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高天の神と神霊

———ゾワッ!!!!


 一気に肌が粟立つ。


(は? え、ガチで……何これ……ヤバ……)


 千紘は無意識に夜空を見上げた。


 未だに——黒い渦が、東寺の真上に広がっている。


———ゴォォォ……


 しかし——視線は東寺の上空ではなく、少し離れた、星々が広がる夜空へと向かう。


 煌めく星たち。


 けれど、いつもと違う。


 どこか、ざわついている。


 いや、星そのものが震えているようにさえ見えた。


(……星が……騒いでる……?)


 強烈な違和感。


 違和感、違和感、違和感——それも尋常じゃない。


「……は? えっ? ちょ、ちょっとウソでしょ?」


 目の前を、何事もなかったかのように通り過ぎる紗月。


 その異様さに、千紘の脳が強烈な警鐘を鳴らした。


(……なんか……ガチで鳥肌なんだけど……!?)


 ぞわぞわとした寒気が背筋を這い上がる。


(……でも……ヤバすぎて……)


 唇の端が勝手にニヤつく。


(……アツくなってきた! 最高なバトル出来そうじゃん……!!)


 千紘の思考が渦巻く中、式神の一体、多治比直野勝たじひのあたいのすぐるが動いた。


「———!!」


 一瞬にして、紗月に飛びかかろうとする。


「……え?」


 直後、多治比直野勝の動きが、ピタリと止まった。


 いや、止まったのではない。


 彼の全身に、漆黒の“何か”が絡みついたのだ。


「ぐ……ッ!!?」


 多治比直野勝は、その場に釘付けにされたように、身動き一つ取れない。


「……な、に……ッ?」


 彼は全身を震わせながら、どうにか振り払おうとする。


「ぬ、う……ッ!!」


「……ギ……ギギギギ……ッ……!!」


 不気味な音が、響き渡る。


(……何……? あの黒いの……)


———その間にも。


 紗月は千紘に一切目をくれることなく、静かに歩き進め、そのまま奈々の前でしゃがみ込んだ。


「あらら……派手にやられたな……こりゃ白葉じゃなきゃ無理だな……」


 清雅は腕を組み、少し面倒そうに息をついた。視線の先には、意識を失った奈々の姿。


——まあ、こうなることは予想してたけどね。


 清雅はちらりと千紘たちの方を見る。


 式神たちは未だ警戒を解かず、まるで目の前に得体の知れない存在が現れたかのように、静かに身構えていた。


「黒霞、そのままアイツら動けないようにしといて」


 淡々と告げると、多治比直野勝たじひのあたいのすぐるの影から、一羽の鴉がヌメッと滑るように飛び出した。


 千紘たちの目の前——庭石の上に、黒霞が静かに降り立った。


「……さてと」


 清雅は静かに呟くと、指先をゆっくりと組み合わせ、流れるような動きで印を結び始めた。


「天と地を繋ぎし神の理、白き光よ、我が声に応えよ——」


 声が響いた瞬間、空気がピンと張り詰める。


「白龍の守護をここに——顕現せよ!」


 清雅が最後の印を結ぶと同時に、紗月の足元から光の紋様が広がった。


 六芒星を描くように輝く霊力の陣が浮かび上がり、その中心から白銀の光が噴き上がる。


——ゴォォォォ……!


