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凍てつく黒炎

 京都の空には未だ雷光が走り、雷龍たちが地を這うように鬼を焼き尽くしていた——。


「——ふわぁぁぁぁ……これでいいか……?」


 大あくびをしながら、武甕雷は肩を回し、満足げに空を見上げた。


武甕雷たけみかずち様、誠に感謝いたします。おかげで京都の穢れが一掃されるでしょう」


「ふん、些細なことよ」


 そして、満開の桜の根元で立ちながら、ふと口角を上げる。


「——して、清雅。他には何かあるか?」


 これ以上の“借り”を作るのは、あまりに厄介だ。


 清雅は静かに息を吐き、再び深く頭を垂れる。


「いえ、もう十分でございます」


「うむ、ならば我は帰るぞ」


 武甕雷は頷き、ちらりと桜の下で控えている女性たちに視線を向ける。


「……我が話し相手にならんと、あの女たちが寂しがるゆえな」


(……いや、さっきまで膝枕で爆睡してたよな?)


「それに……酒が冷えてしまっては興が削がれる」


(……結局飲みたいだけだろ!!)


 すると、武甕雷はふと思い出したように清雅を見下ろし、ニヤリと笑う。


「……次に力が必要なときは、春雷姫しゅんらいきを呼んでやれ」


「……は?」


「我を呼べるようになった途端に、一度も呼ばれなくなったと拗ねておったぞ」


(……しまった)


 春雷姫——武甕雷の妹にして、雷神の力を持つ姫神。


 気まぐれで無邪気、しかし気に入らないことがあれば容赦なく雷を落とす気性の荒さ。


 そして何より——



———極度の寂しがり屋。



 清雅は、一瞬で春雷姫の“面倒くささ”を思い出し、内心で頭を抱えた。


(……あの性格だ。どうせ会った瞬間に「なんで呼ばなかったのか」って延々と責められる……)


「……ふふっ、覚えておけよ」


「……はい」


(……今から頭が痛い……)


