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異能管理庁の目

 ———部屋に残るのは、騒いだあとの余韻だけだった。


「莉乃、奈々ちゃん、ちょっと待っててや、一緒に帰ろ」


 そんな時、紅子に呼ばれた紗月は、莉乃と奈々に声をかけ、別室へと向かう。


 ドアを開けると——


 ソファの上には、無様に転がるたぬきのポン太。


 テーブルに並べられていたパーティーの食べ物を片っ端から平らげた結果、腹がパンパンに膨れ、ひっくり返ったカメのように身動きが取れなくなっていた。


「ぐぇぇ……く、食いすぎたぁ……もう動けねぇ……」


 バタバタと四肢を振るも、起き上がることすらできていない。


「邪魔!」


 紅子は無表情のまま、ポン太の首根っこを掴むと、そのまま床へ放り投げた。


「ぎゃっ!?」


ゴロゴロゴロ……!

 

 ポン太は転がりながら、壁際でようやくストップ。


「お、おい! もうちょっと扱いってもんがあるだろ!?」

 

「知らないわよ。そんなになるまで食べたあんたが悪いの」


 紅子はバサリと一枚の書類をテーブルに置くと、ソファに腰を下ろした。


「紗月ちゃん、座って」


(……なんか、緊張する……)


 紅子の改まった態度に、紗月はゴクリと唾を飲み込みながらソファに腰を下ろした。


「大事な話よ。まず、ここが陰陽師協会の京都支部として再開することになったわ」


「……さっき、千紘さんから聞きました……」


「まあ、色々あって閉鎖されていたけど、私が支部長として正式に再開することになったのよ」


「……支部長、ですか……おめでとうございます」


「ありがと。それと……言いづらいんだけど、紗月ちゃんが陰陽師協会の監視対象になったの」


「……えっ?」


 紗月は思わず固まる。


「……神降ろしをしたでしょう? 実は、松江の事件も今回の京都の事件も、神降ろしの暴走が引き金になった霊障なの」


「……!?」


「そんなことを普通にできるあなたは、協会側からすれば異例の存在。当然、監視対象になる」


「そ、そんな……!」


 紗月は言葉を詰まらせた。


 確かに、自分は正式な陰陽師ではないのに、あの時、神降ろしをした。


 でも、それはただ、命を守るためで……。


「ただし——ある程度認められれば監視対象からは外されるわ」


「……それ、どういう意味ですか?」


「陰陽師協会に入って、正式な陰陽師として経験を積んでほしいの。実績を作れば、もう監視の必要はないと判断されるから」


「……うちが、協会入り……?」


 紅子はゆっくりと頷いた。


「実は研修制度を作ったのは、紗月ちゃんの協会入りを目立たなくするためよ。私が考えて、長官に許可をもらったの」


「……そんな」


「紗月ちゃんが目立つのはマズいのよ。あなたを利用しようとする悪い大人も出てくる。神様を喚び、対話できるというのは、それほどすごいことなの」


「………」


「監視という名目で近くにいれば、あなたを守ることもできる。これはあなた自身のためでもあるのよ」


(……確かに、監視対象っていうのは、なんか嫌やけど……でも、それを外すためには協会に入るしかないし、変な人に目をつけられるのはもっと嫌やわ……)


それに——


(……正式に陰陽師になるチャンスでもある)


 そのために、ここで経験を積むのも悪くないかもしれない。


「……わ、わかりました…よろしくお願いします」


「うん。よろしくね」


 壁際で転がっていたポン太が、ぐるんっと仰向けになったまま叫ぶ。


「おーい! そっちだけで話進めないでくれ! 俺のこと起こしてくれ…腹が邪魔で起き上がれねぇ……」


「……たぬきのくせに、食べ過ぎ!」


 紅子は軽くため息をつくと、ふと真剣な表情に戻る。


「現在、神降ろしをしたことを知っているのは、私と長官、千紘、それに賢治、あとは奈々ちゃん。 莉乃ちゃんはあまりわかっていなさそうだったけど……」


「それだけ……?」


「政府関係者や異能管理庁には、『危険度の高い術を行使した』という報告しかしていない。具体的なことは知らないの。でも——紗月ちゃんが特例措置で協会入りになったことで、調べようとする人間は必ず出てくるわ」


「………」


「だからこそ、正式な陰陽師になって、実力と実績をつけておくの。そうすれば、誰にも文句は言わせない」


「……な、なるほど……」


「紗月ちゃん、青山颯が京都帝陰学院に転校してきたのは知ってるわよね?」


「……はい。同じクラスです……」


「ええ。彼がここに来た理由――それは異能管理庁からの派遣よ」


「……異能管理庁?」


「そう。彼の役割は大きく分けて二つ。一つは、あなたの監視。もう一つは、京都支部の補佐」


「……うちの監視と支部の補佐……?」


「まあ、補佐はおまけみたいなもの、異能管理庁から、あなたがどれだけ、危険度の高い人物か調査するよう命令されている可能性が高いわ」


「……はぁ……監視対象になった上に、スパイまでつけられたんか……」


 紗月は深いため息をついた。


「異能管理庁は政府直属の機関。特異能力者に関わるすべてを管理し、危険と判断したものは排除する。 陰陽師でもなかった紗月ちゃんが特例措置で陰陽師協会入りしたことは、彼らにとって”調査すべき案件”なのよ」


「………」


「それに、霊障事件の後、政府から陰陽師協会に対して、異能管理庁と連携を強化するようにって要望があったの。京都支部も例外じゃなかった。断るわけにはいかなかったのよ」


「つまり……“政府”の意向で、異能管理庁と協会が手を組むことになった……?」


「そういうこと。そして、青山颯が派遣されたのもその一環」


 紅子は静かに頷く。


「ただ、彼が学院にいる間はあなたの護衛をするように、私からも言ってあるわ。 もしもの時には、颯がちゃんと動くはずよ。」


「護衛……?」


「ええ。異能管理庁のエージェントが監視対象の近くにいるなら、同時に護衛として機能するのも当然でしょう?」


「………不審者に監視されるのも嫌やけど、護衛されるのも微妙にムカつくわ」


「まぁ、そう言わないで。彼自身、仕事はしっかりこなすはずよ」


「……めんどくさい話になってきたわぁ……」


 紗月は頭を抱えながら、今後の学院生活が一気にややこしくなることを実感していた。


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