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マジカル☆リリちゃん

—— 東京都千代田区・大手町 陰陽師協会本部


夕闇が迫り、大手町の高層ビル群が赤紫に染まり始める。


陰陽師協会の本部ビルもまた、ビルの窓に映る夕陽に照らされ、長く伸びた影を作っていた。



その最上階に位置する長官室——。



豪奢な装飾と古めかしい掛け軸が並ぶ中、一人の男が霧吹きを手に取り、観葉植物に水を吹きかけていた。



その口から漏れるのは——


「リリ・リリ・マジカル☆いつも元気にるんるんるん♪ ピンチもチャンスもくるくるくるりん! 負けるなリリちゃんふわふわスマイル☆リリ・リリ・マジカル☆今日も世界にキラメキを♪」


渋い低音で紡がれる、明らかに少女向けアニメの主題歌。


それが陰陽師協会 長官・安倍輝守の口から発せられているという事実に、もし部下が目撃していたならば、どれほどの衝撃を受けただろうか。


輝守は、霧吹きを軽く振りながら、観葉植物の葉を丹念にチェックする。


「よし、今日も瑞々しいな……。」


「……何かあれば行くとは言ったが……まさか本当に行くことになるとはな……はぁ……。」


輝守は、心底めんどくさそうな溜息を吐く。


「そもそも、なんで賢治がいるんだ……?しかも、稲葉真希まで呼び寄せさせて…」


彼はデスクに置かれた京都行きの新幹線のチケットを手に取り、じっと眺める。


それは部下の久我凛に頼んで手配してもらったものだった。


「手に負えないかもしれないから、とにかく来てくれ、か……。」


低く呟くと、チケットを軽く指で弾く。


「……相変わらず、せっかちな奴だ……。」



—— そして、彼はハッと思い出す。


「……まさか……アイツ……。」


驚愕の表情でデスクに手をつき、カレンダーを確認する。


そして、目を見開いた。


「明日の朝は マジカルリリちゃんの特番『ピカピカどっかん! リリちゃんの雷パニック!? 編』じゃないか……!!」




一瞬の沈黙。


次の瞬間、輝守の拳がデスクに打ち付けられる。


—— ゴンッ!!



「アイツ、知っていてやったのか!?」


「リアタイで見れんじゃないか……ッ!!」



衝撃で書類がバサバサと床に落ちるが、輝守はお構いなしにデスクの引き出しを開けた。



そこには——


びっしりと並んだ「マジカルリリちゃん」のフィギュア。


どれも手入れが行き届き、ホコリひとつない。


綺麗に整列した彼女たちを見て、輝守はそっと微笑んだ。


「……こんなときには…これに限る……。」


彼は静かにフィギュアを取り出し、テーブルの上に並べ始める。


きちんと高さを揃え、一体ずつ角度を調整し、ベストポジションに配置する。


この作業が、彼にとっての儀式だった。


並び終えたフィギュアを満足そうに眺めると、

彼は時計に目を向ける—— 19時を過ぎていた。


「……今日の仕事は、ここまでだな。」


彼はゆっくりと立ち上がり、部屋の奥にあるキャビネットを開く。


中から取り出したのは、琥珀色の液体が揺れる一本のボトル。


——「ザ・マッカラン25年」


手馴れた動作でグラスに注ぎ、静かに揺らす。


そして、グラスを傾けながら、フィギュアたちを眺める。


「フフ……今日も可愛いな、リリちゃん……。」



———「……しょうがない……前回の特番『聞いてよ♡どかーん! うるうる涙の大絶叫☆ 編』でも見直すか……。」


安倍輝守はそう呟きながら、ゆっくりとリモコンを手に取った。


長官室の壁に設置された大型テレビの電源を入れた瞬間———。



「俺の魂の叫びを聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


「この世はクソだぁぁぁぁ!!!」


「お前ら全員、皆殺しじゃぁぁぁ!!!!!!!」



テレビ画面いっぱいに暴徒の絶叫と狂気の形相が映し出された。




———「ブフォッ!!!!!」———


「ゲホッ、ゲホッ!! な、何ぃッ!??」


思い切り吹き出したウイスキーは、目の前のリリちゃんのフィギュアを直撃。


「……っ!! なっ……リリちゃんがッ!!」


慌ててフィギュアを手に取り、袖で拭こうとするが、ウイスキーはすでにフィギュアの隙間に入り込んでいる。


「リリちゃんが酒臭くなったじゃないか……!!」


輝守はショックを受けながら、テレビ画面に視線を戻す。


画面には、京都の街中で暴れ回る暴徒たちの映像が流れ続けていた。

 

