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雷鳴

賢治は鵺が消えた跡を見つめ、眉をひそめた。


「……ありゃ、いったいなんなんだ……?」


呟きながら、紅子の背中を見る。


(異能だけでもおかしいのに、黒炎だとぉ……?)


ただの火術ではない。今の炎は、明らかに“普通”ではなかった。


紅子が黒炎を放つ瞬間——賢治の異能の眼は、その本質を捉えていた。


あの黒炎は、ただ何かを焼き尽くすものではない。


(浄化……いや、あれは…呪いを喰らっている——結果として浄化されたように見えているだけだ。)


「あれで二級陰陽師なんて言ったら詐欺だぞ……!」


一級どころの話ではない。


いや、特級陰陽師と言ってもおかしくない——。


「……何があったんだ、紅子……?」



紅子はゆっくりと周囲を見渡した。


「さて……残すは夜叉王と式神一体だけ…もう諦めなさい。」


だが——夜叉王は口元を歪め、愉快そうに笑った。


「フッフ……おめでたい奴らだ……。」


「……何がおかしいのよ?」


「般若、もういい。戻れ。」


その一言とともに、般若の体が僅かに震えた。


「……承知。」


低く呟くと、般若の体は薄い霧のように揺らぎ、次の瞬間、霊符へと戻る。


——ひらり。


般若の霊符は風に舞いながら空へと舞い上がり、闇の彼方へと消えていった。


「……どういうつもり?」


夜叉王は不敵に笑いながら、静かに告げた。


「——怨集祭えんしゅうさいはなった。京の滅ぶ様をしかと目に焼き付けよ! さらばだ……。」


そのまま夜叉王の体が霊符へと戻り、風に乗って空へと飛んでいく。


「……アイツも、式神だったのね……。」


「俺様は最初から気づいてたぜ!」


ポン太が得意げに胸を張るが、紅子は一切相手にせず、そのまま真希へと視線を向ける。


「真希、アイツが言ってた『怨集祭えんしゅうさい』って……知ってる?」


だが、真希は何も言わない。ただ沈黙し、考え込んでいる。




すると——ズズン……。


足元の地面が微かに揺れた。


同時に、崩れ落ちた祭壇が煙のように霧散し、周囲の風景がぼやけていく。


揺れるススキの草原も、その霞の中へと吸い込まれるように完全に消え去った。


気づけば——そこは、本来の鞍馬寺-六芒星を模した『金剛床』が広がる金堂前だった。


「そんなことより真希、早く市内に行って、暴徒どもを抑えるぞ!」


全員が鞍馬山から京都市内の方角へ視線を向ける。


そして——


そこに広がる異変を、目の当たりにした。


「……っ!!?」



——黒紫の渦が空を支配していた。


上空の渦は、黒い稲妻を伴いながら禍々しい影を映し出していた。


悠希は震えながら、言葉を絞り出した。


「……あ、あれ……なんですか……?」


誰もが呆気に取られたまま、それを見つめる者全員が、言葉を失う。


そして——


真希が、震える声でポツリと呟いた。


「……夜叉王が最後に言っていた言葉、思い出しました……。」


震える唇から、かすれた声が零れる。


怨集祭えんしゅうさい………たしか、人の負の念を集めて誰かを呪う儀式……。」


だが——彼女が聞いたことがあるのは、負の感情を集めて、せいぜい誰かを呪うという話だった。


もし、京都中の念を集めてるとしたら……そんな規模ではない。


暴徒たち——数え切れないほどの負の感情が集まった今、一体何が生まれようとしているのか……。


「……わからない。」


真希は呆然と黒い渦を見上げたまま。


「…こんなの、聞いたことも見たこともない……!!」


その光景を、賢治の眼で捉えた。


そして——青ざめる。


「……呪いなんかじゃねえ……」


喉の奥がひりつくような感覚を覚えながら、かすれた声で呟いた。


「鬼だ……! 鬼が生まれてるんだ……!!」


真希の顔がみるみる青ざめ、全身が震えた。


「そ、そんな……鬼って…?…何が起こってるの…。」


「やばい! 早く行くぞ!」


賢治が強く叫び、身を翻す。


「松江の事件どころじゃねぇ! 鬼なんか出たらなんも抵抗できない一般人が大量に死ぬぞ!!」


その言葉と同時に、彼は意識を失った少女を背負い、一気に駆け出した。


悠希も、もう一人の少女を背負ってそれに続く。


紅子、真希、ポン太も後を追い、階段を駆け降りていく。


しかし——


どれだけ走っても、どれだけ降りても——


彼らが辿り着いたのは、変わらぬ場所だった。


六芒星を模した『金剛床』の広がる金堂前。


「……まさか……」


真希が息を切らしながら呟く。


「……何度降りても……同じ場所……?」


目の前に広がるのは、六芒星を模した『金剛床』。


