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雅彦の意地

———「おい、紗月から離れろ!俺がいるのを忘れるな!!」


膝をついていた雅彦は、全身の筋肉を震わせながら自力で言霊を解いた。


(爺さんは俺を見てもくれなかった……。だけど…俺は誰よりも努力したんだ!)


「ほう…しかし、言霊を解いたところで何も出来まい。」


(何も出来ない……?ふざけるな……!)


「俺は橘家の跡取りだ!何も出来ないかどうか……試してみろ!」


雅彦が叫び、麒麟の剣を構え直す。その瞳には怒りと意地が燃えていた。


「夜叉王様、そのような者の相手を自らされる必要はございません。この葛葉にお任せください。」


葛葉が一歩前に出て、軽く頭を下げる。


夜叉王は少しの間、黙考するように目を閉じた。


「いや……いい。今の橘家の跡取りとやらの実力を見ておきたい。」


「ですが——」


「葛葉…橘とは、昔馴染みでな……。」


その声には、一瞬だけ懐かしさが宿っていた。


友であり、幾度も刃を交えた敵——橘宗助という名の男の姿が脳裏に浮かぶ。


「……あの男が命を懸けて守り抜いた信念が、この時代にも受け継がれているのかどうか……少しばかり興味が湧いた。」


その言葉に、葛葉は静かに頭を垂れる。


「……承知いたしました。」


「お前が橘家の跡取りとして、この場で何を示せるのか……見せてみるがいい。」


夜叉王が静かに手を後ろに組む。

その態度は、まるで雅彦を試す審判者のようだった。


(爺さんは俺を認めなかった……だけど、今ここで、俺が何者なのかを証明してやる……!)


「紗月、下がっていろ!」




雅彦は瞬時に構えを整え、地面に足を強く踏みつけて拍子を打ち鳴らした。



———タン、タタ、タン、タンッ!



その足音が大地に響き、赤い光が術式の形を浮かび上がらせるように広がっていく。


「——来い、朱雀よ!」


麒麟の剣が鮮やかな赤色に染まり、剣先から炎が揺らめき出した。


拍子と共鳴するように、術の力を纏った剣を一閃し、鋭い火線が夜叉王に向かって走る。



——「さん」——



彼の一言とともに、雅彦の炎は夜叉王の周囲で霧散し、何事もなかったかのように消えた。


「なっ……!? まだだ!」


雅彦は後退することなく、すぐに次の術を発動させた。



「——来い、白虎よ!」



雅彦が振り下ろした麒麟の剣が、雷と共鳴するように輝きを増し、剣先から放たれた稲妻が夜叉王に襲い掛かった。



——「めつ」——



夜叉王は片手を軽く上げただけで、その雷を遮り、握り潰すように掴み取る。


「面白い剣だな……だが、その程度の力では——」


その言葉が終わる前に、麒麟の剣が再び火を纏い、炎の軌跡を描きながら夜叉王の胸元を狙った。


夜叉王はわずかに体を反らし、その一撃を余裕を持ってかわす。


「速さだけは悪くない……だが、軽い。」


雅彦は息を荒げながらも剣を握り直し、再び夜叉王に突撃する———。





———「ハァハァハァ…」


(くそっ、まったく勝てる気がしない…だが…)


雅彦は荒い息を吐きながら、麒麟の剣を握り直した。体中が悲鳴を上げ、視界が滲む。


(俺がここで引いたら……俺はただの無価値な存在だ。橘家の跡取りとして……紗月に本家の意地を見せてやる……!)


夜叉王は雅彦を見下ろし、その眼差しに微塵の感情も感じられない。


「これで終わりか?だとしたら……失望だな。」


その言葉が雅彦の胸に突き刺さる。


(失望……そんなものは慣れてる!爺さんは、俺を認めなかった。だけど……ここで俺が証明しなきゃ、誰が証明する!?)


雅彦の脳裏に、橘家に伝わる秘術の記憶が蘇る。



———「焔刻の陣」



それは橘家の始祖、『橘 宗助』が編み出した術。



命を賭して敵を打倒するために使われてきた究極の術だった。


(……使うしかない。これしか道は残されていない……!)


