千紘、京都に残るってよ
部屋の中には、誕生日パーティーの温かい雰囲気が漂っていた。
ケーキの甘い香り、美味しそうな料理、談笑する声——そんな中、ひときわ目立つ金髪ポニーテールの女性がズカズカと近づいてくる。
唐突に抱きついてくる千紘に、紗月はサッサっと交わし、スムーズに距離を取る。
「……千紘さん、まだ京都におったん……?」
「え〜? さっつん冷たくない? つーか千紘、もう東京には戻らないんで〜! 仕事、京都に変えてもらったし!!」
「……え、嘘や!」
しかし、驚いたのは紗月だけではなかった。
「えっ、今なんて?」
「え、千紘さんが京都支部に!?」
「それってマジなんですか!?」
新しく配属された京都支部のメンバー、さらには莉乃と奈々までもが目を丸くして固まる。
「せやねん! だって千紘、京都で有名人だし、もうバリバリ京都の人間って感じやん! 関西好きやねんって感じやわー」
千紘は謎の関西弁を交えながら胸を張る。
「いや、エセ関西弁やめてくれへん……ていうか、千紘さんが来るって聞いてました?」
京都支部のメンバーが不安そうにヒソヒソ話し合う。
「いや、聞いてないです……」
「てか、そんな話ありましたっけ……?」
「俺、大阪支部に戻ろうかな………」
「えー? サプライズ配属ってやつ? 一緒に仕事できるね、さっつん!」
「……仕事?」
「えっ、さっつん聞いてないの? 千紘と同じ特例措置で陰陽師協会入りってやつ……?」
「……は?」
「ヤバっ……これ、まだ言っちゃまずかったやつかも……アハハ……!」
「特例措置……? 研修制度のことは学院で聞いたけど、うちが陰陽師協会入りするなんて、そんな話一回も聞いてへんけど……」
「まっ、あとで紅子さんが説明してくれるっしょ!」
千紘は誤魔化すように笑いながら、さっさと話題を変える。
「そんなことより、なんか新しい術覚えた? さっつんの成長チェックしときたくて〜!」
「……なんでうちの成長、いちいちチェックすんねん」
「ん〜、親心ってやつ? 子供の成長を見守るのが楽しみみたいな?」
紗月は千紘をジトッとした目で睨む。
「……千紘さん、いつからうちのおかんになったん…?」
「アハハ、それより! アイツは元気?! 最近どう?」
「……さあ……幽霊みたいなもんやし……」
(え〜? さっつん、幽霊はひどくない? せめて守護霊とか言ってよ〜)
(……同じやろ……何が違うねん……それに、さっつん言うなや!!)
「紗月ちゃん、誕生日おめでとう」
落ち着いた声が聞こえて振り向くと、そこには爽やかな笑みを浮かべた大野悠希の姿があった。
「あ、悠希くん。ありがとう」
「もしかして悠希くんも京都に残るん……?」
「うーん、一応、紅子さんからは誘われてるんだけど……俺、一人っ子だから親元を離れるのに踏ん切りつかなくてね……考え中」
「へぇ……悠希くん、家族思いなんやな」
「うん。母さん、俺が家にいるのをすごく喜んでくれるからさ……。なんだかんだ、まだ決心がつかないんだよね」
「……え、それって、マザコンってやつじゃね!?」
千紘がギラリとした目で悠希に詰め寄った。
「えっ、いや、そういうんじゃ……」
「マジで!? え、ウチ、今ヤバい秘密聞いちゃった!? 悠希、マザコン疑惑浮上!!」
「ちょ、ちょっと待って! 誤解だって!」
「マジウケるんだけど〜!! え、もしかしてママと一緒に寝てたりする系男子?」
「寝るわけないでしょ!! っていうか、なんでそんな話になるの!?」
「え、だってさ、親元離れたくないってことは、おぼっちゃま確定じゃん!?」
「いやいや、おぼっちゃまって……」
「え、なに? 家に帰ったら 『お帰りなさいませ坊ちゃん、お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも……ママ?』 とか言われるタイプ!?」
「そんな家あるか!!」
悠希は顔を真っ赤にしながら否定するが、千紘は楽しそうにさらに畳みかける。
「ねぇ、家ではママのこと 『お母様』って呼んでる系?」
「普通に『母さん』だけど……」
「えー? ほんとに? 怪しいなぁ〜!」
一方、ポン太は壁際で料理をかじり付きながら笑いを堪えていた。
「ぷ、ぷぷ……悠希のやつ、災難だな……」
「ポン太、お前も笑ってないで助けてよ!!」
「いや、無理だろ……だって面白いし……」
「ぐぬぬ……!」
悠希のマザコン疑惑がまだくすぶる中、千紘は奈々の腕をぐいっと引っ張って、ずんずんと前に連れてくる。
「……?」
突然引っ張り出された奈々は、無表情のままピタリと立ち止まる。
「さっつん、この子、千紘の推薦で京都支部の研修生に決まりね!」
「……は?」
「てか、バトルメンバー決定って感じだからぁ〜!」
「……いやいや、ちょっと待てや。奈々ちゃん、まだ中学生やん?」
紗月はビシッと千紘を指差しながら言う。
「そんな危ないことさせられへんやろ!」
「えー? でもさ、この子、マジヤバだし!」
「……ヤバい?」
「ヤバいって! てかさ、知ってる? この子、完全に気配消せるの? もう、透明人間もびっくりだから!」
「……は?」
「…………」
奈々は何も言わずに、じっと紗月を見つめている。
「ぶっちゃけこの子の実力、その辺の陰陽師より強くね!?」
千紘が京都支部のメンバーをぐるりと見渡しながら言うと、支部のメンバーたちは微妙な顔をする。
「……いやいや、そんな中学生に負けるわけないやろ?」
「さすがにそれは盛りすぎじゃ……?」
「推薦って言っても、千紘さんの言うことだし……」
「ねぇねぇ、奈々ちゃんさ、今ここで気配消してみ?」
「…………」
奈々は 無表情のまま、小さく頷いた。
その瞬間——
「……え?」
「どこ行った?」
「うそやろ?」
京都支部のメンバーが ざわざわとし始める。
奈々は、まるで霧のようにその場から存在感を消し去った。
目を凝らしても、どこにいるのかまったくわからない。
「え……マジで消えた……?」
「……すげぇ……」
そして次の瞬間——
「ここ」
ボソッ。
「——うわぁっ!!??」
声が聞こえたかと思えば、奈々は支部のメンバーのすぐ背後に 立っていた。
「い、いつの間に!?」
「今までどこにおったんや!!?」
支部メンバーたちが マジでビビっている。
「……?」
奈々は 無表情のまま、千紘を見上げる。
「てか、マジでステルス機能付き陰陽師って感じじゃん!? もうこれ、バトル枠確定でしょ!!」
「………」
紗月は、じっと奈々を見つめた。
「……はぁ……」
「おっ!? ついにOK出た!??」
「……奈々ちゃんのお父さん…桂一さんに聞いてみるわ」
「……おぉおお!! 大人の対応!!」
千紘が ぴょんぴょんと飛び跳ねる中、紗月は 深いため息をついた。




