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旅の道連れ

鞍馬山 山頂——


——ズガァァァァン!!!


轟音が空を裂き、雷光が夜空を埋め尽くす。


——バリバリバリバリッッ!!!


凄まじい雷鳴が山々に反響し、空気を震わせる。


———ドォォォンッ!!!


雷の群れが、黒い渦を一瞬にして吹き飛ばす気配を感じた。


——その光景を、夜叉王はただ無言で見つめていた。


京の都に、確かにいる。


かつて見知った、あの存在——


「……やはり、そうか。」


静かに目を閉じ、そして確信する。


武甕雷たけみかずち様の万雷……」


かつての記憶と今の光景が重なった。


——雷とともに現れる圧倒的な神気。


——数千の鬼を一瞬で薙ぎ払う雷の嵐。


——そして、その力を振るう “あの男” の存在。


「やはり……あの娘の中に、清雅殿……いや、白鴉はいたか。」


「……ふふ、ならば。」


「葛葉、行くぞ。」


「撤退いたしますか?」


「うむ。“白鴉” がいるなら、これ以上の策も意味をなさぬ。」


「承知しました……次は、どちらへ?」


「…そうだな、まずは、主人の墓参りといくか……それから、神酒を造る。行くぞ、太宰府へ。」


だが、そのやりとりを聞いていた彩花は、驚愕に目を見開いた。


「……え?待って!」


「なんだ、娘。もう用はない。帰るがいい。」


そう言うと、夜叉王は軽く指を鳴らす。


——パチンッ。


その瞬間、彩花の後ろ手に縛られていた紐がふわりとほどけた。


「……勝手過ぎる!!…好き放題やって……それで、また何をするつもり!?」


「私がすることはただ一つ。主人の恨みを晴らす。それだけだ。」


「……人をたくさん殺すの?」


「無駄な殺生はせん。殺しが好きなわけではない。」


「だったら——もうやめて!!」


彩花は必死に夜叉王に訴えた。


「京都の街がどうなってるか分からないけど……きっと大変なことになってるはず!これ以上、関係ない人たちを巻き込まないで……も、もう十分でしょ!?」


「……すまぬな、娘。」


「これも因果な性分でな。主人の願いを叶えねばならぬのだ。」


「そんな……!」


彩花は歯を噛み締めた。


ここで夜叉王を止めなければ、また災厄を起こすだろう。


彼は、そういう存在なのだ。


なのに——


(……おかしい。)


今の彼の顔を見て、思った。


——哀しい顔をしている。


鬼のくせに。


平安の世の戦乱を生きた化け物のくせに。


どうして、そんなに寂しそうな顔をするの?


「……ねぇ。」


思わず、彩花は口を開いていた。


「墓参りって……本当に、するつもりなの?」


「当たり前だ。」


「神酒を造るって言ったけど……それも、本当に?」


「当然だ。神への供物を作らねばならぬ。」


「……じゃあ、主人の恨みを晴らしたら、あなたはどうするの?」


夜叉王は答えなかった。


———答えられなかった。


彩花はそれを見て、理解してしまった。


(……この人、主人の願い以外のことを考えていない。)


(主人の復讐が終わったら……何も残らないって、分かってるんじゃないの?)


その瞬間、胸の奥がぐっと締めつけられた。


夜叉王は鬼だ。


殺しを厭わず、京を焼き払おうとした。


許される存在ではない。


——だけど。


(……なんでだろう。)


(このまま行かせたら、いけない気がする。)


(なんで、私はこんなことを思うんだろう……?)


(『もうやめて』って言ったけど、本当は正義感でも、人を守りたいという大層な理由でもない。)