雅彦の手が震える。術の代償は知っている。命を燃料にするその術が、まだ未完成の自分にどれほどの負担を強いるかも。だが、それでも後には引けない。


「……これを使えば、命は持たない……でも、それがどうした……!」


雅彦は目を見開き、地面に麒麟の剣を突き立てた。


剣を中心に赤い光が波紋のように広がり、雅彦はその中で膝をついた。


「焔刻の陣……橘家の意地、見せてやる!」


震える手で麒麟の剣の柄を握り締めると、雅彦は静かに自分に言い聞かせた。


(これが俺の最後かもしれない。でも……)


雅彦は拳を地面に叩きつけるようにしてリズムを刻み始めた。



——タ、タ、タン、タ、タン、タン——



その音が響くたび、地面には紅い術式が浮かび上がり、雅彦の体から炎のような光が立ち上る。


「朱雀よ――炎の刻印に応え、我が剣に宿れ!焔刻の陣、今ここに発動せよ!」


雅彦の足元に広がった術式が燃え上がり、朱雀を象った巨大な炎が渦を巻くように立ち昇る。


その瞬間、麒麟の剣が激しく燃え上がり、その炎は剣から雅彦の全身へと広がっていった。


「ぐあっ……!くそっ……体が……っ!」


術式の光が完全に雅彦を覆い尽くすと、彼の目が不屈の闘志で燃え上がる。


(これが橘家の力だ……!これで……!)



——紗月は拳を握りしめ、目の前で命を削りながら戦う雅彦の姿に息を呑んだ。


「雅彦さん……無茶や……!」


結界の中の彩花は震える手で口元を押さえ、何度も瞬きを繰り返していた。


「……兄様……なんで……どうしてそこまで……」


莉乃は彩花の一歩後ろに下がり、涙を堪えきれず目元を覆う。だが、それでも震える声で呟いた。


「……どうしよう……あれ以上やったら…死んじゃう……」


夜叉王はその様子をじっと見つめ、どこか嬉しげな口調で静かに呟いた。


「ふっ、橘の血は、相変わらずだな……」



雅彦は夜叉王の言葉に構うことなく、術の全力を剣に纏わせる。


その炎は朱雀そのものを形作るように剣から解き放たれ、彼の背中に朱雀の翼の幻影を描き出す。


「これで……終わりだァァァッ!!!」


麒麟の剣を振り下ろした瞬間、その剣から放たれた炎は、まるで朱雀が飛翔するかのように巨大な火柱となり、夜叉王を貫かんと突き進む。


その威力は周囲の空気を歪ませ、大地を焦がし、まさに命を削り取った力の極致だった。


——だが。



————「めつしょう」————



夜叉王が、静かに言霊を放った。


夜叉王の静かな一言が響くと同時に、雅彦の全力の一撃は虚空に溶け込むように霧散した。


白く染まった視界は、跡形もなく消え去り、再び静寂が支配する。


「……う、嘘だ…俺の命を賭した一撃が…あんな簡単に……。」


夜叉王が一歩前に進み、雅彦に向けて言い放つ。


「思ったよりは楽しませてもらった。満足したか?」


雅彦の全身は痛みに支配され、崩れるように地面に座り込む。


(も、もうダメだ…体が動かない…爺さんの言ったことが正しかったんだ……。)


雅彦の意識が朦朧とし、地面に伏せる寸前、心の中で小さく呟いた。 


(……橘家の……跡取りとして……俺は……何もなせなかった。)


その時だった。




———バリバリバリバリバリッ……ドゴォォォン!!!!!———




まるで空間そのものが裂けるような轟音が響き渡り、夜叉王ですら目を細めて音の出処を探る。


空間に現れた黒い裂け目は、まるで巨大な刀で切り裂かれたかのように不自然な形で広がった。


そして、裂け目の向こうから姿を現したのは、長い刀を肩に担ぎ、黒いレザージャケットを纏った男だった。


「……誰だ、貴様は……?」


夜叉王の問いに答えることなく、倒れ伏した雅彦のもとへ歩み寄り、その身体を支え起こした。


「見てたぜ、若いの。」


雅彦が朦朧とした意識の中で顔を上げると、その目には知らない男の顔が映っていた。


「根性あるじゃねぇか……!年甲斐もなく、おっさん熱くなっちまったぜ!」


「見てた……?俺を……?」


「ああ、しっかりとな。並大抵の努力と覚悟がなきゃあ、ここまで出来ねえぜ。」


男はそう言い切り、まっすぐに雅彦の目を見つめた。


「…そうか……無駄じゃなか…た…ん……だ…。」


小さく呟いたその言葉を最後に、雅彦の意識は闇に落ちた。


男は立ち上がり、雅彦をそっと地面に横たえると、振り返って夜叉王に向き直る。


「……あとは、この特級陰陽師、霧島賢治に任せときな!」


霧島が刀を軽く振ると、大地が唸るような音が神域全体に響き渡った。

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