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神気を追う者

黒いレザージャケットを羽織った霧島賢治は、愛車のハーレーダビッドソンを走らせながら、京都市内の街並みを見渡していた。


四条通りには観光客や地元の人々が行き交い、店先には色とりどりの提灯が並んでいる。


賢治は眉をひそめ、ヘルメットの内側で低く呟いた。


「おいおい、冗談だろ……何も被害がないだと…?」


霊力を可視化する異能を持つ賢治の目には、街全体が通常の霊的エネルギーで満たされ、異常な波動は微塵も感じられなかった。


「神降ろしの痕跡が全然ない……どうなってやがる?」


賢治はアクセルを軽くひねりながら、混乱する思考を整理しようとする。


「誰かが神降ろしをやったはずだ。それで、これだけ何も起こらないなんて……まさか成功したのか?」


彼の脳裏に「成功」の二文字が浮かぶと同時に、眉間にしわが深く刻まれる。


「いや、そんなはずない。神楽坂緑でさえ、あの結果だったんだ。人間の身で神を降ろすなんて、到底無理だろう……。」


言葉に出した瞬間、賢治の意識は否応なく松江市の惨劇を呼び起こしていた。


——協会の急報を受け、神楽坂緑を止めるため松江市へ急行した賢治が目にしたのは、轟音と共に崩れ落ちる松江城の姿だった。


市内に踏み入れると、霊的な波動が街全体を覆い尽くし、子供の泣き声、大人の狂乱、互いに襲い合う錯乱状態の住民たちが混沌を極めていた。


逃げ遅れた人々が次々と負傷する中、瓦礫と叫び声に包まれた街並みは、もはや地獄そのものだった。


その記憶が鮮烈に脳裏を掠め、賢治は無意識にハンドルを握る手に力を込めていた。


「神楽坂緑でさえ、あの有様だったってのに……。」


ちらりと見えた八坂神社の鳥居に目を向けながら、賢治は吐き捨てるように言った。


「人の身で神降ろしなんかすりゃあ、間違いなく街は壊滅してるはずだ。」


しかし、目の前には何事もなかったかのように日常を営む人々の姿がある。


「何かがおかしい……いったいどうなってやがる……。」


賢治の頭を過るのは、不気味な違和感と焦燥感。


(神気の痕跡を追うしかねえな……大事になる前に必ず見つける。)



