刺されたばっかりじゃねぇか!? こんなんバレたら減給どころか、マジで謹慎モンだろ!?)
心の中で絶叫しつつ、颯は男の様子をもう一度確認する。
フロントガラスは完全に砕け——男は動かない。
「……う、うわあ……」
思わず額に手を当てた。
(……俺の正体がバレたらマズイかも……!?)
女生徒は放心したようにその光景を見つめていた。
そして——ふと、彼女の瞳が、颯の顔を捉えた。
「……え、青山君……?」
「………」
———沈黙。
その顔には、恐怖とも驚きともつかない複雑な表情が浮かんでいた。
颯は内心で悲鳴を上げた。
(……待て待て、どうする!? もうバレてるじゃん!!)
颯は、できるだけ動揺を悟られないように、穏やかな声を作りながら女生徒に声をかけた。
「……大丈夫だったか?」
女生徒は小さく頷いたが、震える指先で颯の背後を指差した。
「う、後ろ……」
「……?」
違和感を覚え、ゆっくりと振り返る——
「——っ!」
そこにいたのは、絶対に動けるはずのない二人の男たちだった。
一人は、さっき颯の圧縮弾をまともに腹に喰らい、暗闇へと吹き飛んだ男。
もう一人は、フロントガラスに激突し、全身をガラス片まみれにして倒れていたはずの男。
彼らはボロボロの服を纏い、口元から血を垂らしていた。
だが、異常だったのは——その表情。
通常なら苦痛に歪むはずの顔は無表情だった。まるで、自分の体が破壊されていることすら認識していないかのように。
「なっ……!?」
彼らの動きは、まるで「壊れた人形」だった。
折れたはずの手足をぶらぶらと揺らしながら、壊れた人形のように颯に向かって歩み寄る。
「おいおい……お前ら、普通なら動けるダメージじゃねぇだろ……」
颯は女生徒をかばうように後ろへ下がった。
「お前、ここから離れろ」
「……え、で、でも——」
「いいから!」
女生徒を突き飛ばすように後ろへ走らせると、颯は再び手のひらに空気を圧縮し始めた。
「……手加減なんか必要ない……こいつら異常すぎる……!」
「……だったら!」
颯は地面を蹴り、猛然と飛びかかってくる男へと圧縮弾を放った——!
——ドンッ!!!!!
男の脚に命中。爆発するような衝撃が走り、骨が砕ける音が聞こえる。
しかし——
「……!!?」
男は、膝を砕かれながらも、倒れない。
完全に折れた脚を、まるで何もなかったかのように、無理やり引きずりながら颯へと向かってくる。
「?!?」
颯の動揺が一気に膨れ上がる。
直後——
バキッ!!
「ぐっ——!」
避ける間もなく、男の腕が振り下ろされる。
直撃は避けたものの、かすっただけで痛みが走った。
「……う、嘘だろ……。」
目の前の男の腕は、完全に折れていた。
———だが、折れたはずのその腕を、容赦なく振り下ろしてきたのだ。
「……冗談だろ……」
颯は、一歩、また一歩と後退する。
「何だよ、こいつら……!」
恐怖がじわじわと喉を締め付ける。
「……っ!」
颯は、改めて手のひらに空気を集め、より高密度に圧縮する。
「……いい加減、止まれってんだよ!!」
全力の圧縮弾を——解放した!!




