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悲しみの共感

紗月、奈々、莉乃の3人はテーブルを囲み、朝食を楽しみながら和やかに話していた。


「なぁ、奈々ちゃん。ワンコの名前、何がええと思う?」


紗月が箸を止めて、隣でぬいぐるみを抱えている奈々に問いかけた。


奈々は少し考え込むようにしていたが、やがてぽつりと答えた。


「……ポチ。」


「いやいや、ポチはありきたりすぎるやろ!」


「……タマ。」


「それ、猫やん! ワンコやで、ワンコ!」


莉乃がクスクス笑いながら口を挟む。


「紗月お姉ちゃん……キリはどう?」


「キリ?」


「元が麒麟きりんの剣だったから、キリ……ってどう?」


「それ、ええやん!奈々ちゃん、どう思う?」


紗月が奈々に振ると、奈々は少しの間考えた後、こくりと頷いた。


「ワン!」


その瞬間、足元でじっと話を聞いていたワンコが、元気よく吠える。


「ほら、ワンコも気に入ったみたいやん!」


紗月が嬉しそうに笑いながらワンコの頭を撫でると、奈々も小さく微笑み、莉乃も満足そうに頷いた。


「じゃあ決まりやな!キリ!かっこええ名前やわ!」


「ワン!」


和やかな雰囲気が広がる中、テーブルの上に影が差し込んだ。


「……兄さん!」


莉乃が声を上げると、橘南達也と橘西直人が並んで立っていた。


「莉乃、朝食中だったか。」


達也が軽く微笑みながら歩み寄り、テーブルの前で一礼した。


「紗月、妹を連れて帰ってくれて、ありがとう。」


「あ、あの……そんな、うちなんか、大した事してません…」


「いや、紗月がいなかったら、連れて帰れなかったと賢治さんから聞いた。本当にありがとう。」


達也が深く頭を下げる姿に、紗月は少し居心地悪そうに微笑んだ。



一方で直人は、少し視線を落として考えるようにした後、ふと紗月に目を向けた。


「……紗月、その犬が、もしかして……雅彦の剣か?」


「は、はい……すいません。なんか……うちが触ったら、勝手にワンコになってしもうて……。」


紗月が慌てて頭を下げると、直人は手のひらを軽く振りながら苦笑した。


「いや、責めてるわけじゃない。ただ……納得したっていうか……やっぱりそうなったかって思っただけだ。」


「納得……?それって……?」


「……雅彦から聞いたことがあるんだ…。」


「………。」


「雅彦は死んだ爺さんから、『本家に生まれたのが、紗月じゃなくて、なんでおまえなんだ』って言われたことがあるらしい……。」


「えっ……?」


紗月は思わず息を呑む。


「雅彦は…そのことをずっと引きずっていてね。」


直人はワンコをじっと見つめながら、少し寂しげに笑った。


「……でも…おそらく、こういう意味だったんだと思う。」


「そ、そんな…なんで…」


紗月は目の前のワンコ――いや、麒麟の剣を見下ろした。


「剣が犬になったのも、きっとお前に合わせて形を変えただけなんだろう。ある意味、雅彦よりも、ふさわしい主を見つけたってことかもしれないな。」


「……でも、雅彦さんの剣やのに……。うち……」


「安心しろ。さっき雅彦に会ったが、お前が剣を持つことを悪く思ってはいない。それどころか、長年抱えていた棘が抜けたような、穏やかな表情をしていたよ。」


「……そうなんや……」


紗月はワンコの頭を撫でながら、どこか複雑な表情を浮かべた。


「ワン!」


キリはそんな紗月を安心させるように、優しく吠えた。


奈々はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、小さな声でぽつりと呟いた。


「……みんな、仲良し。」


その言葉に、紗月の胸に一瞬、彩花の顔が浮かぶ。


「ほんまや、奈々ちゃんの言う通りや。仲良くせんとあかんな。」


紗月が優しく微笑みながら言うと、莉乃も静かに頷いた。


「うん……そうだね。」


達也はそのやりとりを眺めながら、穏やかな声で漏らした。


「確かにな……。」


直人もそれに続くように、短く「そうだな」と返し、場に柔らかな空気が広がった。





「大宮さん!山城さん!」


彩花は必死に呼びかけるが、二人は石畳の上に横たわり、まるでこの世にいないような無反応さだった。


(……ダメ……まったく起きる気配がない……。)


彩花が頭を抱えたその瞬間、急に二人の顔に苦悩の色が浮かんだ。


「……お母さん……なんで、お父さん帰ってこないの……」


「…シロ…なんで、死んじゃったの…」


「……幻術……?」


彼女たちの顔には、苦しげな表情が浮かび上がっていた。


「大宮さん、山城さん!しっかりして!」


彩花は何度も声をかけるが、その声は届かない。


(……トラウマ……?まさか……。)



