燃え尽きた怒り
「……まさか……テメェが……あの時の陰陽師だったとはな……!!」
鬼一の血走った瞳が清雅を睨みつける。
「妹が泣いてるだぁ?」
「——テメェが……テメェがァァァ!!!」
怒号とともに、鬼一の霊力が爆発的に弾けた。
「千代を語るんじゃねぇぇぇぇぇッ!!!!」
———居合いからの一撃
しかし、鬼一の剣が風を切るたび、清雅はただ静かに身を逸らし、躱し続ける。
「……やっと、全部思い出したか……」
「フザけんなッ!!」
———ドゴォン!!
鬼一の蹴りが地面を抉り、大量の土煙が舞い上がる。
「何が『何のために…強くなった——』だぁ?決まってんだろ!!!」
「……守るもんがなくなって!!!」
「テメェを、ぶっ倒すためだけに強くなった! 俺の剣にはそれしか意味はねぇぇぇぇ!」
「……はぁ、あの時のまんまだな……」
「黙れェェェ!!」
——ズザアァァァァン!!!!
鬼一の斬撃により、衝撃波が炸裂する———
駐車場に停められていた車が、音もなく真っ二つに裂け、火花を散らしながら崩れ落ちた。
「貴様ァァァァ!!!!」
次の瞬間、刀が振り下ろされ——
——ズバァァァン!!!
病院の壁が縦一文字に裂け、轟音と共に瓦礫が崩れ落ち、中庭の木々が一瞬遅れて倒れ込む。
それでも——莉乃と奈々がいる庭石の周りだけは、まったくの無傷だった。彼女たちを包むように漂う黒霞の闇の結界が、外界の猛威をすべて遮断していたのだ。
「な、何……これ……!」
莉乃が震えながら呟いた。
「……ね、ねぇ……な、奈々……」
「……何?」
「……紗月お姉ちゃんが別人って……どういう意味?」
奈々は沈黙し、信じられない顔で目を見開いた。
(……まさか、まだ気づいてない?)
「……莉乃」
「え?」
「……鈍感」
「へ?」
「普通、見てたらわかる」
「……えっ、ええええ!? どういうこと!?」
「……もういい」
「ちょっ、なんでそうなるの!? 私、真剣に聞いてるのに!!」
「……うるさい、静かにして」
「う、嘘ぉ……」
だが、そんなやり取りをしている間にも——
「はあああああああッ!!!」
鬼一の次の斬撃が、清雅を狙って放たれる。
しかし、清雅は悲しげな目で鬼一を見つめたまま、静かに身を逸らす。
「チッ……! ……なんで当たんねぇんだ……!!」
鬼一は歯を食いしばり、狂ったように斬りかかる。
「ッッざけんなよォォォォォ!!!!」
———キィィン!!!!
怒りのままに振り下ろした刃を、清雅はわずかに身体をずらして受け流した。
「なんで……なんで……千代を殺したぁ!! 千代は俺の……俺の、大切な妹だったんだぁああ!!!」
握り締めた刀が震え、手汗で柄が濡れていた。
「……ハァ、ハァ、ハァ……クソッ!!」
「ちょっ、鬼一……? ちょ、待って……何、ガチギレしてんの……!?」
鬼一が熱くなることはあっても——ここまで “我を忘れた” ことは、一度もなかった。
「な、なんでこんなブチギレモード入ってんの!?」
「……白葉」
白葉は無言で頷くと、ふわりとその身を持ち上げた。
——次の瞬間。
千紘の足元が、一瞬揺らいだ。
「え、なに!? ちょ、やば……っ!?」
視界が歪む——いや、変わった。
周囲の景色がいつの間にか “白葉の領域” へと変貌していた。
「うそ……え、これ、ちょ、待っ、ぐぅっっ!?」
千紘が 首元を押さえ、もがき苦しむ。
同時に、白葉がとぐろを巻き “何か” を締め上げるように力を込めた。
「はっ……ぐっ……し、しぬ……!! ちょ、マジで……これ、マジでやば……っ!!!」
白葉の領域と千紘のいる場所が繋がったのだ。今、白葉が締め上げているのは千紘の 「虚像」。
だが、それはそのまま 「千紘の肉体」 に影響を与える。
「ぐ……う……!!」
千紘の顔が、みるみる青ざめていく。
「っ!!!?」
鬼一の目が 血走った。
——反射的に。
「てめぇえええええええええ!!!!」
鬼一が 白葉の領域を断ち切るべく、刀を振るった。
——ズバァァァァァァァン!!!!