  そして、武甕雷はゆっくりと手を掲げた。


その瞬間——



———ゴオォォォォォ……!!!!———



 桜の花びらが、一斉に舞い上がる。


「——さらばだ、清雅」


 まるで夢の中の出来事だったかのように。


———満開の桜は消えた。



 奈々と莉乃の心には、まだあの光景が鮮明に焼き付いていた。


 あの圧倒的な存在感。


 魂ごと押し潰されるような“神威”の前で、ただひれ伏すしかなかった感覚。


 それが嘘だったとは到底思えない。


 それでも——


「……私……夢、見てたのかな……?」


 莉乃が、ぽつりと呟いた。


「……何が起きたんだろう……?」


 どこか呆然とした表情のまま、震える指で自分の頬を触れる。


 奈々は無言で、莉乃の肩に乗った一枚の桜の花びらをそっと摘み取った。


 そして、ひらりと莉乃の目の前に差し出す。


——現実だ。


 言葉にはしない。


 だが、その行動がすべてを物語っていた。


 莉乃は目を見開き、そっと桜の花びらを摘む。


「……ほんとに……?」


 信じられない、と言いたげな声を出して、花びらを大事そうに仕舞った。


 その時、目の前に立つ千紘の震える姿が視界に入る。


「……っ……!」


 ガタガタと肩を揺らし、歯を食いしばりながら、千紘はただ膝をついていた。


 だが、——神威が消えた瞬間、千紘の体にまとわりついていた圧倒的な重圧も霧散した。


「……ハァ……ハァ……」


 恐怖で凍りついていた全身が、ようやく動く。


「……ッ!」


 千紘はガバッと勢いよく立ち上がり、紗月——いや、紗月の中の”何か”を指さした。


「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!? あんた、一体何者なの!?」


「見たらわかるだろ……どっからどう見ても、橘紗月だ!」


「んなワケないでしょ!? 気絶してから雰囲気変わったと思ったけど……誰よ、あんた!?」


「——あれ、やっぱり……バレちまったか?」


「バレるに決まってんでしょーが!!」


 千紘は逆ギレしながら地面をドンッと蹴る。


「高校生であんなんできるワケないじゃん!? 雷神召喚するとか、式神とかいうレベルじゃないし!!……もしかして、あんた何かの霊!? それとも神の使いとか!?」


「さぁ、俺にもさっぱりわかんないだよ……俺がなんなのか教えてくれる?」


「———ふ、ふ、フ、フザけんなぁぁぁ!! さっきの奴、帰したこと、後悔させてやるし!!!」


「……別にふざけてないんだけどな……それに、後悔させるって言っても、さっきまでブルブル震えてなかった……?」


「ふ、震えてないし、ビビってねぇし!!」


「へぇ〜? 俺には足ガクガクしてたように見えたけど?」


「ちょ、マジでキレたし!!!」


 バチバチと霊力が弾ける。


「——やるしかないっしょ!!」


「……いいよ? ……術戦は久しぶりだ……遊んであげるよ」


 清雅が指を絡め、ゆっくりと印を結ぶ。


「——待て」


 鬼一が静かに刀を抜いた。


「千紘、コイツとは俺一人でやらせてくれ」


「え? 鬼一、コイツのこと知ってるの?」


 千紘が驚きの声を上げる。


「……ああ。なんとなく……知ってるような気がする……」


「マジ!? ちょ、どういう関係……?」


「……多分……因縁の相手、ってとこだな」


 その瞬間、鬼一の霊力がふつふつと沸き立ち、千紘はギョッと目を見開く。


「……鬼一、ちょ、マジで大丈夫? なんかヤバいテンションなってんじゃん! なんでよ?」


「……わかんねぇ……」


「………ちょっと大丈夫……? ……マジで勝てんの? アンタが負けたら、千紘、マジで詰むんだけど……」


「でも、コイツだけは……俺がやらなきゃならねぇんだ……それだけはわかる!!」


「……鬼一……」


「……勝つから、心配すんな」


 バチバチと霊力が弾け、千紘が後ろへ飛び退る。


——鬼一が疾風のごとく踏み込んだ。


「オラァッ!!」


 清雅は微動だにせず、寸前で身をひねるだけで紙一重で躱した。


「……錦市場で感じた懐かしい気配……お前だったんだな……」


 寂しげな笑みを浮かべる清雅。


 その表情には、どこか懐かしさと、憐れみが混じる色が滲んでいた。


「……そんな怒りだけの剣じゃ、妹が泣くぞ?」


「ッ……!!!」


 鬼一の動きが、一瞬だけ鈍る。


(……妹が泣くぞ、だと……? どういう意味だ? 俺に妹がいたのか……?)


 頭の奥で何かが軋むような感覚がした。


 “妹”その言葉が、耳の奥に何度も反響する。


(……やめろ……やめろ……!)


 鬼一は頭を振る。


「……まだ思い出せないか……?」


 清雅の言葉に、鬼一の動揺が露わになる。


「お前の妹は……ただ、『身』も『心』もお前と一緒にいたかっただけなんだろうな……」


「てめぇぇええええー!! 訳のわかんねぇこと言ってんじゃねー!!」


 鬼一が怒りのままに剣を振るう。


 しかし、清雅はそれを受け流しながら、低く呟いた。


「……知りたいんだろ? ……思い出させてあげるよ」


「うるせぇぇぇ!! そんなの知ったことかぁ!!」


「何のために強くなると誓ったのか……誰のために剣を振るのか……」


 指先が闇の中で煌めき———


黒炎幻葬こくえんげんそう——封じられた過去を、ここに」


——ボッ……!


 鬼一の足元から、黒炎がじわじわと滲み出し、ゆらゆらと揺らめきながら広がっていく。


 その炎は、決して熱を持たない。


 むしろ、凍てつくように冷たい。


「ぐっ……な、なんだ……!」


——視界が歪む。


 中庭一面に、冷たい黒炎が燃え広がっていく。


 そして——


——冷たい風が吹く、鴨川の河原。


——飢えに震えながら、妹の肩を抱いていた、あの日。


——「お兄ちゃん……お腹、すいた……」


——自分を見つめる、真っ赤な眼。


——魂からの、慟哭。


「っ……やめろ……!? やめろォォォォ!!!」


 鬼一の絶叫が響き渡る。


 しかし、記憶は止まらない。


 鬼一の目の前には、血まみれの妹の姿が、はっきりと蘇っていた。


「お、お前が……俺の妹……?」


『……お兄ちゃんのこと、食べてもいい……?』


 鬼一の顔が絶望に染まる。


「……どうだ……少しは思い出した……?」


 その表情は、どこか哀れみと同情を含んでいた。


「——ハァハァハァ……テ、テメェ、今、何しやがった……?」


——「妹を助けたかった…!」


——「でも、あのままじゃ生きられなかった」


——「本当はわかっていた……」


 鬼一の心に絡みついていた、膿のような後悔が、冷たい黒炎の中で炙り出されていく。


「……もう、過去に縛られるのは終わりにしよう」


 清雅の声が、静かに響く。


 それは、鬼一に対してではなく——


——弔いの言葉だった。


——その瞬間、凍てつく黒炎が一気に燃え上がる。


 鬼一の意識は、完全に「過去の京」へと引き戻された——。

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