神聖導会の使徒
「……また…壊しちゃった……」
彼女の周りには、無残に壊れた人形が転がっていた。
首の取れたもの、腕がもげたもの——そのどれもが、まるで何かに強く握り潰されたように変形していた。
真島志穂——十歳の少女は、自らの手を見つめる。
(……力の加減……ちゃんと気をつけたはずなのに……)
一月前に発現した怪力の異能。
突然の発現だった。ある日、友達と手を繋いだ瞬間——その子の腕にアザができてしまった。
それ以来、彼女は誰とも遊ばなくなった。
(……わたしが、悪いんだ……)
彼女は、異能を制御しようと必死だった。
けれど、どれだけ意識しても、どれだけ気をつけても——人形さえ、まともに持てない。
そのたびに、人形を片付け、また新しいものを出して試す。
その繰り返し。
志穂は、そっと手を握る。
自分の力を、いつか普通に使えるようになれば——
また、友達と遊べる日が来るかもしれない。
———そう信じていた。
異能を使うと、毎晩、身体が火照ってうずくように痛む。ベッドに入っても、なかなか眠れなかった。
廊下の向こう、リビングから両親の声が聞こえてくる。
「……やっぱり、このまま学校に行かせるのは危険よ。志穂がまた誰かを傷つけたら……」
「それだけじゃない。最近ニュースでも言ってたろ?異能者の子供が誘拐されてるって……」
「でも……」
「異能管理庁なら安全だろう? ちゃんとした施設で、異能の制御方法を教えてもらえるんだ」
「……私たちで、志穂を育てるのは無理なのかもしれない……」
(……やっぱり……)
志穂は、わかっていた。
両親が、自分のことを怖がっているのを。
それでも、家にいたい。でも——
(……パパとママに、嫌われたくない……)
だから、彼女は翌朝、自分から言い出したのだ。
「異能管理庁に行く。そこで、異能をコントロールできるようになるから」
両親は驚いたが、安心したように頷いた。
***
迎えの日——
約束の時間より早く、黒塗りの車が家の前に止まった。
——ピンポーン。
「すみません、予定より早くなりまして。道が空いてたので」
玄関先には、サングラスをかけた男が立っていた。
黒のスーツを着た細身の男。
「……予定より早いんですね?」
母が少し戸惑いながら尋ねると、男は軽く笑った。
「ええ。急な変更でしてね」
サングラスを外した、男の『黄金色』の瞳が自分の体を舐めるように動いているのを感じた。
ぞわりと、嫌な感覚が背中を走る。
(……この人、怖い……)
「志穂、行きなさい」
母の声に促され、彼女は仕方なく車へと乗り込んだ。
シートベルトを締め、前を向くと、隣の男がクスリと笑った。
「……尊玄様の使徒になれるなんて、運が良かったな、お嬢ちゃん」
「……え?」
その言葉が意味を成す前に——布が顔に押し付けられる。
「っ——!!?」
——甘い匂いが鼻を突いた。
「さぁ、眠りなさい」
意識が、途切れた——。
目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
冷たい床。
金属の匂い。
遠くで聞こえる悲鳴。
「……ここ……どこ……?」
目の前には鉄格子。
そして、その向こう側には——
「いやだ……助けて……っ!!」
「ママ……ママァ……!!」
泣き叫ぶ子供たち。
子供たちが、檻に閉じ込められている。
——カツ、カツ、カツ。
数人の足音が近づいてくる。
「お目覚めかな?」
髪を後ろに束ねた長身の男が、和装のような衣を纏い、静かに微笑んでいる。
「ようこそ、神聖導会へ」
「いやぁぁぁーーーーっ!!」
志穂は全力で抵抗した。必死に暴れ、逃げようともがいた。けれど、男たちの手はあまりに強く、腕をねじり上げられ、椅子に押さえつけられる。
「おとなしくしろ」
「いやっ!! やだ!! ここから出してっ!!」
「フフ……元気な子だ」
目の前には、静かに微笑む男——宗方尊玄。
「さあ、お前も神の祝福を受けるのだ。」
志穂は、目を見開いた。
——神の祝福?
何を言っているのかわからない。
ただ、周囲を見渡せば、そこには檻の中で震えている子供たちの姿があった。
「助けて……」
「ママ……ママァ……!」
檻の向こうでは、すでに数人の子供が無造作に転がっていた。
ピクリとも動かない。彼らが眠っているのか、それとも——
「いやっ……!」
「おとなしく——」
「や、やめてぇぇぇぇっーーー!!」
——バキィッ!!!
