表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/115

紗月という少女

 暗闇の中、紗月はどこか懐かしい感覚に包まれていた。夢を見ていることは分かっているが、その中でのやり取りは妙に現実味を帯びていた。


「○○、また余計なこと言ってお祖父様に怒られたの?」


 紗月は誰かに話しかけた。その声は、自分のものではないように思えるが、どこか心地よい響きを持っていた。


「だって光昭様、俺に戦を止めて来いなんて無茶苦茶な命令するんだから……そりゃ、文句ぐらい言いたくなるよ」


 自分ではない誰かの声が返す。その言葉に、温かな笑い声が重なる。


「それだけお祖父様が○○を信頼してるのよ。普通、家人の陰陽師にそんなこと頼まないわ」


「おえー」


「ふふ、変な顔……私も○○のことは信頼してるわ……」


 その瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚が紗月を襲った。


 誰かが照れ笑いしている。


———その笑顔が、なぜか切なく感じる。


「な、なんだよ。急に変なこと言うなよ。まぁ、姫さんが困ってれば、いつでも助けに行ってやるよ」


「ありがとう……○○……」


 ———誰だっただろう。この夢の中で話しているのは誰と誰なのか。何もかもがぼやけて、名前も顔も思い出せない。


 目覚める直前、夢の中の光景が次第に薄れ、記憶の断片は霧のように消えていった。


「………?」


 突然、頬に柔らかな感触が触れた。


「うわっ!?」


 紗月は目を覚ました。視界に入ったのは、得体の知れない子犬――いや、麒麟の剣が変身した存在だった。


「何やの……あんた、また勝手に……!」


 子犬は尻尾を振りながら、まるで紗月をからかうように小さく吠えた。


「ワン!」


「夢見心地やったのに……! ほんまに……!」


 紗月はまだぼんやりとした頭を抱えながら、ふと夢の中で聞いた声を思い出そうとする。


「……誰やったんやろ……あの声……」


 自分でも分からない涙が頬を伝い、紗月は慌ててそれを拭った。


 夢の中で感じた温かさと切なさが、目覚めた今も心に残っていた。


———「紗月お姉ちゃん、起きた?」


 襖が勢いよく開き、元気な声が部屋に響いた。莉乃がにこにこしながら顔を覗かせる。


 紗月は布団の中からちらりと莉乃を見やり、ため息を吐きながら言った。


「……莉乃、開ける前にせめて声ぐらいかけてや」


「えへへ、ごめんごめん!」


 全然悪びれた様子もなく笑う莉乃に、紗月は半ば呆れながら体を起こした。


(なんでやろ……あれから急に、うちのこと昔みたいに『紗月お姉ちゃん』って呼び始めて……。彩花様は…助けられへんかったのに……)


「何か用なん?」


「賢治さんと紅子さんがお姉ちゃんと話したいって呼んでたよ」


「……賢治さんと、紅子さんが?」


 紗月は少し眉をひそめ、寝ぼけた頭を振りながら体を起こした。


「もう、しゃあないな……ほな、行こか」


 莉乃は嬉しそうに笑いながら紗月の手を取る。


——紗月は莉乃に案内され、賢治と紅子が待つ部屋の前に立った。


 腕の中では、麒麟の剣が変身した子犬が静かに丸くなっている。その小さな体の温かさを感じながら、紗月は深呼吸をして襖に手を伸ばした。


「紗月です。入ってもええですか?」


 中から紅子の声が聞こえてきた。


「どうぞ」


「じゃあ、紗月お姉ちゃん、先に朝ごはん食べてるね」


「うん、わかった」


 紗月は子犬をそっと撫でながら、莉乃と別れた。そして、襖を開けて部屋の中へと足を踏み入れた。


 部屋の中央には、賢治と紅子が並んで座っていた。紗月は二人の正面に促され、静かに座る。


(えーと……なんや、この空気……うち、なんかしてもうたんやろか……?)


