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対策課の情報格差

 静かな神社の境内に、ぽつんと佇む小さなリスの妖。


 ふわふわの毛並み、ちょこんとした前足、黒く潤んだ瞳。


「……迷子になっちゃったの?」


 京都府警・霊障対策課の真島志穂はしゃがみ込み、小さな妖を覗き込んだ。


「ここは人の住む場所。君みたいな妖が来ると、怖がる人もいるのよ?」


 志穂は優しく言い聞かせる。


「ほら、お家に帰りなさい」


 リスの妖は小さな前足を揃え、こくんと首を縦に振った。


「えらいね」


 志穂が微笑むと、リスの妖はくるりと向きを変え、小さな足でちょこちょこと山の方へと向かっていった。


——その瞬間。


「これでも喰らえぇぇ〜!!!妖用スタンガンMk-Ⅳ!!」


「え?」


——-バシュゥゥゥゥッ!!


 リスの妖が振り向く間もなく——


「キュ……!?」


———バチバチバチッ!!


 一瞬で消滅した。


「…………。」


 志穂は絶句した。


「お、おい、龍二……」


 傍らにいた、大村班長も唖然とする。


「や、やったぁぁぁぁ!! ついに僕も妖を討伐しましたよ!!」


 無邪気にスタンガンを掲げてガッツポーズを取るのは、対策課の技術担当・結城龍二。


「班長! 見ました!? 」


「……見たで……見たくなかったけどな……」


「ち、ちょっと龍二!!!」


 志穂は怒りの表情で拳を握りしめた。


「……今の、害意もないリスの妖だったんだけど!? なんでいきなり攻撃したの!?」


「えっ? だって妖ですよ? 倒して当然じゃないですか!!」


「どこが当然よ!! どう見ても害のない妖だったじゃない!!」


「いやいや! 油断は禁物ですよ! 可愛らしい顔してても、急に変異するタイプかもしれませんし!」


「そんなの言い出したらキリないでしょ!!」


 龍二は初めて妖を倒したことに興奮する。


「班長!! これで対策課の戦力もグンと上がること間違いなしです!!」


「ほぉ……確かに、妖を一発で倒せるんはええなぁ……」


 大村は顎を撫でながら感心したように頷いた。


「でしょ!? これ、京都府警に正式採用してもいいレベルの出来ですよ!!」


 龍二は得意げにスタンガンを手に取る。


「この妖用スタンガンMk-Ⅳはですねぇ、妖の霊圧に合わせて電圧を自動調整する最新型なんですよ!!」


「ほぉ」


「しかも、バックアップ電源として、バッテリーじゃなく自家発電システムを搭載!」


「ほぇぇぇ……」


「さらに!! 今回の改良で——」


「ふむふむ……」


「このスイッチを入れると——」


——バシュウゥゥッ!!!


バチバチバチバチバチッ!!!


「ぎゃあああああああ!!!!!!」


 龍二の悲鳴が境内に響き渡る。


「あばばばばばばば!!!」


——バタン!!!


