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星が導く戦地

太陽が高く上った真夏の昼下がり、屋敷の前では、紅子と賢治を橘家一同が見送っていた。


賢治はレザージャケットの袖を捲りながら、大きく肩を回す。


「そんじゃ、行ってくる。鬼を倒して彩花ちゃんは連れて帰ってくる。なぁに、特級陰陽師が三人だ。心配無用ですよ。」


宗近が静かに頷きながら、火打石を手に取り、軽く石を打ち鳴らした。


「無事を祈ります。この炎が清めとなりますように。」


「紗月ちゃん、彩花ちゃんは必ず助けるわ。待っていてちょうだい。」


紗月はぎゅっとキリを抱きしめながら、力強く頷く。


「はい……お願いします。」


賢治がハーレーに跨り、エンジンを吹かすと、静かだった屋敷の前に低く響く音が広がった。


紅子はヘルメットをかぶりながら、後ろへ乗り込む。


「じゃあ、行くぜ!」


賢治が片手を軽く上げ、ハーレーが道へと滑り出す。二人の姿はすぐに遠ざかっていった。



屋敷の玄関先で見送った後、莉乃が紗月に声をかけた。


「紗月お姉ちゃん、これからどうするの?」


紗月は腕の中でキリを抱きしめながら、少し考えたあと答える。


「うち、お母さんの様子見に病院行こう思っとたんや。もう彩花様のことは、紅子さんたちに任せるしかあらへんし。」


「私も行こうかな……もう、ずっと美紗子おばさんのお見舞い行ってないし。」


「そうやな……莉乃が小学生ぐらいの時は、うちとよく行ったなぁ。」


奈々が静かに紗月の袖を引っ張りながら、ぬいぐるみを抱きしめたまま問いかける。


「奈々も行っていい?」


紗月は驚いたように目を見開いたが、すぐににっこり笑った。


「奈々ちゃんは、うちのお母さんに会ったことないな。みんなで行こうや!お母さんもきっと喜んでくれる思う。」


「病院って『東寺』の近くだったよね?」


「そうや。前に莉乃が行ったとこと同じや。場所も変わっとらん。」


莉乃は小さく頷き、奈々もぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて頷いた。


「ほな、準備して出発しよか。」


足元のキリが尻尾を振りながら、短く嬉しそうに吠えた。


「ワン!」


「キリはお留守番やで。病院にワンコは連れていけへんし……。」


「くーん……。」


「無理なもんは無理や。ええ子にしときや。」


紗月がそう言いながらキリの頭を優しく撫でると、キリはしぶしぶ伏せの姿勢をとり、大人しく待つ素振りを見せた。





15時を少し過ぎた頃、紅子は京都駅の改札前で腕時計を確認しながら立っていた。


行き交う人々の中に目を凝らし、少し緊張した面持ちで辺りを見回している。


(そろそろ着く頃ね……。)