南禅寺から少し離れた屋敷の中から漂う微かな神気を感じ取った賢治は、屋敷の動向を探るため、近くにあった喫茶店に腰を落ち着けることにした。


店内はレトロな雰囲気が漂い、木製のテーブルと椅子が並ぶ昭和感たっぷりの喫茶店だ。


窓際の席に座ると、じんわりとした暑さが背中にまとわりついてくる。


「……京都って、陽が落ちてきても、なんでこんなに暑いんだよ……たまんねーぜ。」


賢治はちらりと屋敷の方向を窓越しに確認する。屋敷の周りには特に異変は見られないが、神気は確かにそこに漂っている。


「まあ、こんな暑い日は、涼しい顔して張り込むのがプロってもんだろ。んー、おっちゃん!」


カウンターの奥で新聞を読んでいた店主が顔を上げる。


「アイスコーヒー、ひとつ頼むわ!」


「やっと注文してくれはった。水だけで帰りはるんかと思いましたわ。」


店主がゆっくりと動き出し、豆を挽く音が店内に響く。その間も賢治は屋敷をじっと見つめながら、気配を探る。


「まったく……こんな静かな場所で何を企んでやがるんだか。」


そう呟きながらも、アイスコーヒーが運ばれてくると、賢治の表情は一転して満足げになる。


「おっ、来たか!やっぱり張り込みにはコーヒーが付き物だよなぁ。」


ストローを差し込んで一口飲むと、ひんやりとした苦みが喉を通り抜ける。


「……うめぇ!」


賢治はその瞬間だけ完全に油断し、屋敷のことを忘れそうになるが、ふと気を引き締めて再び窓の外に目を向けた。


しばらくすると、屋敷の前にタクシーが止まり、扉が開いた。中から降りてきたのは3人の人影。


「……誰だ?」


賢治はアイスコーヒーを啜りながら、一瞬目を細めてその人物たちを凝視する。やがて、その顔ぶれがはっきり見えた瞬間、手に持ったグラスを危うく落としかけた。


「げっ!紅子……なんでアイツが……!?それと、ち、ち、千紘だとぉおお!?おいおい、なんつー組み合わせだよ!」


賢治は額を押さえながら小声で呟き、視線を屋敷の前に固定する。そして、最後にもう一人の顔を確認しようと目を凝らした。


「……あと一人は……知らん。……誰だよ、あの男。」


その場で頭を抱え、テーブルに額をぶつけそうな勢いで悩み始めた。


「どうなってんだ、こりゃー……!一体何の集まりだ?長官に聞いてみるか……いや、待て、下手に触ると面倒だな……」


悩む間にも、屋敷の前で紅子たちは動きを見せ始めた。数分後、別の車が屋敷の前に止まり、紅子たちが屋敷から出てきて車に乗り込む。


「……これからどっか行くのか?」


賢治はハンドルを握るかのようにアイスコーヒーのグラスを掴み、視線を追い続ける。その時だった。


最後に屋敷から出てきた一人の少女に目を奪われた。


「……あの子だ!」


賢治は息を呑む。少女の全身には尋常ではないほどの神気が纏わりついていた。その光景に、思わずグラスを置き、再び目を凝らす。


「……どう見ても、一般人だよなぁ?服装も普通だし、どっかの陰陽師って感じでもない……」


しかし、少女から発せられる神気は明らかに異常だった。


「こりゃ……下手な妖は近づくどころか、一目散に逃げ出すレベルだな。……いや、式神ですらビビって出てこねぇだろ……」


賢治はふと、着ている黒いレザージャケットの内側に手を伸ばし、封印術を施した仕掛けを軽く撫でた。


「お前も少しは怖じ気づいて、大人しくなってくれりゃ助かるんだけどな……頼むから、暴れるにしても、俺が合図するまで待ってろよ、鬼切丸。」



———バイクのエンジンを切り、賢治は月明かりに照らされた鞍馬山の麓でヘルメットを外した。


「……ここは鞍馬山か。なんでこんなとこまで来たんだ……?一体何を企んでんだ?」


賢治はバイクを木陰に隠し、そっと山道を進む。距離を保ちながら紅子たちの足跡を追い、彼らが向かう先をじっと見極めていた。



———鞍馬寺。



「……鞍馬寺かよ。こんな場所に足を踏み入れるなんざ、何をおっ始めるつもりだ…?」


紅子たちが金堂の前で立ち止まり、千紘が星読みを始める。手を広げた千紘の周囲には、小さな星のような光が次々と現れ、静かに旋回を始めた。


「星読み……ここで何かを探してやがるのか…?」


様子をじっと窺っていた賢治は、異変に気づく。つい先ほどまでそこにいた、神気を纏った少女と、彼女の隣にいた男の姿が忽然と消えていた。


「……あれっ!?いねぇぞ……あの子。」


賢治は咄嗟に目を凝らし、神気の流れをゆっくりと追った。


霧島賢治の異能—霊力を可視化できる力を全開にして、視界を巡らせる。


「……俺の目はごまかせねぇぜ。……よーし、やっと見つけた。」


賢治の視線は、異界の中に足を踏み入れた紗月と雅彦の姿を捉えていた。


「……あいつ……戦ってるのか? しかも、相手は……陰陽師…いや、あれは、鬼か…?」


賢治の目に、雅彦が麒麟の剣を手に奮闘する姿が映る。だが、その攻撃はことごとく夜叉王にいなされている。


「それにしても、あの鬼…ヤバイな……まるで遊び半分でかわしてやがる。」


雅彦は追い詰められ、全身から絞り出すように霊力を燃え上がらせた。炎が体を包み込み、渾身の一撃を放とうとしていた。


「あいつ、無茶な真似しやがる……。」


賢治は静かに息を吐きながら、鬼切丸の封印に手を伸ばす。


「このままじゃ、死ぬぞ……。」


しかし、雅彦の全力の一撃は、あっけなく霧散し、彼は力尽きて地面に崩れ落ちた。


「…よくやった……もう、それで十分だ。」



———「天つ神、地つ霊、我が声に応えろ。」



———「五芒の星、五行の理、封じられし刃よ。」



———「今ここに、我が刃として目覚めよ!」



賢治が叫ぶと、術式が閃光を放ち、黒い光をまとった長い刀身が彼の手元に現れる。


「よし、出番だ鬼切丸! 結界を切り裂いて、異界に突っ込むぞ!」


———「さあ、結界だろうが壁だろうが、裂けろ!崩れろ!全てこの刃の餌だ!!切って、切って、切りまくってやろうじゃないか!!アハハハハ!」


賢治は木陰から飛び出し、険しい表情のまま紅子たちに向かって叫んだ。


「紅子!あの子たち、異界に引きずり込まれたぞ!」


突然の声に驚き、振り返った紅子たちは賢治の姿を見て目を見開いた。


「なっ……賢治!?どうしてここに!?」


「説明してる時間はねぇ!若い男の方がヤバイ。俺が連れ戻す!お前らは退路を確保しておけ!」


「いきなり現れて勝手なこと言わないで!そんなの無茶——」


「うるせぇ、黙れ!今は言うことを聞け!」


賢治は怒鳴り返すと、すぐに刀を構え、目の前の結界に目を向けた。




———「鬼切丸、行くぞ!」



———「アハ、アハハハハ!!」




———バリバリバリバリバリッ……ドゴォォォン!!!!!———




一閃が空気を裂き、霊力の奔流が結界に叩きつけられる。耳をつんざく轟音と共に、結界がゆっくりと裂け始め、異界への入り口が現れた。


神気が吹き出し、辺りの空気が異様に冷たくなる。


「待ってろよ……死ぬなよ。」


その言葉を残すと、霧島賢治は一瞬の躊躇もなく、裂け目の向こう側へと飛び込んでいった。

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