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雷神の奇祭

「莉乃、奈々ちゃん、なんとか出来るかもしれん!」


紗月は、強く拳を握りしめながら、井戸の前に立ち上がった。


「えっ、紗月お姉ちゃん…何するの…?」


「…平気…紗月お姉ちゃんは、尊い。」


「ワン!」


その言葉の意味がわからぬまま、莉乃はごくりと唾を飲む。



その間にも、鬼たちは紗月の存在に気づき、咆哮を上げながら迫ってくる。


「グオオオオオオオオオ!!!」


しかし、紗月は怖れずに、ゆっくりと深呼吸をした。


(……清雅が教えてくれた詠唱……思い出せ……!)



心を落ち着け、静かに口を開く——。 



「——天つ神々よ、大地の守り手よ。」



その瞬間、周囲の空気がピンと張り詰めた。



「——雷鳴の鼓動を響かせ、闇を裂け。」



遠くで雷鳴が低く響く。



「——八百万の理を司る御霊よ。」



井戸の周りの草木が、突如としてざわめき始める。



「——この地に降臨し、御力を示したまえ。」



次の瞬間、紗月の体から何かがごっそりと抜けていくような感覚がした。


「……っ!」



「——稲妻の剣を振るい、邪を祓い給え!」



「——雷神、ここに現れ、この身を助けたま

え!」



——ドォォォォン!!!!!——



轟音とともに、強烈な閃光が地面へと突き刺さる——。


その光が収まったとき——


「——よぉ、井雷いらいだぞい!」


そこに現れたのは——


雷模様の入った頭巾、小さな体に着物をまとい、ひしゃくを片手に持った——


———どう見てもただのおじいちゃんだった。


「……また、お主か…。」


「え、えっと……井雷さん……」


紗月は、鬼が迫ってきているというのに、妙に言いづらそうに言葉を選んだ。


「……この間、うち……その……井戸がないのに呼んでしもたやん?」


「うむ、そうじゃったな。」


「……ほやけど、今回は……ちゃんと……ほら、井戸あるんですけど……いけますか?」


恐る恐る井戸を指差す紗月。


その様子を、井雷はゆっくりと見つめ——


「——おおっ!!これはええ井戸じゃ!!」


パチンと手を叩き、満面の笑みを浮かべた。


「こんなに立派な井戸があるなら、存分に力を振るえるのぉ!!」


「ほ、ほんまですか!? なら、あの鬼達…倒せますか……?」


「うむうむ、前回は水がないからとっとと帰ったが、今度は違うぞい!」


ひしゃくを構え、気合い十分の井雷。


その場違いなほんわかしたやり取りに、莉乃と奈々は呆気に取られていた。


「……えっと、何これ……? お爺ちゃんの式神…?」


「……見てればわかる……。」


「ワン!」


井雷は、満足そうに頷きながら、ひしゃくを構えると——


「さて、これより……雷神の力、見せつけてやるとするかのぉ!!!」


轟雷の予兆が空気を満たし、地面がピリピリと震え始める。


そして、井雷の周囲に雷が集まり——


「さて、行くぞい!」


井雷は満面の笑みを浮かべ、ひしゃくをクルクルと回した。


「……え、えっと……井雷さん?」


紗月が戸惑いながら声をかけると、井雷はゆっくりと足を動かし——


「雷鳴轟きゃ、心も弾む! さぁさ、お前も舞い踊れ!」


突然、井雷がリズミカルに体を揺らし始めると、どこからともなく、太鼓や笛の音が聞こえてくる。


「……えっ?」


鬼たちが唸り声を上げる中、井雷は踊りのような奇妙なステップを踏みながら、井戸の周りを回り出した。


「踊れや舞えや、雷の宴! どんと響けよ、天地の音!!」


ひしゃくを天高く掲げながら、軽快に踊る井雷。


「……ちょっ!? なんや、どういうこと!? なんで踊り始めとるん!?」


紗月が驚愕の声を上げるが、井雷は一切気にせず、優雅に足を運ぶ。


「どぉしたどぉした! 雷神の舞を見せちゃるぞい!!」


両腕を伸ばし、笛の音に合わせ、リズミカルに腰を振る井雷。


「はぁ〜〜、ヨイヨイヨイ!!!」


——シャパッ!!


突如、井雷はくるりと回転しながら井戸の水をひしゃくですくい上げた。


「雷鳴轟きゃ、心も弾む! さぁさ、お前も舞い踊れ!——よっしゃ、かけるぞい!!!」



——ズバァァァッ!!!



勢いよく鬼の顔面に水がぶちまけられる。


「グオオオオオオオオ!!!」


次の瞬間——



——バチバチバチバチッッッ!!!!



鬼の全身に凄まじい電流が走った。


「ギャアアアアアアアア!!!」


青白い雷が鬼の身体を覆い、周囲に閃光が走る。


「おお!? 効いとるやん!!」


紗月が驚くが、井雷はニヤリと笑い、踊りのリズムを加速させる。


「ぴしゃりと雷、ざっぱりと水! ほれ、鬼ども、浄化の時ぞ!!」


ジャッ! シャッ! シャパッ!


