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新たな始まり

京都の朝は、九月に入ってもなお真夏のような暑さが残っていた。


橘本家の改修はまだ終わらず、紗月は橘東家に世話になっていた。


新学期を迎え、学院も再開する。


(……ほんま早いわ……結局、あれからもう一ヶ月も経ってしもたんやな……。)


霊障事件が終わり、街は徐々に日常を取り戻していた。


「奈々ちゃん、準備できた?」


紗月が声をかけると、中学校の制服姿の奈々が振り向いた。


紺色の上下ブレザーに、カバンには手のひらサイズのクマのマスコットがついたキーホルダー。


「………。」


奈々は無表情で頷き、カバンを肩にかける。


「…忘れ物あらへん?」


「…大丈夫。」


「ほな、行こか。」


「……うん。」


(……よし。がんばろ!!)


そう気合を入れた瞬間——


(よし!俺も頑張るぞ!)


突然、清雅の声が頭の中に響いた。


(っ……!)


「……そ、そやな……。」


(ホンマなら、「アンタは頑張らんでええ」とツッコみたいんやけど——。)


事件以来、どこか清雅とはぎこちないまま。


——ヨソヨソしい態度。


(……もう、何回も謝ってるじゃん。勝手に紗月の身体を使って悪かったよ。)


「ち、ちがう……もう、怒ってへん。」


(本当かな〜? なんか……根に持ってない?)


「……っ!!」


清雅の声が頭の奥で続いている気がしたが、あえて聞こえないふりをして、足を速めた。


「……行こか、奈々ちゃん。」


奈々はいつものように無表情で頷き、静かに並んで歩く。


結局、思い出せたのはあの一場面だけ。


でも——


思い出した記憶の中にあった名前。


——光昭様。


自分が「お祖父様」と呼んだその人のことを、清雅に聞こうと思ったことは何度もある。


けど、なぜか——


それを聞いたら、清雅がいなくなってしまう気がしてならなかった。



——バスに乗ると、車内の冷房が心地よく火照った肌を冷やしてくれた。


窓際の席に座りながら、ぼんやりと外を眺める。


バスが停車し、奈々が静かに席を立った。


「ほな、奈々ちゃん、頑張ってな。」


奈々は軽く手を振り、無表情のまま降りていく。


ふと、寂しさがこみ上げた。


——彩花様がいたら、きっとこの時間も違って感じたはずやのに。


(もう、あたり前やった時間は戻らへんのやろか。)


ふと、窓の外に視線を落としたその時——


「橘さん、おはよう。」


不意にかけられた声に、紗月は顔を上げた。


バスに乗って来たのは、同じクラスの大宮静香と山城美和。


「……大宮さん、山城さん……おはよう。」


「久しぶりやね、元気してた?」


「う、うん、元気やで。」


二人は後部の席に並んで座ると、すぐにいつものように話し始めた。休みの間にあった出来事をあれこれと楽しそうに話している。


そんな二人の様子を眺めながら、紗月は少しだけほっとした。


(……紅子さんが言うてた通り、この二人も彩花様や莉乃みたいに攫われとったんよな……でも、ずっと幻術にかかっとったみたいやし、記憶がなくて、よかったかもしれんへんな…。)


(へぇ〜、紗月の友達?……可愛らしい子たちだね。)


「は?」


(いや……かわいらしい子だなって。)


「——はぁ!? 何言うとん!!」


(…別に普通の感想だろ?)


「何が普通やねん! 何勝手に友達評価しとんねん!!」


(いやいや、単純に見たままを言っただけだし……。)


「それが問題やっちゅーねん! なんや! 清雅はそういう軽い男やったんか!? へぇ〜! 可愛らしいって、そういう目で見てたんやな!? どんな目で見とったんや!!」


(えぇ……なんでそんなキレてんの……?)


「そもそも!! 何が可愛らしいん!? 何をもって可愛らしいん!?どこがどう可愛らしいのか、三十字以内で言うてみぃ!!」


(……え、もしかして……やきもち焼いてる?)


