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忠義の果て

———深夜の京の街。


そこに蠢く異形――動物の妖たちが、闇の中で牙を剥いている。


「宗助、こりゃ、見回りだけじゃ済まないなぁ…少し忙しくなっちゃうぞ。」


清雅は肩に止まった闇鴉の黒霞に命じた。


「よし、黒霞。まずは周囲を制圧してくれ。」


黒霞は夜空へ舞い上がり、無数に分裂して空を覆い尽くすように広がると、一斉に妖へ殺到し、深い闇へと引き摺り込んだ。


「白葉、お前も…。」


白葉が空高く舞い上がると、空間全体が微かに歪み始めた。その瞬間、白葉の領域が広がり、空気が重く沈んだ。領域内では重力が変化し、妖たちは押しつぶされるように呻き声を上げた。


「さすが清雅様……圧倒的ですね…」


宗助は錫杖を手に持ちながらも、一瞬の隙を突かれ、狙っていた妖を逃してしまった。


「……くそっ!」


宗助は歯を噛みしめ、逃げていく妖の背を見送った。


「おやおや、珍しいな宗助、お前が仕留め損なうなんて。」


「………。」


宗助は答えず、錫杖を握りしめたまま俯いている。


「……菅原家の家人だった、友だちのことをまだ気にしてるの?」


「……どうして義久が、菅原家と運命を共にすることを選んだのか、正直わかりません……。」


「まあ…かなりの忠義者だよね。」


「……今の世の中で、一人の主人に全てを捧げる家人なんて、ほとんどいませんよ。義久は、あまりに真面目すぎるんです……。」


「んー、光昭様も菅原家のことでは悔いてるっていうか、まあ、だいぶ気にしてるみたいだったよ。」


「昔、まだ陰陽寮に入って間もない頃のことです。義久と俺は一緒に夜の見回りに出ていました。その時、小さな農村で妖の噂が立っていて、どうやら一人の庄屋が何度も被害を訴えていたんです。


俺は『また大げさに言ってるだけだろう』って軽く流そうとしたんですが、義久は真剣な顔で言ったんです。」


『宗助、被害を訴える人の声を軽んじてはいけない。もし本当に妖が出ていたら、無垢の民が犠牲になる。』


「俺は面倒くさいと思いながらも、仕方なく義久に付き合ったんですが……やっぱり庄屋の話は大袈裟で、実際には大した妖もいなかった。」


「で、俺が安心して帰ろうとしたら、これからも妖が出ないようにって、祓いの儀式を始めたんです。そしたら村人たちが感謝して泣き出しちゃって…義久はその後、律儀に何時間も祈祷していましたよ。」