 龍二は爆発したような勢いでその場に倒れた。


「…………」


「…………」


 志穂と大村は完全に引いた顔で龍二を見下ろす。


 龍二は真っ黒焦げになりながら、ムクリと起き上がり。


「——い、入れると、電流が周囲に飛び散り、周りの妖も倒せます……」


「そんなあぶねーもん作んなっ!!」


「………」


「……せやけど……」


 大村は溜息をつきながら、消えたリスの妖がいた場所を見つめる。


「……ホンマに妖が増えよったな…」


「……一月前の霊障の余波なんでしょうけど……」


「今週だけで、妖と一般人が遭遇して怪我した件数が、どれだけ出とると思う?」


「……数十人はいるはずです」


「せやな。霊障事件が起きた直後の混乱ならともかく、もう一月経ってるんやぞ?」


 大村は神妙な顔つきで、周囲を見渡す。


「普通なら落ち着いてくるはずの時期やのに……逆に悪化しとる気がするわ」


 龍二は未だにスタンガンの余波でビリビリと痺れる手をさすりながら、気軽な調子で言った。


「それ、やっぱり鬼が松江霊障事件と同じように神下ろしを暴走させたせいじゃないですか?」


「……何やそれ?」


「なんでも、京都の市民から大規模な術で負の感情を集めて、たくさんの鬼を作ったらしいですよ。しかも、まだその犯人たちは逃げてて、見つかってないみたいです」


「ちょっと待て、お前、どこでそんなん聞いたんや?」


 大村が眉をひそめる。


「ワシ、そんな話、どこからも聞いてへんぞ?」


「えぇ! 班長、聞いてないんですか?」


 龍二は、まるで当たり前のことのように胸を張った。


「署長から聞きましたよ。署のみんなは知ってましたし、たぶん知らないの班長だけです」


「………」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、大村の顔が真っ赤になった。


「おい!! それ、ワシだけ情報遅れてるってことかい!!!?」


「……まぁ、そうなりますね」


「なんで班長のワシが知らんのに、お前が知っとるんや!? ほんまどないなっとんねん!!!」


「ただ単に、班長がそういう話に気づくのが遅いだけじゃ……」


「龍二ィィィ!! お前、ワシをバカにしとるんか!!??」


「いえいえ!そんなつもりは……いや、まぁ、ちょっとはありますけど……」


「あるんかい!!!!」


「まぁまぁ、班長。気にしない方がいいですよ。ほら、そういうこともありますし」


「気にせぇへんわけあるか!!」


「……もうええわ!!! とにかくワシも情報を集める!!!」


「……とりあえず、署長に確認しましょう」


 志穂が真剣な表情で言うと、大村もようやく落ち着きを取り戻し、頷いた。


「せやな。署長に直接聞いたら、もっと確実な情報が手に入るはずや」


「え? でも、それって班長だけまだ知らないってことがバレるんじゃ……?」


「お前は黙っとれ!!!!!……よし、行くぞ!署長のとこや!」


「……ほんと、大丈夫かしら、この班……」


 志穂は小さくため息をつきながら、それでも二人について歩き出した。



 ***



 京都府警に戻ってきた大村たちは、足早に署内を進んでいく。


「今、帰ったでぇ〜」


——ズカズカズカッ。


「ちょっと、班長! もうちょっと落ち着いて歩けませんか!?」


「細かいことはええんや! とにかく、署長のとこ行くで!」


「はぁ……」


 志穂がため息をつく一方、龍二はスタンガンのバッテリーを確認しながらノンビリついてきた。


「まぁまぁ、班長が情報を知らされてなかったのって、署長が言い忘れた可能性もありますし」


「……なら、はよ確認するしかないやろ!」


 そして——


 大村は、一切の躊躇なく、署長室のドアノブを握り——


「——よっしゃ、入るでぇ〜!」


ガチャッ!!!


「ちょっ、班長!? いきなり開けるなってば!!」


 志穂が慌てて止めようとするも、大村はお構いなしにずかずかと中へ入る。


「うおっ!? な、なんやなんや!!?」


 室内の奥で、書類を整理していた署長が、一瞬びくっと肩を揺らし、驚きの表情を浮かべる。


「……ああ、お前か、大村……」


 署長は大村の顔を確認すると、眉間を揉みながらため息をついた。


「いつも言うとるだろ…… ノックぐらいせんか……ホンマにお前は……」


「ええやろ、細かいことは!」


「細かくないわ!!」


 署長が机をバンッと叩くが、大村はどこ吹く風。


「そんなんよりもやなぁ、署長! なんでワシだけ、霊障事件の詳細を教えてもらえんかったんや!? 」


「……あー……」


 署長はまたもや深いため息をつく。


「……もうええ。ちょうど話があるから、そこに座れ」


 大村は、ようやく署長の視線を追って、室内のソファへ目を向ける。


 そして、初めて気づいた。


「……お?」


 そこには、見慣れない男が座っていた。


 年齢は三十代半ば、黒のスーツに身を包み、短く刈り込んだ髪、鋭い目つき、鍛えられた体つき——何より、ただ座っているだけなのに周囲の空気が違う。


「……誰や?」


「はぁ……今説明する言うたやろ。早く座れ」


 大村は渋々ソファへ腰を下ろし、志穂と龍二もそれに続く。


「紹介する。彼は 天城一樹あまぎ かずき、異能管理庁のエージェントや」


「異能管理庁……?」


 龍二が興味深そうに呟く。


 普段、京都府警の霊障対策課とは直接関わることはほとんどないはずだ。


「天城です。よろしく」


(……この人、只者じゃない)


 刑事や陰陽師とは違う——まるで、戦闘のプロのような冷たい空気を感じる。


「で、異能管理庁が何の用や? こっちは霊障で忙しいんやけどな」


 大村が腕を組み、不機嫌そうに言う。


 署長は椅子に深く腰掛け、ため息を吐いた。


「お前らも、八鬼夜行の脱獄事件は知っとるな?」


「知っとるわ。……せやけど、それがワシらと何の関係があるんや?」


「その中の一人、宗方尊玄が京都に潜伏しとることが判明した」


「——っ!!」


 志穂の心臓が一瞬、大きく跳ねる。


「お前らには、異能管理庁と協力して、この宗方を追ってもらう」


 署長の言葉に、大村が明らかに不満げな顔をする。


「はぁ? そんなん異能管理庁で勝手にやったらええやろ! こっちは妖が増えて対応で手一杯なんや! 余計な仕事押し付けるなや!」


 天城は無表情のまま、大村の抗議を聞き流していた。


 しかし、次に発せられた署長の言葉に、空気が凍りつく。


「……大村、お前も十三年前の現場におったはずや」


「——あ?」


 大村が困惑したように眉をひそめる。


「十三年前……?」


「……覚えとるか? 十三年前のあの事件を……」


志穂の指先が、冷たくなっていく。


(……やめて……)


「あの時、救い出された少女の名前は——」


「——真島志穂」


「——っ!!」


 頭が真っ白になる。


 世界が揺れる。


「え……志穂さん…?」


(……なんで……また…?)


「お、おい! 志穂!?」


 大村の声が遠くで聞こえる。


(……いやだ……)


「え、えええ!? ちょっ、志穂さん!? 大丈夫ですか!?」


 薄れゆく意識の中で、微かに錫杖の音が響く。


——カン、カン、カン。


 暗闇の中で、ぼんやりとした映像が浮かぶ。


 閉じ込められた少女たちの声。


「……助けて……」


「ママ……」


 金属の臭い、消毒液の匂い、冷たい床。


 どこかで低く響く男の声——。


「神に近づくための……必要な犠牲だ……」


「いや……やめて……」


 志穂の小さな手が、無意識に宙を掴む。


(……お願い……)


(また、あの場所に戻るのは……)


「……嫌だ……」


 視界が暗転する。


———そして、全ての音が遠のいていく。

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