「紗月ちゃん、昨晩はお疲れ様。彩花ちゃんのことは残念だったけど……莉乃ちゃんの話だと、何か儀式に関係している可能性が高いわ。だから、少なくとも今は手出しされないはずよ。それまでに必ず助けるわ」


 彩花の名前が出た瞬間、無理に考えないようにしていた感情が胸を締めつける。紗月は俯き、拳をぎゅっと握りしめた。


「……はい。彩花様は、必ず助けます……」


 紅子は静かに頷くと、向かいに座る賢治をちらりと見やる。


「それと、知ってるかもしれないけど、改めて紹介するわ。こいつは特級陰陽師の霧島賢治きりしま けんじよ」


「お、おい!」


 賢治が驚いて声を上げる。


「なんだよ、こいつって……言い方に棘があるだろ……!」


 紅子は賢治を鋭く睨みつけた。


「棘がある? 事実でしょ。浮気男にはそれくらいがちょうどいいのよ」


「……それ、いつまで引っ張るつもりだよ……」


「はぁぁ……とにかく、特級陰陽師としては確かに実力があるから安心して。ただし、それ以外は信用しないこと。紗月ちゃんも気をつけてね」


「おい、紅子!」


 賢治は困ったように苦笑し、紗月に向き直った。


「えーっと、紗月ちゃんだよな。昨晩はどうも、特級陰陽師の霧島賢治だ。よろしくな」


 少し気まずそうな賢治の様子を見て、紗月は微妙な緊張感を抱えつつ、ゆっくりと頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします……」


 紗月が正座で賢治たちの話を聞いていると、腕の中で丸くなっていた子犬がモゾモゾと動き出した。


 小さな体を器用に抜け出すと、紗月の隣にちょこんと座る。


 まるで「俺にも話を聞かせろ」と言わんばかりの堂々としたお座りだった。


 賢治が目を輝かせて、身を乗り出す。


「おっ、そのワンコ、昨日、剣だったやつか?」


「ワン!」


「お前、もしかして話がわかるのか?」


「ワン!」


「紗月ちゃんのこと、主人だと思ってる?」


「ワン!」


「俺のこと、カッコいい男だって憧れただろう?」


「………」


 無言で首を傾げる子犬。


 紅子が手を叩いて笑い出した。


「どうやら賢いワンちゃんみたいね。ちゃんと答えを選んでるんじゃない?」


 賢治が額に手を当て、がっくりとうなだれる。


「クソッ……何でだ……! 俺、あんな完璧なタイミングで登場して、ヒーローみたいだったろうが!」


(……このコントは……いったいなんなんや……?)


「まぁまぁ、そんなに落ち込まないでよ。ワンちゃんに気に入られなかったくらいで、陰陽師としての価値が下がるわけじゃないんだから」


「……それ、全然フォローになってないぞ……!」


 賢治の肩を落とす姿を見て、紅子がさらに笑い声を上げた。


(……うち、何しに来たんやろ……)


 紅子は笑いを堪えながら目尻の涙を拭い、深く息をついて姿勢を正した。


「あー、スッキリした……ごめんね、紗月ちゃん」


 突然の真剣な声色に、紗月の背筋がピンと伸びる。


「実は、私たちから紗月ちゃんに聞きたいことがあるの。本当はもっと早く聞いておくべきだったんだけど……」


「……は、はい。何でしょうか……?」


「——単刀直入に聞くわ。清雅……いや、白鴉って紗月ちゃんにとって何なの?」


 紗月の心臓が大きく跳ねる。言葉を探そうとするが、喉が詰まったように声が出ない。


 その隙を縫うように、賢治が口を挟んだ。


「それと、もう一つ……紗月ちゃん、昨日の昼間、神様に会ったか?」


 紗月は小さく肩を震わせながら顔を上げる。二人の視線が刺さるように感じ、冷たい汗が背中を伝う。


(……清雅のこと……神様……どうして、紅子さんと賢治さんが、そのこと知っとるん……?)


「うちは……」


 紗月の声はか細く揺れ、言葉は喉で詰まったままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