次々とひしゃくで井戸の水をすくい——



———バシャァァァッ!!!



次の鬼にもぶっかける!


「グギャアアアアアア!!!」



———バチバチバチバチッッッ!!!!



「ひゃっほぉぉぉぉぉう!!! 雷神の水かぶりじゃぁぁぁぁ!!!!」


鬼たちは雷撃に貫かれ、次々と黒い霧となって消えていく。


その様子に、莉乃と奈々は呆然と立ち尽くしていた。


「……え、何これ……儀式? それとも、ただの……盆踊り?」


「……でも、すごい……。」


奈々がぽつりと呟く。


——バチバチバチバチバチバチバチバチィィィッッ!!!


鬼たちは次々と水を浴び、雷鳴とともに、数がみるみるうちに減っていく。


「踊れ踊れ、最後の舞や! 祓え祓え、鬼の影!!」


井雷は満足げにひしゃくを掲げ、フィニッシュの決めポーズをとる。


「どうじゃぁぁぁ!!! 井雷の踊り、炸裂!!!」


———そして、最後の鬼が雷の閃光に呑まれ、黒い霧となって消え去った。



先ほどまでの騒々しさが嘘のように、病院の裏庭には静寂が戻る。


「……す、すごい……」


莉乃が呆然とした表情で呟く。


奈々は、じっと紗月を見つめながら、両手を胸の前で組み、小さい声で呟いた。


「紗月お姉様……やっぱり……神……。」


紗月は、まだ戦いの興奮が残る鼓動を落ち着けるように深呼吸する。


「ふぅ、終わったぞい。」


井雷は雷の柄杓を肩に担ぎ、満足げに頷いた。


「いやぁ、ええ仕事したわい。鬼もお浄めされて、めでたしめでたしじゃ!」


「ほんま、おおきにな。助かったで。」


——が、すぐに辺りを見渡し、視線を駐車場の方へ向けた。


「……あっちの鬼もお願いしてええやろか?」


駐車場には、なおも徘徊する鬼たちの姿が見える。


ここを突破せねば、病院の外へは出られない。


「ん? ああ、そっちは無理じゃのう。」


「……え? なんで?」


「そりゃあ、お主、ワシがなんの神かわかっとるじゃろ?」


井雷は腰をポンポンと叩きながら、よっこらせと井戸の縁に座る。


「ワシは井戸の雷神。つまり——井戸から離れたら力が出せんのじゃ。」


「……えぇぇぇぇぇぇ!!?」


思わず素っ頓狂な声を上げる紗月。


莉乃と奈々も、驚きのあまり目を丸くした。


「ちょ、ちょっと待ってや! さっきまでめっちゃ強かったのに!? 井戸がないと戦えんの!?」


「うむ。」


「ほな、井戸の水を汲んで持ち歩いたらええんちゃうん!?」


「……。」


井雷は一瞬、考える素振りを見せたが——


「アホか!! ただの水やったら意味ないわい!! 大地から湧き出る“神聖な水”やからこそ力を持つんじゃ!!」


「……そっか……ほな、しゃーないか……。」


「おうともさ! さーて、ワシの役目は終わったし、そろそろ帰らせてもらうぞい。」


「もう帰るん?」


「ワシは井戸の雷神。ここから離れるわけにはいかんのじゃ。」


そう言いながら、井雷は柄杓をクルリと回し、腰を伸ばした。


「また呼んでくれや、巫女どの。」


「えーと、井戸があったら呼ぶかも…。」


「ほうか! ほな、さらばじゃ!」


——ビシャァァァァァンッ!!!


井雷の体が雷光に包まれる。


一瞬、辺りが強烈な光に満たされ、次の瞬間——


「……。」


気が付けば、井雷の姿は消えていた。


「……ほんまに、帰ってしもた……。」


「ワン……?」


「……で、どうするの?」


莉乃が駐車場の方を見て、苦笑いを浮かべる。


「……ま、なんとかす——」


——ズドォォォォン!!!


轟音とともに、凄まじい衝撃波が紗月たちを襲った。


「——ッ!!」


「きゃああっ!!」


「……っ!!!」


「キャン!」


地面が揺れ、爆風が空気を裂く。


紗月たちは抗う間もなく、吹き飛ばされた。


「ぐっ……!!!」


身体が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられる。視界が揺れ、耳鳴りが鳴り響く。


「……っ……」


頭がクラクラしながら、紗月はゆっくりと顔を上げた。


———視界の先。


さっきまで駐車場にいたはずの鬼たちが、次々と黒い霧になり、静かに消えていく。


「……鬼が……消えた……?」


驚きとともに安堵の息を漏らしかけた。


その時——


「……はぁ…マジ、この鬼、くっさ……てかキモすぎ……。」


唐突に響く、呆れたような声。


——その声の方へ目を向けると、一人の女性が佇んでいた。

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