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切り裂く鬼刃

「……あとは、この特級陰陽師、霧島賢治に任せときな!」


闘志を燃やしながら現れた賢治の姿に、紗月は一瞬期待を抱いた。


「誰や、この人……もしかして、助けに来てくれたん……?」


突然戦場に現れたその背中は、どこか頼もしく見えた。


しかし、その刀――鬼切丸が、甲高い声で叫び出した瞬間、紗月の顔から期待の色が消えた。


「アハハハハ!斬れ!裂けろォ!早く血の香りを嗅がせろ!アハヒヒヒヒィイー!」


(……あかん……ほんまにアカン奴や……これ、助けに来てくれたんちゃうかもしれん……)



そんな紗月の心情を全く気にすることなく、賢治は鬼切丸を勢いよく振り上げた。


———「先手必勝だ!行くぞ、鬼切丸!」


賢治が刀を振りかざし、一直線に夜叉王へと向かおうとしたその瞬間――


「待て待て!あっちにも鬼がいるぞ!アハハハハ!」


「ちっ、ちょっと待て!こっちが先だ!言うことを聞けっての!」


賢治の制止を無視して、鬼切丸は勝手に刀身を軋ませながら方向を変えた。その勢いに引っ張られる形で、賢治の体も不自然な軌道を描く。


「うわっ、ふざけんな!俺を無視するんじゃねぇ!」


鬼切丸が目をつけたのは、呆然と立ち尽くしていた鬼童丸だった。


「裂けろォ!お前の血で俺を飾れ!」


「お、おい、こっちじゃねぇってば!」


賢治は抵抗するも、刀の力に押されるようにして鬼童丸へと斬りかかった。


「……?!」


鬼童丸は、自分に向かってきた鋭い斬撃に気づいた時には、すでに遅かった。



——「ギャァアアアアアアア!!!」——



賢治の鬼切丸が、鬼童丸を真っ二つに切り裂く。その異様な叫び声が神域に響き渡る。


「はぁ……こっちじゃないっつうの……泣きたくなるぜ、まったく……」


一方で、紗月は鬼切丸の暴走を目の当たりにし、恐る恐る賢治を見た。


(す、すごい……!やけど…なんか納得できへん……。)


夜叉王は手元から霊符を取り出し、瀕死の鬼童丸に向けて軽く放る。霊符は鬼童丸の目の前で静止すると同時に光を放ち、小さな渦を巻き起こして鬼童丸を徐々に引き寄せていった。