「なっ……!!!」


一瞬、頭が真っ白になった。


(……でも、いつもの紗月に戻ったね。)


「——っ!?」


我に返った瞬間、顔がカーッと熱くなる。


「……!!」


言葉にならず、顔をそむける。


静香と美和が不思議そうに紗月を見た。


「……橘さん?」


「あ、ああ……ごめん、なんでもない……!!」


(……あかん……まんまと清雅のペースに乗せられた……。)


ふぅ、と深く息を吐き、必死に動揺を抑える。


(……もう…このまま黙っとこ……!)


(いや〜、でも本当にかわいい子達だね〜?)


(もうええ!! 黙っとけぇ!!!)


紗月は心の中で叫びながら、バスの窓にひっそりと額を押しつけた——。


——ガヤガヤ……。


教室に入った瞬間、男子たちの騒がしい声が耳に飛び込んできた。


「なぁ、聞いたか? 陰陽師協会の京都支部、また再開するらしいぞ!」


「マジか!? ついに動き出したか!」


「でも、誰が支部長やるんやろ?」


「噂では、特級陰陽師の賀茂千紘が京都に残るらしいで。」


「何?! あの京都を救ってくれた賀茂さんが!?」


「くぅ〜!! かっこよすぎるやろ! 賀茂さん、あの霊障事件の時、めっちゃ活躍したらしいやん!」


「憧れるよな! よし、俺も京都支部に入って、絶対活躍してみせるわ!」


「お前が活躍できるわけないやろ。どっちかっていうと、俺のほうが適正あるって!」


「は!? 俺の方が式神使えるし!」


「お前の式神、鳩一羽やろ! 俺の狐のほうが強いし!」


「鳩の強さ舐めんなよ!!」


———男子たちがわいわい盛り上がっている中、紗月は教室に入ってすぐ、一瞬だけ立ち止まった。


「……千紘さん……?」


その名前を聞いた瞬間、無意識にピクリと眉が動く。


(えっ、なんで……千紘さんが、京都に残るん…?最悪や……。)


疑問が浮かぶと同時に、胸の奥がなんとも言えないざわつきを見せる。


気づけば、騒いでいる男子たちに声をかけていた。


「……千紘さんが、どないしたん?」


——その瞬間。


「……っ!!」 


男子たちのざわめきが止まり、一瞬、教室の空気が凍った。


そして、すぐにあからさまな冷笑が飛んでくる。


「はぁ? 下働きのお前には関係ねぇよ。」


「なーにが千紘さんや、馴れ馴れしく言うなよな!」


「そーそー! 何も出来ない落ちこぼれのくせに、話に入ってくんなって!」


「何が『どないしたん?』やねん、下働きは掃除でもしてろよ!」


——クスクスと笑う男子たち。


紗月はギュッと拳を握りしめ、歯を食いしばった。


(……またや……。)


(……なんで、こんな風に言われなあかんのやろ……。)


反論しても無駄なのはわかっている。


こいつらは、ただ誰かを見下したいだけ。


言葉を返せば、余計に話がこじれるだけや。


「……。」


紗月は何も言わず、そのまま席へと向かった。


——けど。


(馴れ馴れしいのは、千紘さんのほうやろ……。)


(あんなことしておいて、何もなかったように、あれから、毎日うちに付き纏ってから……早く、東京に帰って欲しいわ…。)


思い出すのは、事件の後の千紘の態度。


何もなかったような顔をして——


「紗月ちゃ〜ん! 一緒にご飯行こっ♪ え、マジで断るとかナシだから?」


「やば! やっぱ紗月ちゃん、千紘の見る目正しすぎた!!」


「千紘がいろいろ教えてあげるし!紗月ちゃん早く強くなろっ♪」


——普通に話しかけてきて。


——まるで、うちがあの時どんな思いしたかなんて、どうでもええみたいに……。


「……はぁ……。」


気づけば、深いため息が漏れていた。


(付き纏われるのは……清雅だけで十分や……。)


(ん? なになに、俺のこと呼んだ?)


「……はぁ……呼んどらん……。」


清雅の軽い声が脳内に響き、紗月は力なく机に突っ伏した。


——まだ朝なのに、すでに疲れた紗月だった。

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