志穂は両腕の拘束具を力任せに引きちぎった。
男たちが志穂を抑えつけるも、それさえも吹き飛ばして志穂は暴れる。
そして、床に足を踏み締めた瞬間——
———ドンッ!!———
「なっ……!?」
地面が亀裂を走らせる。
志穂が掴んだ檻の格子が、怪力で歪み始めた。
「っ……!!」
傍にいた大人の男たちがたじろぐ。
だが——
「ほう……」
宗方尊玄は、余裕の笑みを浮かべたまま、その光景を見つめていた。
「この子の異能は、なかなかに強力だな」
「ちょうどいい……第一段階の使徒と、力比べをしてもらおう」
志穂が、歪みかけた檻の隙間から飛び出そうとした瞬間——
「えっ……?」
次の瞬間——
「———ッ!!!」
異様な気配をまとった、一人の子供が立っていた。
『黄金色』の瞳を持つ少年。
「こ、この子……?」
見た目は自分と変わらないくらいの年齢。だが、その目は感情の欠片もなく、ただ冷たく光っている。
そして、次の瞬間——
——シュンッ!!
「……!!?」
異常な速度で飛びかかってきた。
「うわあっ!!」
反射的に腕を振るう。
——バキィッ!!
直撃した。
だが——
少年は、吹き飛ばされながらも、地面を蹴ってすぐに体勢を立て直した。
(……効いてない!?)
まるで機械のような正確さで動き、痛みを感じた素振りも見せない。
「くっ……!」
志穂は床を踏みしめる。
——バキバキバキッ!!!
足元が砕け、亀裂が四方に走った。
「うわあああーっ!!」
志穂は少年を掴むと、そのまま振り回した。
——ガガガガッ!!
壁を擦り、地面に叩きつける。
「……はぁ……はぁ……」
だが、少年はボロボロになっても、無表情のまま立ち上がった。
「っ……!!」
「では、第二段階ではどうだ?」
宗方尊玄の声が響く。
———ゴゴゴゴゴ……!!!
空気が変わる。
異様な気配。
「……?」
志穂は、思わず後ずさる。
すると——
少年の体が、異常に痙攣を始めた。
「……え?」
志穂は、一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
だが——
「グ、ギィ……ギギ……ィィ」
少年の口から、異常な音が漏れた。
そして——
———ぐにゃり。
彼の骨格が、ありえない方向に歪み始める。
「……!!?」
肋骨が膨張し、皮膚の下で筋繊維がねじれ、引き裂かれる。そこから伸びるのは……剥き出しの筋肉と、異常に伸びた爪。
『黄金色』の瞳が、獣のようにギラリと輝く。
「こ、こいつ……」
志穂の喉が、ごくりと鳴った。
さっきまで自分と同じくらいの体格だった少年は、すでに二回りほど巨大になっていた。
「———ギィィィィィッ!!!」
突然、異形の存在が四肢を地面につき、異常な姿勢で走り出した。
「っ!!?」
志穂は、慌てて身を引く。
———ガガガガッ!!!
化け物の爪が、彼女の目の前を掠める。
「……!!」
(……この子……もう、人間じゃない)
「さぁ、どうする?」
宗方の声が、耳に絡みつく。
(……逃げなきゃ……)
——しかし、体が動かない。
「フフ……」
尊玄はゆっくりと両手を広げ、まるで自らの言葉に陶酔するかのように目を閉じた。
「お前には、まだ理解できないだろう」
「だが、いずれ分かる。これは選ばれた者にのみ与えられる祝福だ」
「お前も、私の使徒になれるのだ。なんと幸せなことか……」
尊玄の声は、恍惚とした響きを帯びていた。
まるで神の福音を語るかのように——。
「……っ!!」
志穂は、奥歯を噛み締める。
「い……」
「いや……」
「いやだあああああああああああ!!!!!!」
——眩い光が弾け、世界が歪む。
志穂の意識は、真っ白な光に包まれ、何も感じなくなった。
———志穂!
———志穂さん!聞こえますか!?
どこか遠くで、誰かが呼んでいる。
(……誰?)
——ドクンッ。
「……おい、しっかりせぇ!!!」
(……この声……)
微かに感じる、肩を揺さぶる感触。
「……志穂! 目ぇ覚ませ!」
重いまぶたを、なんとか持ち上げる。
(……ここ……どこ……?)
———見上げると、そこには険しい顔をした大村班長がいた。
「……あ……」
喉が乾いて、声が出ない。
「志穂さんが起きた……! よかった……!」
横では、龍二がホッとしたように胸をなでおろしている。
「……大丈夫か?」
署長の低い声が聞こえる。
ようやく、志穂は自分が署長室のソファに横たわっていることに気がついた。
(……でも……どうして、急に……)
ぼんやりとした意識の中、目をゆっくりと動かし、周囲を確認する。
ふと、視線が一人の男と合った。
異能管理庁のエージェント——天城一樹。
スーツ姿で腕を組み、無表情でこちらを見下ろしている。
——その瞬間。
「……っ!?」
(い、今……)
ほんの一瞬——
彼の瞳が、『黄金色』に光ったように見えた。
「……!」
(……まさか……)
だが、次の瞬間には、彼の瞳は何事もなかったように、冷たい黒に戻っていた。
「大丈夫か」
(……気のせい……?)
自分の記憶の中で、あの「黄金色の目」を持つ存在は、たった一つだけだった——
———「神聖導会」の“使徒”たち。
(……この人……まさか……)
——ゴクリッ。
志穂の喉が、乾いた音を立てた。