「ふむ。その刀、非常に興味深い……刀匠が血肉だけでなく、魂までも刀に練り込んでいるな…」


鬼童丸が完全に霊符に吸い込まれていく様子を見届けると、その霊符を手元に引き寄せた。


「正解だ。鎌倉時代に鬼に家族を殺された刀鍛冶が、自ら刀になって復讐を遂げる道を選んだってわけだ。」


賢治は鬼切丸を軽く振り、その刀身についた血糊を払いながら肩越しに笑う。


「アハハハハ!復讐だと?違うな!斬るために生き、裂くために在るんだよォ!」


賢治は呆れたように舌打ちし、鬼切丸の声を無視する。


「ま、今じゃ俺がそいつの暴走を抑える役目ってわけさ。……にしても、お前もやけにその手の話に詳しそうだな?」


夜叉王は短刀の刃を軽く揺らし、禍々しい光が周囲を照らす。


「……人の怨念がどれほど世の理を歪めるか、嫌というほど知っているからな。」


「なんだよ、妙に共感してるみたいじゃねぇか。お前も誰かを恨んで刃を振るった口か?」


「さあな……」


夜叉王はその問いに直接答えず、短刀を構え直す。


「だが、お前は面白い。この時代の益荒男――その力、見せてもらおう。」


「おう、期待してろよ。」


賢治は鬼切丸を高く振り上げ、一瞬の静寂を切り裂くように叫んだ。



「——断魂の一閃だんこんのいっせん!」



刀が鋭い弧を描き、斬撃が空を裂くと同時に、鬼切丸が過去に切り裂いた鬼たちの断末魔が言霊となって放たれる。



「痛ぇえーッ!苦しぃいッ!寒ぃいィ……!」



恐ろしい声が響き渡り、その怨念が霊的な刃となって夜叉王の体に絡みつく。


刃は彼の周囲で蠢き、まるで生き物のように霊力を引き裂きながら蝕んでいく。


「ふむ……なかなかの技だ。だが……その程度の怨念で私を裂けると思うなよ。」


「効いてねぇわけじゃなさそうだな……?」


「アハハハハ!もっと裂けろォ!怨念の血で飾れェ!」




———賢治と夜叉王の激しい斬り合いが繰り広げられる中、紗月はその戦いの光景に目を奪われていた。


「アハハハ!裂けろォ!そいつの中身を見せろ!早く斬らせろォ!」


賢治はその暴れん坊な刀を振るいながら、夜叉王と渡り合う。


「すごい……これ、ほんまに勝てそうや……!」


「いや、勝てないよ。」


「なんでや!あの人、めっちゃ押してるやん!」


「相手は呪鬼だよ。呪術や言霊を自在に操る鬼。斬り合いなんて、夜叉王にとってはただの遊びだ。」


「遊び……?そんな……」


「それに、あの陰陽師も本気を出していない。」


「なんでや!?あの人、めっちゃ本気に見えるけど……」


紗月は食い下がるように言った。だが、清雅はため息混じりにこう言った。


「周りをよく見てごらん。」


紗月は改めて戦場を見渡す。倒れた雅彦、結界の中で囚われた彩花と莉乃、そして自分。どの方向にも被害が広がらないよう、戦場は賢治の手で巧妙に制御されていた。


「……これって……うちたち…守られてる…?」


「周りに被害が及ばないように霊力を抑えて戦ってる。あの斬撃を制御するのは簡単なことじゃない。それに……」


「帰る時のことも考えないといけないだろうね。」


紗月はハッとしたように、賢治が通ってきた結界の裂け目に目を向けた。しかし、そこはすでに閉じており、再び開けるには膨大な霊力が必要であることが明らかだった。


「ほんまに……そんなことまで考えながら戦ってたんや……」



———賢治は鬼切丸を構えながら、夜叉王との間合いを冷静に測っていた。


一方で、鬼切丸は不気味な声で叫び続けている。


「アハハハ!裂けろォ!そいつの中身を見せろ!早く斬らせろォ!」


(ほんと、どうしてこんな厄介な奴を相棒にしたかな……)


ちらりと背後を見やると、そこには倒れた雅彦や結界に囚われた彩花たち、そして怯えた目でこちらを見つめる紗月の姿があった。


「……なんとか隙を作りたいんだが…なんか手がないもんか…」


賢治は静かに呟き、鬼切丸を握る手に力を込める。隙を見て雅彦と紗月を連れて逃げる。それは彼にとってギリギリの綱渡りだった。


「おい、鬼切丸。いいか、斬るのは俺が指示した時だけだ。それ以外は絶対に勝手に動くなよ。」


「アッハハ!斬る時は斬る、そいつが俺の流儀だァ!お前の言うことなんて知ったこっちゃねぇ!」


「……まったく、相変わらず話が通じねぇな。だがな、今は俺がリードするしかねぇんだ。」


賢治はそう言うと、改めて鬼切丸を構え直し、夜叉王に向き直る。


「さて……鬼切丸、お前は楽しそうだが、そろそろ退散させてもらうぜ。」



「うちもなんか役に立ちたい。何したらええと思う?」


「うーん、石でも投げてみれば?」


「清雅、うちのこと馬鹿にしてんの?怒るで、ほんまに!?」


「まあまあ、落ち着きなよ。ふざけてるわけじゃなくてさ、注意を逸らしてあげなってこと。」


「えっ、どういうことなん…?意味わからんのやけど…」


「さっきも言っただろ。あの陰陽師は周りに被害が出ないように抑えながら戦ってる。つまり、最初から勝つつもりなんかない。あくまで逃げるタイミングを探してるだけだよ。」


「な、なるほど…」


「だから、石でも投げて注意を逸らしてあげれば、彼が動きやすくなるんじゃない?」


「それぐらいなら、うちにも出来そうや…!」


紗月は祭壇の周りに積んである手頃な黒い石を掴むと、大きく振りかぶって思い切り投げた。狙いは、祭壇の中央に置かれた銅杯だった。


——カンッ!


石が銅杯に命中すると、中に入っていた酒が勢いよく飛び散り、周囲にこぼれ落ちた。


清雅が軽く拍手をしながら笑う。


「おお、当ったりぃー!紗月、やるじゃん!」


「そ、そない褒められると照れるやん…ハハッ」


だが、その光景を目にした夜叉王の余裕のある表情が一変する。瞳が鋭く細まり、顔が引き攣る。


「その酒を……!」


夜叉王は祭壇に駆け寄り、中身の溢れた銅杯を確認する。彼の焦りを隠しきれない仕草に、賢治は小さく頷いた。


「よくやった、いい感じに隙ができたぜ。」


賢治は祭壇に意識を向けた夜叉王を見据え、鬼切丸を構える。


「よし、ここがチャンスだ。鬼切丸、行くぞ……全部切り裂け!」


「アッハハ!裂けろォッーー!」


賢治が力強く振り下ろすと、鬼切丸の刃から放たれた霊力が空気を引き裂き、結界の壁に深い亀裂を刻み込んだ。



———バリバリバリバリバリッ……ドゴォォォン!!!!!———



霊力がうねりを上げ、結界の一部が激しく揺れる。次の瞬間、鋭い音と共に大きく崩れ裂け目が現れた。


賢治は裂け目を一瞥し、素早く雅彦を背負い上げる。


「おい、裂け目が縮んじまうぞ!お前も早く来い!」


紗月はその声にハッとして一歩踏み出しかけたが、すぐに足を止めた。


「えっ、で、でも!彩花様と莉乃は!?置いてなんか行けへん!」


賢治は鋭く息を吐き、歯を食いしばるように言い放った。


「今は、諦めろ!あの結界を破る力はもう残ってねぇ!」


「う、うそや……彩花様と莉乃を置いていけるわけない!」


「後でなんとかする!けど今は——」


裂け目がさらに小さくなり、周囲の霊力が暴れるように軋む。


「このままだと、みんな出れなくなるぞ!」


「そ、そんな……」


紗月の目には涙が浮かぶ。視線は結界の奥で囚われた彩花と莉乃に向けられていた。


「彩花様……莉乃……!」


賢治は必死に時間を稼ごうと裂け目を振り返りつつ、心の中で焦燥感を抑え込む。

裂け目が消えるのは、もう時間の問題だった。

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