 その中から、純白の鱗をまとった壮麗な龍の姿がゆっくりと現れた。


「清雅様、この白龍こと、白葉しらは、お呼びにより参上いたしました」


 白葉はその巨大な体を静かに降ろし、とぐろを巻くようにして紗月の周囲を取り囲んだ。


「うん、思ったより早く呼べたね」


「清雅様、また娘の姿で呼びましたか。だいぶ板についてきましたね?」


「いや、別に好きでこの姿なわけじゃないからね……」


「もちろん存じております。ただ、次回はもっと華やかなご衣装でどうぞ」


「お前なぁ……もう呼ばないぞ?」


「私は呼んでなんて頼んでいませんが? 清雅様が私を欲するのです!!」


「……ホントめんどくさい奴だなぁ……」


 清雅は深いため息をつきながら、ふと奈々に視線を移す。


「この娘、重症だろ。白葉の領域に入れて、元に戻してやってくれ」


「——承知。」


 白葉の声が響いた瞬間———チャポン。


 まるで水に沈むように、奈々の体がゆっくりと地面へと沈み込んでいく。周囲の空気がわずかに震え、白葉の領域が広がっていくのを感じた。


 そして、すぐに奈々の体が浮かび上がる。


 その顔色はすっかり戻り、痛々しかった傷跡もすべて消え去っていた。まるで何事もなかったかのように、奈々はゆっくりと目を開ける。


「大丈夫かい? 痛いところはないか?」


 奈々は瞬きをしながら、こくりと頷いた。


「そういえば……惜しかったね。次は術者を直接狙ったほうがいいよ」


 再び頷く奈々。


 しかし、次の瞬間、首を傾げ、戸惑いの表情を浮かべる。


「……清雅さん……?」


「ああ、そうだ」


「そういえば、君はあの場にいたから知ってるんだったな……」


奈々はまた頷く。


「歩ける?」


 奈々は少し考えたあと、そっと首を横に振った。


「そっか」


 清雅は何の躊躇もなく、奈々の膝裏に腕を入れると、すっと抱き上げる。


「——っ!」


 奈々の顔が一瞬で真っ赤に染まる。


 次の瞬間、奈々はまるで紗月の体を堪能するように、清雅の胸元に顔を埋め、何度も深呼吸を繰り返した。


(……この子、なにしてんだ……?)


 訝しげに見下ろす清雅をよそに、奈々はさらに顔を押し付け、満足そうに『ふーっ、んーっ』と呼吸する。


「おい……苦しいなら言えよ?」


「……このままがいい……」


 奈々の小さな声が、清雅の胸元にくぐもって響く。


「……めんどくさい奴がここにもいた……」


 そんなやりとりをしながら、清雅は奈々を抱いたまま、莉乃の元へと静かに歩き出す——。


 清雅はそっと膝をつき、倒れている莉乃の前で静かにしゃがみ込んだ。


 莉乃は痛みに顔を歪めながらも、紗月の傍らに佇む白龍の存在に目を奪われる。


「えっ……? さ、紗月お姉ちゃん……?」


 その黄金に輝く瞳、白銀の鱗を持つ威厳ある龍。


 それが紗月を守るように佇んでいるのを目の当たりにし、莉乃の思考は混乱し、恐れと驚きが入り混じる。


「大丈夫か……? どれ……」


 紗月の落ち着いた声に安心しかけるも、足に触れられた瞬間——


「っ……!!」


 鋭い痛みに、莉乃の体がびくりと震えた。


「……あー、足、折れてんね。白葉、頼む」


「——承知」


「え、ちょ、待っ……な、何が……!?」


 莉乃が慌てるのを見て、優しくその頭を撫でた。


「大丈夫だから、大人しくしてな」


 その言葉に、莉乃は目を閉じた。


———チャポン。


 莉乃の体が、まるで水に沈むようにゆっくりと地面へと沈み込んでいく。


 触れるはずのない柔らかな波が、彼女の周囲を包み込み、白葉の領域へと誘っていく。


 そして——再び地面から浮かび上がる。


「……っ!」


 痛みで苦悶に歪んでいた顔は、すっかり穏やかになっていた。


「……え、え、えぇぇぇっ!?」


 莉乃は慌てて足を触る。


「な、なにこれ!? 全然痛くない!?」


「す、すごい……!!」


「……これ……紗月お姉ちゃんの力なの……?」


「……はは……まぁ、そういうことかな……」


「……そう……紗月お姉様は……神……」


「おいおい……まぁ……足、大丈夫そうだね?」


「うん! 全然大丈夫!! すごい、ほんとにすごい!!」


「……莉乃もやっと理解した」


 清雅は視線を流し、瓦礫の間に埋もれた麒麟の剣を一瞥する。


(……麒麟の剣は無事か。まぁ、そう簡単には壊れないか……)


 だが、それを握る紗月と、彼女を守るはずのキリ——。


(……落ち着いたら、ちゃんと鍛えないとな……)


