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橘東奈々

紗月が部屋を後にしても、賢治の困惑した声が低く響いていた。


「神を呼んだだと……まるで、家に友達を呼ぶみたいに……。」


「ねぇ、賢治……もし、紗月ちゃんの言ったことが本当だったら……紗月ちゃん、どうなると思う?」


賢治は腕を組み、落ち着かせるように息を吐いた。


「あー、そりゃ間違いなく、協会の監視下に置かれるだろうな。」


「そう……。」


「考えてみろよ。何も知らない子供が爆弾のスイッチを持って街中をウロウロしてるようなもんだぞ!そんな危なっかしい状態、放置するわけにはいかねぇだろ!」


「……そうよね。」


「なんだよ、紅子。随分、罪悪感を感じた顔してるな?」


「いや……最初に私が誘わなかったら…と思っただけよ……。」


「もしも、本当に出来るなら、いずれ分かる事だろ?むしろ、惨事になる前に分かって良かったかもしれねぇな。」


「監視用の式神が付くくらいならいいけど…」


「どんな監視になるかは長官次第だが、今とまったく同じ生活は無理だろうな…。」


紅子は重く頷き、しばし沈黙が続いた。




——やがて、賢治が首をかしげながら口を開いた。


「なぁ、紅子……ずっと気になってたんだが、紗月ちゃんの隣に座ってた女の子、あれは誰だ?」


「えっ!?女の子……?」


「そうだ。ずっと静かにして話を聞いてた。そういえば、クマのぬいぐるみを大事そうに抱えてたな……。」


紅子は一瞬、目を見開いた後、はっとして小さく笑った。


「……賢治には見えるのね。その子は、この家の子よ。名前は奈々ちゃん。そうね……奈々ちゃんにとって、賢治は天敵かもしれないわね……。」


「天敵……って、どういう意味だよ?」


「奈々ちゃんは気配を消す異能持ちなの。でも、賢治の目には通じなかったみたいね。」


「……気配を消す異能か。それが俺に通じないってことは……なるほど、だから天敵ってわけか…。」



「……そういえば、真希はいつ来るのかしら?」


賢治はポケットからスマートフォンを取り出し、画面をちらりと確認する。


「ああ、何時だったかな……確か、今日の新幹線で15時ぐらいに京都に着くって言ってたな。ホテルに荷物置いたら、そのまま鞍馬寺でリベンジマッチといくぜ。」


「そう。じゃあ、準備しておくわ。」


紅子が軽く頷くと、賢治は真剣な表情を浮かべて続けた。


「今回は協会員だけで行く。橘家の人間は遠慮してもらう。それと、明日の朝には長官も京都に来る。」


その言葉に、紅子の目が大きく見開かれた。


「えっ……安倍長官が……?」


「ああ、そうだ。長官直々だ。だからこそ、今日中には片をつけたいってわけさ。」


賢治は紅子を見ながら、不敵な笑みを浮かべる。


「久しぶりに本気で行くぜ。」


紅子はその笑みに一瞬圧倒されながらも、ゆっくりと頷いた。





廊下に出た紗月は足を止め、振り返りざまに清雅に文句をぶつけた。


「うちが怒られたやん……清雅のせいや!!」


「いやいや、別に怒られてはないでしょ?そういう変な言いがかりはやめようよ。」


「でも、清雅のせいで賢治さん、めっちゃ機嫌悪くなったやん!」


「なんでも人のせいにしない。」


紗月は悔しそうに唇を噛みしめながら続けた。


「もう……神様、呼ばんほうがええんちゃう……?優しそうなおじいちゃんやったけど、危ないんやろ……?誰でも呼べる思っとった…」


「うーむ……多分ね……誰かが神様、怒らせたんじゃないかな……。お迎えになんか不備があって、神様が機嫌を損ねて暴れ回る……みたいな?」


「神様って暴れるんか…?それに、お迎えって……うち、なんもしとらんけど……。」


「紗月は大丈夫!神様の好きな匂いだから!」


その言葉に、紗月は若干引き気味になりながら、自分の匂いを嗅いでみた。


「…なんやそれ……うち……そんな匂いするんか……ショックやわ……。」


そんなやり取りをよそに、クマのぬいぐるみを抱っこした奈々が静かに近づいてきた。


「紗月お姉ちゃん…」


「奈々ちゃん、おはよう。」


「おはよう。」


「奈々ちゃん、今起きたん?」


奈々は首を横に振る。