領域の結界が、一瞬にして斬り裂かれる。
「ぐがっ……!?」
「はぁっ、はぁっ……マジで死ぬかと思ったし……っ!!!」
「……また不意打ちかぁ……? 相変わらず汚ねぇ野郎だ!!!」
再び刃を構え、今にも切りかかる鬼一。
だが——
清雅は、静かに微笑んでいた。
「本当にわかってないね ……?」
「何のことだぁ!?」
「守ってるだろ大事な人」
「……は?」
「お前の剣はちゃんと意味がある」
「っ!!!」
鬼一の顔が歪む。
——何を言っている。
——俺は、もう……
「守るもんなんて、何もねぇ」
そう言い続けてきたはずだった。
だが——
「なら、なんで今、必死にアイツを助けた?」
鬼一は 千紘を見る。
「っ……」
千紘は まだ苦しそうに肩で息をしている。
震える指先で喉を押さえながら、こちらを見上げていた。
「ちょ……まじ……キレそう……」
(……俺が、千紘を助けた……)
それが、無意識の行動だったことに 鬼一自身が、一番驚いていた。
その瞬間——
———ボウッ……
「っ……!?」
黒炎が、ゆっくりと 燃え尽きていく。
———鬼一の怒りそのものを燃料にしていたかのように。
———鬼一の怒りとともに、燃え尽きていくかのように。
「な、んだよ……」
鬼一は、刀を握りしめたまま、立ち尽くす
「なんだよ……急にそんなこと言われても……!!!」
「千代を……救えなかった……俺に……!」
「今さら、そんなこと言われたって……!!!」
「もう、遅ぇだろうが!!!」
清雅は静かに首を振る。
「遅くないさ」
「……っ!!!」
「少なくとも、お前は、また守ることを選んだんだ」
鬼一は 震える手で、刀を下ろす。戦意がゆっくりと、削がれていく。
「俺は……!」
「俺は……千代を……!」
「……知ってたんだ……気づいてたんだよ……!」
消えていく炎の中、下ろした刀がぶるぶると震えた。
「……千代が……鬼なんだって……」
「千代とは一緒に生きられないって……!」
清雅は、優しく微笑んだ。
「千代は、お前の中でずっと生きてる」
「……ッ!」
「だけど、お前が燃え尽きたら——妹の記憶も、そこで終わる」
鬼一の手が、かすかに震えた。
「……お前は、これからも妹を想っていくんだろ?」
「……っ……!」
「違うのか?」
鬼一は、今度こそ剣を振れなかった。
胸の奥で、静かに残り火が燻っているような感覚。消えてしまいたくなるほどの哀しみと、それでも消えたくないという意地。
『守ってるだろ大事な人』
その言葉に、鬼一は千紘を思い浮かべた。
いつも生意気で、やかましくて、自己中で。
でも——
誰よりも、妹のように思っていた。
「……俺が……千紘を……守る……」
ようやく鬼一の手から力が抜け、ガクリと膝が地面についた。
怒りに燃え尽きた身体は、ついにその限界を迎えた。
そして——黒炎は、完全に消えた。
怒りを焼く炎は、もうどこにもない。
残ったのは、
鬼一の、涙だった。
その様子を見ていた千紘が、戸惑いながら叫ぶ。
「……ちょ、ちょっと!? 何泣いてんのよ、鬼一!? あんたを洗脳でもしたわけ!?」
疲労と、感情の波に飲まれた瞳が、静かに千紘を映した。
「……千紘、もう終わりだ」
「……ハァ!? 何言ってんの、鬼一……!」
鬼一の言葉に、千紘の顔が険しく歪む。
「なに負けムードでしんみりしてんのよ!? コイツがアタシらに恥かかせたの、忘れたわけ!? アタシが今、勝負つける!!」
「やめろ、千紘!! こいつには勝てねぇ!!」
鬼一は手を伸ばすが——
「——うっさい!!!」
千紘が 鬼一の手を振り払い、鋭く睨みつけた。
「アタシの知ってる鬼一は、こんな情けない顔しない!!」
「アタシが見てきた鬼一は——」
「どんな相手にも、どんなヤバい状況でも、絶対に背を向けないバカだった!!」
「なのに、何よこれ!? そんなの……鬼一じゃないじゃん!!!」
———バチィッッ!!!
千紘の霊力が、一気に爆発する。
「……もう、好きにしろよ……」
戦意を完全に喪失した鬼一が、刀を鞘に収める。だが、その目は 千紘の背中を心配そうに見つめていた。
——彼女が、大事な人だから。
「おい……こんなこと言えた立場じゃねえが……」
鬼一が清雅に口を開く。
「……手加減してやってくれ」
「……?」
「……また失いたくないんでな……」
千紘がバチバチと霊気を纏いながら、清雅を指さす。
「ちょっと、アンタがなんか言ったせいで、鬼一がヘタレモード入っちゃったんですけど!? 責任取れ!!!」
清雅は、雷鳴が止み、雲間から覗く月を背に——ニヤリと笑った。
「……手加減? いいとも。——ちゃんと“教育”してやるさ」




