輝守の心労
京都市近郊の上空、オスプレイの中——
「長……」
「長官……」
「長官……よろしいでしょうか……」
ん——。
安倍輝守は不意に現実へと引き戻された。
「……すまん、考えごとをしていた」
「当然です、長官。これだけの未曾有の霊障です。長官が何かを思案されるのも無理はありません。」
真剣な顔で言われると、余計に罪悪感が募る。
——まさか。
『マジカルリリちゃん』の特番を、誰に録画を頼むか考えていたなんて……口が裂けても言えない。
「……ああ、まあな。それで……?」
「はい、雷も大分落ち着きました。今なら帝院学院になんとか着陸できそうです」
「そうか……では、たのむ……」
「了解しました」
操縦士が通信を送り、オスプレイは徐々に高度を下げていく。
「——長官、着陸態勢に入ります」
機体がグラリと揺れ、地面へと降りていく。
——ゴウン。
オスプレイが無事、着陸した。
「ハッチ開きます」
——ギィィィィィィ……!!
機体の後部が開き、輝守は足を踏み出す。
オスプレイから降り立つ輝守を迎えたのは、一人の男だった。
「土御門……久しぶりだな」
「ようこそ、長官。……ほんま、もっと早う来てくれたら、めっちゃオモロいもん見れたんやけど」
大阪支部長・特級陰陽師の土御門孝昌。
長身で無造作に伸ばした金髪。細く切れ長の目。その一癖も二癖もありそうな顔から、皮肉混じりの関西弁が出てくる。
(……オモロいもん? いや、来るのが遅いって言ってるのか……? 土御門はいつも皮肉ばかりだから……分からんのだよなぁ……)
「……ん、それで……被害状況は?」
土御門は言葉を返さず、無言で指を差す。
その先に広がるのは——阿鼻叫喚。
避難所となった校舎には、人々が溢れかえっていた。
火傷を負い、すすで真っ黒になった者。
虚ろな目で座り込む老人。
子供を探して泣き叫ぶ母親——。
「……ここまで酷いとはな」
輝守が息を呑むと、土御門は静かに首を振った。
「……いやいや、長官。死者はほとんどおらんのやから、むしろこれで済んだんが奇跡ですわ」
「……奇跡? どういう意味だ?」
「鬼が出ましたわ」
「……何?」
「せやから、鬼ですわ」
「……鬼、だと……?」
「ええ。何が何だかわからんくらいの大量の鬼が、どちゃくそ湧きましてん」
「……冗談はやめろ」
「ははっ、冗談やったら、どんだけ楽やったことか」
「……本当なのかっ! そ、それで、その鬼はどうしたんだっ!?」
輝守が焦りの色を滲ませると、土御門は少し間を置き、淡々と告げた。
「雷に打たれて、消えましたわ」
「……は?」
「せやから、雷に打たれて、消えたんですわ」
言われた意味を理解しきれず、輝守は土御門を凝視する。
「雷……?」
(何かの冗談だろうか……?)
輝守はふと、上空を見上げた。
——ピカッ! バリバリッ!!
だいぶ落ち着いたとはいえ、いまだに散発的に雷鳴が轟いていた。
「ええ、これですわ」
輝守は何度もその言葉を頭の中で反芻する。
——大量の鬼が出現。
——だが、それは雷に打たれて消滅。
——何だそれは。
「……どういうことだ……?」
「それがオモロいもんですわ。長官も運が良かったら、まだ見れるかもしれまへんな」
「……見れる……?」
「ええ、みな雷の神さんのご慈悲や、言うとります」
「……雷の神……?」
「せやけど、それだけやないです」
「何か、病院から逃げてきた子供らが、“三人の魔法少女たちが鬼から助けてくれた” ちゅうて、オモロいこと言うとりましたわ」
「……な、なに……魔法少女だと……?」
輝守の表情がクワッと驚愕に染まる。
そして——
「土御門……」
ガシッ!!