「——無駄よ。彼女たちは幻術にかかってるから……。」


振り返ると、そこには葛葉が立っていた。

尻尾がゆらりと揺れ、瞳には笑みが浮かんでいる。


「あなたがいくら呼びかけても、起きないわ。」


「…幻術で眠らせて、二人をどうするつもり!?」


「安心しなさい。別に命を奪うわけじゃないわ。ただ、記憶の中で眠らせているだけよ。」


「で、でも…苦しんでるじゃない…」


「心に深く刻まれた記憶の中に囚われているのよ。それが幸せなものか、苦しいものかは、その人次第だけどね。」


「なんで…幻術なんか…必要ないでしょ!」


「これから、この儀式で多くの人々が命を落とすことになるのよ……。」


その言葉に、彩花は思わず息を呑んだ。


「何も知らないほうが幸せなこともあるわ。だから、これは私なりの慈悲……特別な恩情と思ってちょうだい。」


「やめて…!…妖狐のくせに、人の気持ちをわかってる風な事を言わないで……!」


「……人の気持ちなら……誰よりも痛いほど分かるわ。」


その言葉に重い沈黙が場を包む。



———その沈黙を破るように、闇の奥から低く響く足音が近づいてきた。


「葛葉、場所を変える。」


暗闇の中から夜叉王が、姿を現した。


「承知しました。それで……ここはどういたしましょう?」


「式神にやらせる。」


夜叉王は右手を軽く振り上げ、袖の内側から一枚の霊符を引き出し宙へ投げ放った。


「天つ風、地つ霊、万象の理に従いて、我が命に応えよ。」


霊符は空中でひらひらと舞いながら、紫色の光を帯び始める。


「――分身の式神、ここに顕現せよ!」


霊符が眩い光を放つと、光の影から本体と瓜二つの姿をした、もう一人の夜叉王が姿を現した。


「お前は黄昏の刻になったら、ここで神降ろしを行え。」


「承知した。」


「行くぞ、葛葉。」


夜叉王が後ろに控える妖狐へ声をかけると、葛葉は静かに頷いた。


「待って!神降ろしですって?!何を言ってるかわかっているの?」


「…ふふ、もちろん知っているさ。」


「神降ろしなんか…!?そんなことしたら京都が大変なことになるわ!!」


「だから、どうした…?」


夜叉王が振り返り、冷ややかな目で彩花を見下ろした。


「言いたいことはそれだけか?行くぞ、葛葉。」


「はい。」


「この命に変えても、絶対にさせない!!私だって陰陽師よ!」


夜叉王が足を止め、彩花をじっと見つめる。


「ふむ…娘も宗助の子孫か。ならば…特等席で見せてやろう。」


「特等席…?」


「——葛葉。」


「はい。大人しくさせて、連れて行きます。」



———彩花は両手を後ろで縛られ、口には簡易的な封印術を施されていた。


言葉を紡ぐことも、術を使うことも許されず、葛葉に導かれながら結界内を歩いていく。


(大宮さん、山城さん……ごめんなさい……。)


胸の奥に広がる後ろめたさと恐怖を抱えたまま、結界を抜けると、不思議なことに彼女たちは鞍馬山の山頂に出ていた。


そこには見たこともない異様な祭壇が設置され、周囲には禍々しい気配が漂っている。


彩花はその不気味な祭壇を見上げ、不安げに目を細めた。


(……さっきの祭壇とは違う……これ、いったい何を企んでいるの……?)


「ふふ、何を始めるか聞きたそうな顔だな。」


突然背後から夜叉王の声が響き、彩花は息を呑んだ。振り返ると、彼の瞳はじっと彩花を見据えている。


「……神降ろしだけではつまらんだろう。人の怒り、恨み、悲しみ、負の感情をすべて集め……この京の都を滅ぼす。」


夜叉王の言葉には、憎悪が込められていた。

しかし、その瞳の奥には、かすかな悲しみも垣間見える。


(負の感情を集めて……それで京都を滅ぼす……?)


彩花の胸に新たな恐怖が生まれる中、夜叉王は彩花に問いかけた。


「なぜ京の都を滅ぼそうとしているのか、その理由が知りたいか?」


彩花は葛葉に封じられた口を動かせないまま、小さく頷いた。




———夜叉王は視線を京都へ向け、静かに語り始めた。


「……かつて、この京の都で、俺はすべてを失った。守るべき者を……愛する者を……誰一人、守れなかった。」


その声には、かすかな震えが混じっていた。



彩花は彼の横顔に目を奪われる。



「京を滅ぼすのは復讐だ。だが……その奥にあるのは俺自身への呪いだよ。守れなかった己への、永遠の罰だ。」



彩花はその言葉に胸を締め付けられるような感覚を覚えた。



(……かわいそう………こんなにも悲しい瞳をしている……。)


だが、同時に彩花は自分の気持ちに困惑していた。


(えっ、かわいそうって……?京都を滅ぼすって言ってる鬼なのよ……どうして……こんな化け物に同情してしまうの……?)


自分の中に芽生えた理解不能な感情に彩花は戸惑うのだった。

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