 ふと、清雅は莉乃と奈々に目を向け、軽く顎をしゃくる。


「あそこなら安全だから行っててもらっていいか?」


 それは、千紘たちの目の前にある庭石だった。莉乃は驚きながら千紘たちを見やる。


「えっ、でも、あそこにあの人たちいるけど……」


「大丈夫。あの鴉が守ってくれる。あそこが一番安全だから」


 清雅がさらりと言うと、奈々が迷うことなく莉乃の手を引いた。


「……莉乃、大丈夫」


 戸惑いながらも、莉乃は奈々に連れられて庭石へ向かっていく。


「——ちょっと! いつまで待たせんのよ!!」


 千紘の焦燥と興奮が入り混じった声が響いた。


「マジで待ちきれんっつーの! 早くバトりたくて、テンション上がりすぎてヤバいんだけど!?」


 戦いの火蓋が切られる瞬間——その興奮がたまらない。


———早く、早く、早く、早く、早く。


「まさか、あんたが土地神の龍を従えてるとか……そりゃ寒気するわけよね? 鳥肌ヤバかったのも納得なんだけど?」


 千紘は軽く腕をさすりながら、納得したように言う。


———でも、千紘は知っている。


 土地神——その存在の強大さを。


(つっても……千紘だって土地神とガチったことあるし?)


——それは、ほんの少し前のこと。


 千紘は無理やり土地神を怒らせた。


「あんたの力、見せてよ?」


 軽いノリで。


 土地神の領域に踏み込んだ者への制裁。


 目の前にそびえる神の威圧感。


 ギリギリの命のやり取り——それがたまらない。



———土地神の力は、確かに規格外だった。



———でも、千紘は確信した。



———やり方次第で、戦える。



「だからさ? あんたが土地神の力持ってるからって、別に怖くはないんだけど?」



———確かに、土地神は強い。



———でも、千紘はあの時、一人で戦えた。



———それなら、今だって。



「ま、土地神従えてるとかチート級だけど? 千紘ちゃん、そういうの込みでも負ける気しないんだけど!」


 千紘の言葉に、清雅は首を傾げた。


「……土地神?」


 清雅はゆっくりと白葉の方に向き直る。


「なぁ、白葉。土地神なんて神いたか?」


 白葉は一瞬間を置き、考える素振りを見せた後、静かに答えた。


「さぁ……? 知りませんね」


「だよなぁ……」


 清雅は腕を組みながら、視線を宙に泳がせる。


高天原たかまがはらから降りるには、器がなければ無理だろ?」


「その通りです」


 白葉は静かに頷く。


「恐らく、土地神とは神霊のことではないでしょうか。山や川に宿る霊が、人間の信仰によって神格化することは珍しくありません」


「……ほぉ……?」


「特に、清雅様の生きた時代よりも遥かに人口は増えました。人々の信仰が増え、それによって神格化した霊もまた、相応に増えているかと」


「なるほどね……」


 確かに、彼が生きていた時代と比べれば、人間の数は段違いに多い。


 それならば、信仰によって生まれる存在もまた、増えていてもおかしくはないか——。


(……まぁ、俺が知る”神”とは別モンだろうけどな)


「はぁ!? なにごちゃごちゃ言ってんの? もういいし!! 千紘の本気、見せてあげよっか!!」


 高揚した千紘の霊力が、まるで爆発寸前の火花のように弾ける。


「ちょうどいい」


「街にはまだ鬼が溢れてるし……ご挨拶もしときたいしな」


 清雅はゆっくりと指を絡め、印を結ぶ。



「——高天原に坐す雷神よ」



 大気が震える。



「——天地の狭間に轟き、万象を裂く者よ」



 轟く雷鳴、閃光が、夜空に走る。



「——神代より続く理に従い、我が声に応えよ」



 東寺の上空に広がる黒い渦が、雷雲の波に呑まれていく。



「——雷霆の刃、天の裁きを掲げる御方よ」



 雷雲が天を覆い、稲妻の光が雲間に脈動する。



「——武甕雷たけみかずちよ、その名において、ここに降臨せよ!!」




——バリバリバリバリィィィンッ!!!!——




———稲妻の閃光が地上へと落ちる。



 瞬間、東寺の上空にあった黒い渦が引き裂かれるように吹き飛んだ。



———雷が、天を裂き、地を貫く。



 雷光の中心に立つ紗月の髪が、踊るように揺れた。


「……ご挨拶といこうか?」


 雷神の降臨を告げる雷鳴が鳴り響く——。

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