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莉乃の後悔

———裂け目がさらに小さくなり、周囲の霊力が暴れるように軋む。


紗月は裂け目を見つめながら、震える声で叫んだ。


「清雅、なんとかならへんの!?」


「紗月、いつまでも誰かに頼るんじゃない。自分を信じてみなよ。」


「……自分を信じる……?」


紗月の目には、結界の奥で囚われた彩花と莉乃が映る。彼女たちの姿が揺れるように見え、胸が締め付けられる。


「――うちは……。」


過去の記憶が脳裏に蘇る。父が任務に失敗し、本家を裏切った証拠が出た時、何も分からない幼い自分に向けられた本家の冷たい視線。



その時からずっと、自分の中に刻まれていた言葉。



『失敗するくらいなら、何もせんほうがええ』



——そうやって、自分を守るために逃げ続けてきた。



でも、今は違う。



———自分は陰陽師になると決めた。自分にしかできないことをする、と。



「紗月、見て。そこにある剣を。」


清雅の静かな声に導かれるように、紗月は視線を落とした。その先に横たわるのは、雅彦が使っていた麒麟の剣だった。


「……あれは、雅彦さんが使っとった剣や……」


紗月は迷いながらも一歩、また一歩と剣に向かって歩き出す。


「おい!何やってるんだ!?早くしないと裂け目が閉じちまうぞ!」


賢治の焦る声が響くが、紗月はそれを無視して進み続けた。


「本家を裏切った北家の娘が……ほんまに、この剣を使ってええんやろか……?」


そう呟いた紗月の心には、これまでの後ろめたさや劣等感が渦巻いていた。何度も自分を否定してきたその記憶が、足を重くする。


「紗月、いつまで他人の言葉や過去に縛られてるんだ?」


「……それは――でも……うちにできるんやろか……」


「できるさ。今、この瞬間、紗月にしかできないことがある。それをやるかやらないかは、紗月が決めるんだ。」


その言葉に背中を押されるように、紗月は震える手を伸ばし、麒麟の剣を掴んだ。


「紗月、こう言うんだ。」


清雅の静かな声が導くように響く。


「天つ神、地つ霊、星と月と日を司る神々よ、

――四方を包み、麒麟のことわりをここに示せ。」


紗月はその言葉を丁寧に口にする。


すると、麒麟の剣がまるで、喜んでるかのように震え出し、その振動がどんどん強くなっていく。


「……うわぁ、なんやこれ、めっちゃ気色悪いんやけど!?」


驚きに目を丸くする紗月だったが、剣はまるで感情があるかのように、ぴたりと動きを止めた。そして、ずしりと重くなる。


「……なんか、犬みたいやな……」


次の瞬間――剣が光を放ちながら姿を変えた。


「……えっ?なんや、これ……!」


紗月の目の前に現れたのは、小さな子犬だった。白い毛並みがふわふわと輝き、尻尾を振りながら紗月を見上げている。


「……もしかして…犬みたいやって言うたからなん!?」


子犬は嬉しそうに「きゅん!」と鳴くと、ぴょんと紗月の足元に飛びついた。


「うわっ、なんやこの子、めっちゃ懐いてるやん……!」


「へぇ……これが麒麟の剣の本来の能力なのかな?」


「本来の能力って……ただ子犬になっただけやん!こんなんで結界を破れるん……?」


疑問の声を上げる紗月だったが、子犬は自信満々な顔で「わん!」と吠え、結界の方をじっと見つめた。


「……お前、やれるって言いたいんか?」


子犬は力強く尻尾を振り、地面を一歩踏みしめると――小さな体に似合わないほどの光を放ち始めた。


「え、ええい、やるなら早くしぃや!裂け目、どんどん小さなっとる!」


紗月が急かすと、子犬はピンと耳を立て、結界に向かって勢いよく駆け出した。


小さな体が結界に触れた瞬間、まるで巨大な剣で斬り裂いたように結界が崩れ始めた。





結界の中で身動きが取れないまま、莉乃は外で繰り広げられる光景をじっと見つめていた。


その中心で、雅彦が命を削るように戦い続けている。


(雅彦兄さん……。)


いつも冷たくて、怖い人だと思っていた。何を考えているのか分からないその背中に、近寄りがたさすら感じていた。


でも、今目の前で繰り広げられている戦い――それは彼の意地が剥き出しになったような、魂の叫びそのものだった。


鬼と相対する雅彦は、これまで見たことのない表情をしていた。顔は汗と血で汚れ、息も荒い。それでも手にした剣を振り下ろす姿は、まるで命そのものを賭けているように見えた。


「すごい……けど…。」


しかし、雅彦は肩で荒く息をしながらも、何度も剣を振り上げる。


「もう……無理かも……。」


莉乃は叫びたくなる気持ちを抑え込む。結界の中からでは声が届かない。


(もうやめて……!お願いだから…死んじゃうよ……!)