「——現在、京都市内では広範囲にわたり異常な暴動が発生しています。警察や消防が対応にあたっていますが、事態の収拾には時間がかかる模様です……。」


画面の中、ニュースキャスターが緊張した面持ちで語っている。


画面の端には 「松江霊障事件との関連性は?」 という赤字の速報テロップが点滅していた。


「……松江霊障事件……。」


今の京都には霧島賢治も稲葉真希もいるはず。


そして…… 「まさか」 という最悪の可能性が頭をよぎる。


「……千紘か?千紘なのか…また、何かやらかしたのか…?」


その時——。


「——長官、久我凛です。」


「——ッ!?」


輝守は 異常なまでの速度でフィギュアを片付ける。

 

まるで呪符を捌く時のような手さばきで、マジカルリリちゃんのフィギュアを引き出しに収納し——

 

素早く襟を正し、背筋を伸ばし、いつもの威厳ある長官の姿勢へと戻る。


「——入れ。」


扉が開くと、久我凛が現れた。


彼女は安堵の表情を浮かべ、静かに息をついた。


「長官……もうお帰りかと思いました。よかったです。」


「いや、少し仕事が残っていてな。明日から京都だ、今日中に片付けていた。」


(あ、危なかった……!)


「そうでしたか……すみません。その京都の件ですが、ご存知ですか…?」


「ああ、今テレビで確認した。」


「政府からも現地で長官が指揮を取るようにと、要請がありました。」


「大阪支部のメンバーも全員向かっています。」


「……そうか。」


「……今からよろしいでしょうか。政府がオスプレイを用意してくれるそうです。」


「入間基地から京都市内へ直接入れます。」


「……そ、そうか。」


(…オスプレイってことは……明日の朝、特番どころか…今からのも見れんな…!!)


輝守は一瞬、天井を仰ぎ、 静かに悟りの境地に入った。


(……さらば、リリちゃん……俺はこの身を捧げよう……。)



———入間基地の滑走路に、政府特別便と記されたオスプレイが待機していた。


機体の側には自衛隊員が整列し、無線交信が行われている。


—— そして、そのオスプレイに向かって、猛スピードで走る黒塗りの公用車。


サイレンを鳴らしながら滑走路に進入し、そのまま横付けした。



「——長官、お気をつけて。」


「京都帝院学院のグラウンドに着陸予定です。大阪支部のメンバーも、すでにそこに向かっています。」


「わかった…そっちは頼むぞ…。」


凛が頷くと同時に機体が低く唸りを上げながら、ゆっくりと地面を離れる。


徐々に高度を上げ、関東の夜景が遠ざかっていく。



———飛行は順調だった。


搭乗員たちは必要最低限の交信を行いながら、淡々と機体を操縦している。


輝守はシートに深く座り、目を閉じる。


束の間の休息——のつもりだったが——。


「……ん?」


輝守は目を開け、窓の外に目を向ける。


「……これは……?」


遠く、京都市上空。


そこに——



——雷が降り注いでいた。


———ドガァァァァァァン!!!!


万の雷が、京都の街に降り注ぐ。


空は光に裂かれ、大気は衝撃で震え続ける。


「……ッ!!?」


輝守は思わず身を乗り出した。


天を貫くかのような無数の雷光。


まるで 天が怒りの槍を無限に突き立てているかのような光景。


オスプレイの操縦士も、驚愕した声を上げる。


「……京都上空に異常気象を確認……!! これは……京都の街だけを雷雲が覆ってます……!!」


「…何が起こっている……!?」


雷鳴が連続し、京都の街全体が閃光の中に浮かび上がる。


「長官、これは……!! かなり危険です! 予定通りの着陸は……!!」


「……わかってる。このままじゃ帝院学院への着陸は無理だな……。」


「長官、着陸地点を変更しますか!?」


「少し待て……まだ降下はするな。もう少し京都に近づけるか試してくれ。」


「了解!」


操縦士は機体の高度を保ちつつ、慎重に京都の雷雲へと接近する。


京都の上空だけを埋め尽くす雷雲。

 

止むことのない落雷。



——ピカピカ!!ドッーカン!——



———輝守は突然、思い出した。



「……明日の特番録画するの忘れた……。」


雷に照らされた京都を見ながら、彼は静かに呟いた。


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