すると、人混みの中から、青いシャツにスラックス姿の和風美人が姿を現した。


肩にショルダーバッグを掛け、スーツケースを軽やかに転がしながら歩いてくる。


「紅子さん、お久しぶりです。お元気でしたか?」


その女性――稲葉真希が軽く頭を下げながら紅子に声をかける。


「ええ、おかげさまでね。」


「真希は出雲大社で巫女頭なんて忙しいでしょう?悪かったわね、こんな急な要請に応じてもらって。」


「いえ、大丈夫です。長官から大体の話は聞いています。神域結界を張る鬼がいるとか……。」


「夜叉王、元は陰陽師みたい……蓮華院家でそう聞いたのよ。」


「元陰陽師ですか……厄介ですね。」


真希は少し考え込むように視線を落とした。


「そうなの。詳しいことはホテルで話すわ。とりあえず立ち話もなんだから、行きましょう。私たちが泊まってるホテルよ。」


「賢治さんも一緒ですか?」


「いいえ、賢治は別のホテルに泊まってるの。今、千紘と悠希って三級の陰陽師がいるわ。」


「千紘さん……ですか……大丈夫なんですか?」


「最初はヤバイと思ったんだけどね……うーん、なんか知らないけど、随分大人しいのよ。言うことも聞くし、どうしてかしらね?」


「陰陽師としての自覚が出来たんでしょうか……?」


「さあ、どうかしら……まあ、ホテルで会えるわ、行きましょう。」


「はい。」


ホテルに到着すると、真希がカウンターでチェックインの手続きを始め、紅子はその様子をロビーのソファに座りながら見守っていた。


その時、エレベーターのドアが開き、悠希がロビーに降りてきた。少し緊張した様子で辺りを見回し、すぐに紅子を見つけて近寄ってきた。


「あ、紅子さん、お疲れ様です!」


少し早口になりながら、ぺこりと頭を下げる悠希。


「特級陰陽師の稲葉真希さんって……もう来てますか?」


期待に満ちた瞳で紅子を見つめる悠希に、紅子はちらりとチェックイン中の真希を指差した。


「あそこにいるわよ。」


悠希は指差された先を見て、一瞬息を飲んだ。


「うわ~!本物の稲葉真希だ~!」


カウンターでホテルのスタッフと話している真希の姿を見つけ、目を輝かせる。


「ねえ、紅子さん……写真、一緒に撮ってもらえますかね!?」


「なんで私に言うのよ……本人にお願いしなさいよ。」


「えっ……そんなの言えるわけないですよ!失礼じゃないですか!?」


「はぁ……あんたねぇ、じゃあ私なら失礼じゃないってこと?」


「い、いや、そういう意味じゃなくて……!」


「……ったく、ちょっと落ち着きなさいよ。」


そのやり取りに気づいた真希が振り返り、紅子と悠希に視線を向けた。


「どうしました?」


その一言で悠希はさらに慌てふためき、ぺこりと深々と頭を下げた。


「は、はじめまして!僕、悠希と言います!稲葉さんの大ファンです!」


「ありがとうございます、悠希さん。お会いできて嬉しいです。」


その笑顔に悠希は完全に舞い上がり、紅子はその様子を半ば呆れながら見守っていた。


「……あんた本当に、大丈夫かしら。」


「ハハ…すいません…テンション上がっちゃいました…」


紅子はロビーのソファに腰掛けながら、スマホを手に取り、ふと呟いた。


「…そういえば、千紘は?」


「えっ、千紘さんですか……朝から一度も見てませんね。朝食の時も見かけなかったですけど……いつも、あんなにたくさん食べるのに。」


「悠希、ちょっと千紘の部屋を見てきてちょうだい。」


「はい!」


その間、紅子はスマホを取り出し、千紘に連絡を試みた。


「ったく、こんなタイミングで……!」


通話音が何度か鳴るが、やがて機械的な音声が流れる。


「……出ないわ。これからが本番だっていうのに、一体どこに行ったのよ!」


紅子が苛立ちを隠せないでいると、数分後、悠希が慌てた様子でロビーに降りてきた。顔は青ざめ、息を切らしている。


「紅子さん、いないです!千紘さん、部屋にいません!」


「何よ、それ……荷物は?」


「それが……荷物も全部なくなってました。しかも、もう清掃が入ってて……部屋は空っぽです!」


「ちょっと……何やってんのよ、あいつ……」


「しょうがないです。探している時間はありません。今は私達だけで行動するしかないです。」


紅子は時間を確認しながら、深く息を吐いた。


「そうね……18時に鞍馬寺の入り口で賢治と待ち合わせしてるから……あんまり遅れると、あの男、うるさいのよね。」


悠希は心配そうに辺りを見渡しながら、口を開いた。


「千紘さん、どこ行っちゃったんですかね……?」


「まぁ、戦闘になれば、喜んで飛び出してくるでしょうよ。あの性格だもの。」


「…部屋に荷物置いて用意して来ます。今は私達のやるべきことに集中しましょう。」





千紘は五重塔を見上げ、ふわっと髪をかき上げながらニヤリと笑った。


「あー、もうさ、マジでストレスで死ぬかと思ったし!紅子さんたちの言うこと聞いてさぁ、大人しくしてたんだよ?えらくね?」


その声には、退屈から解放された安堵と興奮が入り混じっていた。


「でも、星が言ってたんだよね。京都の動乱の中心はここ――『東寺』だってさ。」


「やっぱ、ここが一番ヤバいとこだし。鞍馬寺なんて目じゃないわけ。」


「彩花ちゃんを助ける?誰それ、そんなの千紘に関係ないし。」


「黄泉比良坂?そんなのないっしょ。」


千紘は紅子達に黙って東寺へ足を運んでいた。


「でも、まぁさ、紅子さんたちは結界とかお好きにどうぞって感じ?だって、星が見せてくれたのはここなんだし!」


従順に振る舞っていたのは、あくまで長官の機嫌を損ねず、余計な叱責を避けるために過ぎない。


本性を抑えて付き従うのは、彼女にとって相当なストレスだった。


「ヤバ……この感じ、マジ鳥肌なんだけど?戦場の匂い、ってやつ?」


千紘の興奮が高まり、心拍数が上がるのが自分でもわかる。


「さっさと始まんないかなー……」


言葉とは裏腹に、塔の上に漂う禍々しい気配が明らかに濃くなっていくのを感じた。


「うん、これだよ。ここでしょ、絶対ここ。」


彼女は星読みで見た「京都の動乱」を頭に思い浮かべる。


その映像は恐ろしく鮮明で、この五重塔から巨大な黒い塊が降り注ぎ、京都中を恐怖と混乱が支配していく様子だった。


「あー、もう、待ちきれない。」

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