「あっ、そうや!奈々ちゃんに言わなあかんことがあったんや。」


「知ってる。誰にも言わない。」


「えっ、なんで……」


「聞いてた。」


「はぁ……もう、あかんで……廊下で盗み聞きしとったんやろ……。」


奈々はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま微動だにしない。


「奈々ちゃん、朝ごはんまだやろ?一緒に食べに行こか。」


奈々が頷き、紗月のそばにぴったりと寄り添う。


「ワンコ、ご飯食べるんやろか……?名前も決めたほうがええな……。」


「ワン!」


紗月は小さく笑った。先に歩き出し、廊下の奥へと向かう。


その背中をじっと見つめながら、奈々は頬を少し赤らめて、抱えたぬいぐるみに顔を寄せた。


「……紗月お姉様の秘密……。」




———紗月と奈々が広間に足を踏み入れた。


畳敷きの広間には、低いテーブルがいくつか並べられ、その上には整然と並んだ朝食が置かれていた。


広間には数人の人影があり、それぞれが食事をしながら静かに会話を交わしている。


紗月と奈々が姿を見せると、一瞬視線が集まったが、紗月は気にする様子もなく、広間を見渡した。


「あ、奈々ちゃん、あそこ行こか。」


紗月が目を向けた先には、莉乃が一人で座り、何かをつつきながらぼんやりしていた。


奈々は小さく頷き、紗月に続いて足を運んだ。


「紗月お姉ちゃん、あっ奈々も、早かったね。」


「ちょっと話しただけやから、すぐ来たんよ。」


紗月はそう言いながら、席に着く前にお櫃の前へと向かい、奈々の分のご飯をよそい始めた。


「奈々ちゃん、どれくらい食べられる?」


奈々はそっと手で小さく丸を作り、少なめにと伝える。


「はい、こんくらいでええな。奈々ちゃん、よう食べて元気つけなあかんで。」


奈々は無言のまま頷き、クマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま席に戻る。


紗月も自分の分をよそい終え、三人で食卓を囲む。


莉乃は味噌汁を一口すすりながら、ふと思い出したように話を切り出した。


「さっき、お父さんから聞いたんだけど、雅彦さん、元気だって。」


箸を持つ紗月の手が止まる。


「ホンマ?昨日、結構無理してる感じやったけど……。」


「うん。なんか、霊力が使えないみたいで。元気に見える分、余計痛々しいって言ってた。」


紗月は納豆を混ぜながら、少し眉をひそめた。


「まだ無理してるんかもしれへんなぁ……。」


「……陰陽師は、もう無理かもしれないって。」


莉乃の言葉に、紗月は一瞬驚いたように目を見開いたが、微笑んで答えた。


「そっか……でも、普通の人は霊力なんか使わずに生活しとるわけやし、元気になるのが一番や。」


莉乃は頷きながらも、少し気まずそうに箸を置いた。


「それで……弟の勇真を呼ぶかもしれないって……。」


「……げっ、嘘やん……ほんまに……?」


「素行が悪い以外では、一番才能あったから。比叡山で少しは改心してるだろうって……。」


「……うち……またいじめられそうやな……。」


「莉乃も意地悪される…そういえば、勇真って奈々にだけには優しかったよね……。」


莉乃は思い出したように顔を上げ、奈々に尋ねる。


「奈々、勇真の弱みなんか握ってたの?」


奈々は小さく首を横に振った。


そして、無表情のまま淡々と告げる。


「首にナイフの刃、当てたら、おとなしくなった。」


莉乃の手が止まり、紗月の箸が箸置きに落ちる。


「えっ……。」


「……な、奈々ちゃんも冗談言うんやな……。」


奈々は気にした様子もなく、ご飯を小さな口で黙々と食べていた。


食卓には一瞬、奇妙な静けさが訪れたが、すぐに紗月が声を明るくした。


「奈々ちゃん、朝ごはんおいしいか?」


奈々は少し頷き、口元を軽く拭った。


「……うん。」


「そっか、良かったわ!じゃあ、ご飯の後でワンコの名前決めなあかんな。」


「ワン!」


子犬が元気よく尻尾を振り、紗月たちは小さく笑った。

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