ただの直感。


いや——


「……ただのワガママか。」


紗月や莉乃、父や兄の顔が目に浮かぶ。


心配するだろう。


迷惑をかけるだろう。


———それでも。


今ここで手を離してしまったら、二度と知ることのできない何かがある気がする。


だから——


「だったら、私も行く!」


夜叉王が歩みを止めた。


葛葉も驚いたように彩花を見つめる。


「なぬ?」


「一緒に行って、悪いことするのを止める!」


夜叉王はしばし無言で彼女を見つめ——


「……ほう、面白いことを言う。」


「小娘一人に、止めれるものなら、止めてみるがよい。……ふふ、ついて来れたらの話しだがな。」


「……じゃあ聞くけど、太宰府までどうやって行くつもり?」


「決まっておろう。馬に乗っていく。」


「……え?」


思わず間抜けな声が漏れた。


「何がおかしい? 旅をするなら馬を使うのが道理。貴様まさか、徒歩で行くつもりか?」


「……いや、飛行機とか、新幹線とか……。」


「何だ、それは?」


「……ああ……なるほど。」


彩花は自分が何を言っているのか、今さらながら気づいた。


——目の前の男は、平安時代の常識のまま生きているのだ。


「まあいい。問題はない。馬ならすぐに用意できる。」


夜叉王はそう言って、懐から一枚の霊符を取り出した。


「……ちょ、ちょっと待って。」


彩花は急いで話を戻す。


「水とか食べ物はどうするの? 長旅になるのに、何も持ってないでしょ?」


「……川に行けば水はある。野山には獣もおるし、木の実もある。」


「……。」


「何だ、その顔は?」


「……いや、あのさ、今の時代は、いきなり山に入って狩りなんてできないし……そもそも、そんな原始的な旅をするつもり?」


「原始的……?」


「旅とはそういうものだ。水が欲しければ川を探し、食が欲しければ山で獲る。何か問題があるのか?」


「……あるよ! そもそも、現代の人間はそんなことしないし、そんな簡単に狩猟なんてできないから!」


「ふむ……では、どうしておるのだ?」


「お店で買うの。」


「……?」


夜叉王は少しの間、言葉の意味を探るように沈黙し——


「……それは、都の屋台のようなものか?」


「まあ、そういう感じ。」


「ほう……。」


夜叉王は考え込むように腕を組むが、次の瞬間、当然のように言った。


「ならば、その“店”とやらで、買えばよい。」


「だから、お金が必要なんだってば!」


「……。」


「……もしかして、お金、持ってない?」


———しばし、沈黙の後。


「……ない。」


「……。」


「いや、何故そこまで驚く? 旅に必要なのは知恵と気力。銭ごときに頼るなど、甘えだ。」


「……そ、そっかぁ……。」


(……放っておいたら、本当に山の中で野宿して、川の水を飲んで、狩りをしていくつもりだ……。)


普通なら、この時点で「無理」と言って帰るべきなのだろう。


でも——


(……なんでだろう。)


目の前の男を見ていると、どうにも放っておけない気持ちになる。


「……はぁ……分かった。」


「……何がだ?」


「もういいよ。ちゃんとついていって、あなたが変なことしないように見張る。」


「……小娘よ、貴様何を——」


「私も行くって言ったでしょ? ……どうせ、ろくにこの時代のこと知らないんでしょ?」


「……。」


「誰かがいないと、すぐ問題を起こすに決まってる。」


「……ほう。」


夜叉王は少しだけ興味深そうに彩花を見つめた。


「ならば、貴様がこの私に教えるというのか? この時代の“旅”というものを。」


「……ま、まあ、そうなるかな……。」


ふと、夜叉王の脳裏に、過去の記憶が甦る。


——遠い昔、京の都にて。


「桜子、京都に残れ。」


静かな夜の庭。月明かりに照らされた桜の木の下で、夜叉王——いや、まだ人だった頃の義久は、妻の肩をそっと抱いていた。


「いやです。義久様とご一緒します。」


「身重では旅に耐えられまい。京都で元気な赤子を産んでくれ。」


「義久様は旅の途中、自分のことを何も出来ぬではないですか?」


桜子の声音には、わずかな怒気が滲んでいた。


「私が旅の作法を義久様に教えて差し上げます。だから、私も行きます。」


(……そうか……確か…あの時も……。)


「……まったく、変わらぬな。お前のような娘は、どの時代にもいるものだ。」


「……え?」


そんな時、葛葉が口を挟んだ。


「そういえば夜叉王様、戦力になる式神がもう般若しかおりません。いかが致しましょう?」


「……うむ。仲間を集めるか。」


遠く雷鳴が響く中、夜叉王は静かに夜空を仰いだ。


「神酒を作るには巫女の力も必要になるしな。」


「仲間……? まさか無理やり従わせる気……?」


「やめて!! 誰もあなたのやることに従うわけがないわ!!」


「…フン…だから小娘なのだ……。」


彩花がムッとした顔をするが、夜叉王は意にも介さず言葉を続ける。


「時代が変わろうと、人は変わらぬ。今も昔も、人とは恐ろしいものよ。」


「金、物、恨み、怒り、信仰——理由はそれぞれだが、罪を犯した咎人は、どの時代にも必ずいる。」


「もちろん、陰陽師や異能者だったとしてもな?」


「そ、その人たちを……利用するの…?」


「人は、自分の力では何もできぬ時、初めて膝を折る。」


「恐怖に抗えぬ時、初めて神を求める。」


「絶望に沈んだ時、初めて悪魔にすがる。」


「……!」


「相手の望みを叶える代わりに、こちらに協力する者もおろう。」


「それは……」


夜叉王の言葉に、彩花は思わず口をつぐむ。


「それが、人の生きる道よ。」


夜の風が、鞍馬山の木々を揺らす。


——ザァァァ……。


「行くぞ。」


「……はい。」


彩花は夜叉王たちの背中を追い、静かに鞍馬山を後にした。

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