確かに、階段を駆け降りたはずだった。


しかし、どれだけ降りても、結局たどり着くのはここだった。


賢治は唇を噛みしめた後、真希を振り返る。


「真希、なんとかできねぇか?」


その言葉に、真希は頷いた。すぐに霊符を取り出し、素早く指先を動かしながら空中に五芒星を描く。


霊力が集中し、霊符が淡く輝く。


「……破!」


真希の声が響き渡ると、霊符から解放された光が空間を満たすように広がった。


——しかし、何も変わらない。


「……ッ!…だめです…!」


真希は額に汗を滲ませながら、霊符を見つめる。


「この術式は普通の結界じゃない……誰かが強力な呪いを混ぜている……!」


「クソッ!? どうすりゃいいんだ? このままじゃ、京都が壊滅するぞ!」


その言葉に、紅子は静かに目を閉じた。深く息を吸い、ゆっくりと吐く。


「……私がこの術式を破る。」


「おいおい、無理すんじゃねぇよ!」


ポン太が焦ったように叫ぶ。


「お前、そんな器用なことできねーだろ! バカかよ、ちょっとは頭使え!」


「はぁ?バカとは何よ!あんたあとで覚えてなさい!」


「ちょっ……なんで俺が怒られるんだよ!?」



「……なんとなくだけど……さっき使った黒炎……あの炎なら、この呪いをなんとかできるかもしれない。」


その言葉に、賢治がわずかに目を見開く。


「……頼む…やってみてくれ。」


真希も静かに頷き、ポン太は紅子の顔を不安そうに見つめる。


紅子はゆっくりと手を上げ、掌を広げた。



「……行くわよ……。」



次の瞬間——



「ボッ……!」



小さな黒炎が、彼女の掌の上に灯る。


しかし、揺らめく炎はか細く、不安定だった。


「くっ……!」


(もっと……もっと燃えて……!!)


さらに霊力を注ぎ込もうとしたその瞬間——


——フッ……。


まるで風に吹かれるように、炎は儚く掻き消えた。


「……っ!」


全身から力が抜け、紅子の膝が崩れる。


「ハァ……ハァ……!」


肩で息をしながら、震える指先を見つめる。


「……ダメ……っ、これ以上は……!」


無理にでももう一度、と手を上げかけるが、身体が思うように動かない。


「紅子さん!!」


「……大丈夫よ……。」


そう言ったものの、立ち上がろうとした瞬間、再び膝が折れる。


「おいおい、ちっとも大丈夫じゃねぇじゃねぇか!」


「ハァ……ハァ……ごめんなさい……今の私には……さっきの一回で限界だったみたい……。」


ポン太が腕を組み、ふっと鼻を鳴らす。


「でも、アイツの黒炎は火柱みたいに燃え盛ってたけどなぁ……まあ、まだまだってことだな、紅子!」


その言葉に、紅子の唇がピクリと動いた。


「……その通りだけど……アンタに言われると無性に腹が立つわ……。あとでこき使ってあげるから、覚悟しなさい……。」



———そんな時


「……っ!?」


賢治の異能の眼が何かを捉えた。


「……は? ……神気だと……? まさか……また紗月ちゃんが……?」


「えっ、これは……?」


真希もその場で立ち尽くした。


「……前に感じたのと同じ神気……?」


悠希とポン太は何も感じられず、ただキョトンとした顔をしていた。


「はぁ? 何の話してんだ?」


「え、ええと……?」





——次の瞬間、世界が閃光に包まれた——




—————轟ッ!!!!!!!



「うわああああッ!!?」


ポン太が飛び上がり、慌ててへそを隠す。


「ひえ〜〜ッ!? 雷だ! ヘソを取られちまうよ〜!!」



——ゴロゴロゴロゴロ……ッ!!



——ドガァァァァァン!!



雷鳴が轟き、無数の閃光が夜空を裂いた。



稲妻の光が雲間を這い、地を焦がすように次々と落ちる。



——夜空が、昼間のように白く染まる。



だが、その光はすぐには消えなかった。



「バリバリバリバリバリィィィン!!!」



一閃、また一閃。



雷の槍が連鎖的に放たれ、地を穿つ。



一撃ではない。二撃でもない。



万の雷槍が、止めどなく降り注いでいた。



「ドガァァァァァン!!!」



雷撃が大気を切り裂き、轟音が大地を揺るがす。



幾千の雷鳴が重なり合い、大地が痙攣するかのように震える。



———それは、まるで神が憤怒の矛を大地に突き立てたかのようだった——。






雷鳴と閃光が続く中、賢治たちはただ呆然と立ち尽くしていた。


「……な、なんだ、これ……?」


悠希の震えた声が、かき消されるように雷鳴の中に消える。


京都のどこかで、何かが起こっている——


だが、それが何なのかは、誰にもわからなかった。

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