「お、おおっ!? なんや、長官!?」
突然、輝守が土御門の肩をがっしり掴み、顔をぐっと近づける。
「今回、活躍したのは……三姉妹のうち、誰だ!?」
「……は?」
土御門は一瞬きょとんとしたが、すぐに顔を引きつらせた。
「ち、ちょ、長官……? 近い、近いでっせ!? なんの話ですの? 三姉妹って誰のことや……??」
「……!!……す、すまん…勘違いした……」
スッと土御門から手を離し、微妙に目を逸らす。
「……まぁ、子供の言うとった事やけど、ほんまに魔法少女がおったら、それこそオモロいですなぁ」
「ま、まあな……」
「——ほな、こっちも見ときましょか」
そう言って、土御門は体育館へと輝守を誘導する。
そこには——体育館いっぱいに、ずらりと横たわる人々の姿。
「……これは?」
「錯乱者ですわ」
「錯乱者……?」
「ええ、今はみんな、こうしてスヤスヤお休み中でっせ」
「医者の話では、単なる疲労やと。寝てるだけで命に別状はなし。ええ顔して寝とるわ? ちょっと前まで発狂してたとは思えんくらい、ええ顔や」
確かに——眠っている者たちの顔には、どこか“無垢な子供”のような穏やかさがあった。
「……まるで、不満も怒りも全部吸い出された後みたいな顔をしてるな……」
「ホンマですな。こっちまで羨ましなりますわ」
「そういえば、賢治たちとは連絡が取れたか?」
輝守が問うと、土御門は薄く笑いながら首を振った。
「いやぁ、まだですわ。うちのメンバーを何人か鞍馬寺に向かわせとるんやけどなぁ……ま、あの人らのことやし、こっちの惨状も知らんと “京都の風情を楽しんどる” んちゃいまっか?」
(……真希まで呼んでやったのに……賢治の奴は何やっとるんだ……)
心の中で八つ当たり気味に愚痴る輝守。
「京都は、とりあえずは落ち着いたと言ったところか……」
「せやけど長官、ウチの方にはテレビ局の記者連中がずっと『説明しろ』言うてしつこくてなぁ。せやから、記者会見を明日の朝10時からする予定にしときましたわ」
「記者会見……か」
「ええ。ほんで、陰陽師協会が今回の霊障に関わっとったんちゃうか、ちゅう噂が流れとるみたいですわ」
「……陰陽師協会が関与……?」
「長官もご存じのとおり、京都には特級陰陽師が三人も集まっとります」
輝守は額を押さえる。
確かに、霧島賢治、稲葉真希、賀茂千紘。
日本に九人しかいない特級陰陽師が、よりによってこのタイミングで京都に集まっている。
疑われるのも無理はない。
だが——
「……やっぱり、賢治のせいなのか……」
冷静に考えれば、もちろん賢治に責任はない。
ないのだが——
(俺が “マジカルリリちゃん” の特番を見逃したのも……結局、賢治が “京都に来い” なんて言ったから……)
考えれば考えるほど、どうにかして賢治のせいにしたくなってくる。
(……そうか……これは全部、賢治のせいだな)
「まぁ、もし偶然だったとしても、記者連中はそうは思わんみたいでなぁ……」
土御門が薄く笑いながら続ける。
「『協会はこの霊障を事前に知っとったんやないか?』 」
「『知ってて黙っとったんやないか? ほんならこれは “人災” ちゃうんか?』 」
「『陰陽師協会は何を隠してるんや?』 」
「……まぁ、こんな感じで騒がれとりますわ」
「……なるほどな……」
(……こういう時に、マスコミは一斉に叩いてくる……)
もともと陰陽師協会に対する不信感は少なからず存在していた。公には “国家公務の陰陽機関” であるが、その内実は一般人には知られていない部分も多い。
そして今回の霊障。
京都に特級陰陽師が三人も集まっていた。それが余計な疑念を生み、世論を煽っている。
(知るか……こっちだって後始末で手一杯だってのに……)
輝守は、ポケットから煙草を取り出した。
だが、ライターを手に取る前に、何かを思い出したように手を止める。
(……そういや、この前の健康診断で 『本数を減らせ』 って言われたんだったな……)
舌打ちをし、煙草をポケットにしまう。
「……分かった」
「まぁ、記者どもに好き勝手言われんよう、バシッと頼んまっせ、長官」
(……明日の会見、胃が痛くなりそうだ……)
その時——
ダッダッダッ!!
体育館の扉が勢いよく開き、誰かが駆け込んできた。
「すみません、支部長……!」
焦った様子で駆け寄ってきたのは、一級陰陽師の 加賀美詩織 だった。
「……えらい慌てとるなぁ。どないしたん?」
加賀美詩織は駆けつけると、一瞬、輝守の姿に気づいて背筋を正した。
「……長官、お疲れ様です」
「挨拶はいい。何があった?」
輝守の声に、加賀美は息を整えながら土御門の方へ視線を向ける。
「……支部長、東寺の近くで激しい戦闘が発生しています! 周辺の建物にも被害が出始めているとの報告が……!」
輝守の脳裏に、星読の能力で好き勝手動くあの問題児の顔が浮かぶ。
(……ち、千紘だ……間違いない……絶対に千紘だ……)
「ほぉ……?」
土御門は眉一つ動かさず、興味深げに腕を組んだ。
「いやぁ、京都も飽きまへんなぁ……ついさっきまで地獄やったっちゅうのに、今度は何のショータイムやろ?」
「支部長、冗談言ってる場合ではありません!」
「冗談ちゃうよ? こうも次から次へとトラブル起こると、ほんまに呪われとるんかと思うわ」
「……それで、その戦っているのは誰か分かるのか?」
輝守が問うと、加賀美は苦い顔をした。
「それが……まだ詳しくは……ですが、目撃情報によると、若い女性と着物を着た男性が戦っているとか……」
(……女が千紘……男は例の橘家の封印から出てきた鬼だな)
輝守は口元に手を当て、考え込む仕草を見せた。
「千紘の可能性がある。着物の男は賢治たちが戦うつもりだった鬼かもしれん」
「……ち、千紘!? 賢治さん達と一緒やないんかい……!」
「ああ、恐らく星を読んで、賢治達を出し抜いたんだろう……」
(……あの問題児め……よりによってこんな時に、街で特級陰陽師が暴れてるなんて知られたら……)
輝守は額に手を当て、深いため息をついた。
(マスコミがどう騒ぐか、考えるだけで頭が痛い……)
「分かった。すぐに現場へ向かう」
「ほな、うちらも付き合いましょか」
「そんなの当たり前でしょう! 支部長が行かないでどうするんですか!」
「まぁまぁ、そうカリカリせんと」
土御門は飄々と笑いながら、指を鳴らした。
「よしゃ! 久々に 大阪支部の本気、見せたりましょか」
「……はぁ……面倒事がまた増えた……」
その言葉を最後に、一行はすぐさま東寺へと向かうのだった——。