ついに雅彦は最後の力を振り絞るように、渾身の一撃を放った。その瞬間、強烈な光が闇を切り裂くように走った。


しかし――


その一撃を放った後、雅彦の体は力尽きたように崩れ落ちた。剣はその手から滑り落ち、地面に転がる。


「雅彦兄さん……!」


その時だった。刀を持った男が突如乱入してきた。


(あの人……テレビで何回も見たことある……)


鋭い目つきと特徴的な黒いレザージャケット。瞬時に思い出した。


(たしか……特級陰陽師の霧島賢治って人だ……なんで、こんなところに……?)


男は鬼と向かい合い、何やら言葉を交わしているようだったが、結界の中までは声が届かない。


(あの人……鬼と戦ってるの?でも……なんか現実感がない……)


その戦いは、これまで莉乃が見てきた雅彦の戦いとは桁違いだった。目にも留まらぬ速さで繰り出される斬撃、爆発する霊力の波動。結界越しであっても、それがどれほどの威力を持つかは感じ取れた。


「彩花お姉ちゃん……あの人、勝てるよね?私たち、帰れるよね……?」


不安そうに問いかける莉乃だったが、彩花は何も答えなかった。ただ、その目は釘づけになったように戦いを見つめている。


その時、視界の端で紗月が祭壇に向かって歩いていくのが見えた。莉乃はその行動の意図を理解できず、ただ見つめているしかなかった。


(何してるの……紗月お姉ちゃん……?)


次の瞬間、紗月が手にした石を祭壇に向かって思い切り投げつけた。石が銅杯に当たり、中の液体が勢いよく溢れ出す。すると慌てた鬼が祭壇に駆け寄る。


その隙を見逃すことなく、霧島賢治が刀を振りかざし、結界を切り裂いた。


目の前の結界が光と共に裂け、裂け目の向こうに外の世界が見えた。


「えっ、嘘……私たちは……?」


裂け目を見つめながら、莉乃の声は震えた。目の前で賢治が倒れた雅彦を背負い、裂け目へと急いで向かう。そして紗月に何かを言葉で伝えている。


(置いていかれる……?私たちは……どうなるの……?)


その時、隣にいる彩花が結界の壁を軽く叩きながら、静かに呟いた。


「この結界が……破れないのね……」


彩花のその言葉が、結界の中の静寂をさらに重くした。

外を見ると、賢治と紗月が話している。紗月の顔は泣きそうで、今にも崩れそうだった。


(どうして……紗月お姉ちゃんがそんな顔をしてるの……?)



——-ふと、心の奥から幼い頃の記憶が蘇る。


紗月と過ごした日々。いつも優しくて、頼れる存在だったお姉ちゃん。笑顔で駆け寄っては、遊んでくれるあの頃の光景が、今でも鮮明に浮かんでくる。


(昔は紗月お姉ちゃんと……ずっと一緒だと思ってた。でも……。)


お母さんが亡くなってから、心の中に渦巻く嫉妬と寂しさが紗月への態度を変えた瞬間を思い出す。



——「何しに来たの?陰陽師でもない、紗月お姉ちゃんなんて、邪魔なだけじゃない!」



——「なんでそんな落ちこぼれが橘家にいるの?図々しい!」



それは嫉妬と寂しさからぶつけた、自分勝手な感情だった。


(なんで……なんで、あんなこと言っちゃったんだろう……。)


(私は……最低だ。なのに……どうして今も、お姉ちゃんはそんな顔してくれるの……?)


(ごめん……ごめんなさい……紗月お姉ちゃん……。)


莉乃は下を向きながら泣いていた。涙がぽたぽたと地面に落ちる中、彩花の声が耳に届いた。


「紗月、あなた……何をするつもりなの?」


はっと顔を上げると、視界に飛び込んできたのは雅彦の剣を握りしめた紗月の姿だった。


「お姉ちゃん……?」


紗月は、何かを呟きながら詠唱を始めた。


次の瞬間———


剣が強烈な光を放ち、目を開けていられないほどの輝きが広がった。その中から、小さな犬のようなものが現れ、光の尾を引きながらこちらに向かって飛び込んできた。


「きゃあっ!」


物凄い轟音と振動が結界を覆った。莉乃は尻餅をつき、驚きと恐怖で息を呑む。



—————ゴゴゴゴゴ……!



結界が軋み、崩壊していく。



眩しさに目を細めながらも、莉乃はその光景を呆然と見つめた。



そして———結界が完全に消え去る。



———「莉乃、早く!」



紗月が手を差し伸べている。

その姿は光に包まれ、まるで昔、何度も助けてくれた頃のように優しく見えた。


「…お姉ちゃん……」


莉乃はその手を掴み、紗月に引っ張られるようにして、外に飛び出した。


「……紗月お姉ちゃん……ありがとう……。」


(どうして……今まで、紗月お姉ちゃんを嫌いだなんて思ってたんだろう……。)


これからは――ちゃんと向き合おう。


莉乃は涙を拭いながら、心にそう強く誓った。

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