清雅は腕を組んで聞いていたが、やがて小さく吹き出した。


「プっ……確かに、それはド真面目だなぁ。」


「でしょう?誰もが馬鹿にするようなことでも、義久は決して手を抜かないんです。それが、彼の魅力でもあり——弱点でもある。」


宗助の声が少し沈む。


「だからこそ心配なんです。あいつは忠誠を尽くすと決めたら、自分を犠牲にしてでも、その道を貫きそうで……。」


清雅はその言葉を静かに聞きながら、夜空を見上げた。


「宗助、あんまり深く考えすぎるな。そんなんじゃ、妖を仕留められなくなるぞ。」


「……分かりました。」


宗助は小さく頷き、錫杖を握り直した。


再び夜の闇が二人を包む中、清雅は白葉と黒霞を呼び戻し、歩き始めた。


「さーて、もう一仕事だ。妖は逃がすなよー、宗助。」





義明の前には、古びた和紙が何十枚も積み重ねられていた。紙面には濃墨で書き連ねられた呪詛の言葉が、余白すら残さずびっしりと埋め尽くされている。


「京の都よ、我が呪詛を受け入れろ……。太陽は沈み、月すらも輝きを失うだろう……。」


その内容は、京の住人すべてに疫病をもたらす呪いの言霊、朝廷の要人たちの心を蝕む呪い、そして京そのものを焦土に変える災厄を引き起こすための詩で満たされていた。


「七つの星よ、道を狂わせ、八百万の神々よ、京を捨てよ……。」


義明の身体は一目で分かるほど痩せ細り、骨が浮き出ている。


髪はまばらに抜け落ち、皮膚は血の気を失い、白く干からびたようだった。その姿は人間というよりも、すでに鬼の片鱗を漂わせていた。


「……滅びろ。すべて滅びろ……。」


ある夜、義明は呪いの書を握りしめたまま、義久を睨みつけた。


「義久……お前がやるのだ。この呪いを完成させろ……!」


「……何をッ!狂われましたか…!?それに私にそんな力はありません!」


「ならば……鬼になれ。鬼になれば、全てを可能にできる!」


「……鬼に、なる……?」


「そうだ。陰陽師であるお前が鬼の力を得れば、この呪詛を発動し、朝廷も京もすべてを滅ぼすことができるのだ!」


義明の声は次第に狂気を増し、彼の顔は完全に鬼の形相と化していた。義久は必死に首を振り、言葉を絞り出した。


「そんな…無理です!それに、鬼になるなど……そんな道理、受け入れられるはずがない……!」


「道理だと?道理など、何の役に立つ!今この瞬間、お前が動かなければ、菅原の名も、この無念もすべて無に帰すのだぞ!」


その瞳には涙すら浮かんでおり、狂気の中にわずかながら、家族や領地を守りたいという切実な思いが垣間見えた。


「鬼になるならば……この命、くれてやる……!」


その言葉は、義久にとって耐えがたいものであった。


「義明様……私は………ただ、義明様を…桜子を守りたかっただけなのです……。」


義久の目には、桜子の微笑む姿が浮かんでは消えた。


(京の都に厄災をばら撒くなんて鬼になったって無理だ……だが、このまま義明様を見捨てるわけにはいかない……。)


義久の胸中には、義明への忠誠と自らの信念が激しくぶつかり合っていた。


「義久……我が命を使え。そして……鬼になれ。」


義明の痩せた手が、震えながら義久の肩に置かれる。


「私の命は、もはやこの世に何の価値もない……。だが、お前にはまだ力がある。この怨念、この無念、この地獄のような思いを……お前が晴らすのだ。」


「そんなこと……できません!義明様!京の都に厄災が起きれば、関係のない大勢の民が犠牲になります……!そんな力を手にして、一体何が変わるというのです……!」


「義久……お前がここで引けば、菅原の名は……我々の血筋は……永遠に地に堕ちるのだ……。私はもう充分だ。妹の桜子もいない今、私には何もない……。だが、お前なら……お前なら、この怨念を形に変えられる。」


義明の手が自らの胸元に触れる。


「私の命を捧げよう。この命、全てをお前に預ける。だから、頼む!どうか……どうか、最初で最後の私の願いを聞いてくれ……義久……!」


義明が用意していた古びた祭壇の上には、彼が書き続けた呪いの書が積まれている。その隣には、一本の短刀。


「義明様……本当に、これが最善の道なのでしょうか……。」


義久が尋ねると、義明は笑みを浮かべた。その笑みは、鬼のように恐ろしいものだった。


「最善など求めていない。ただ、この無念を終わらせるだけだ。」


義明は短刀を手に取り、自らの胸元に押し当てた。


「……これで、お前は鬼となる。」


義明が短刀を胸に突き立てた瞬間、鮮血がほとばしり、呪いの書が一斉に光を放ち始めた。彼の血が祭壇を染め上げると、書かれていた呪いの文字が空中に浮かび上がり、緩やかに回転を始めた。


「滅びよ……朝廷……滅びよ……京……!」


義明の声は、もはや人の声ではなかった。それは呪詛そのものの響きとなり、寺全体を震わせた。


その瞬間、空中に浮かぶ呪文の文字が義久の身体に流れ込み、彼の全身を焼き尽くすような痛みが走った。


「ぐああああああああ!!」


義久の叫びが寺中に響き渡る。彼の身体が光に包まれ、髪は逆立ち、目は炎のように赤く光り始めた。


「……これでいい……すべて……義久、お前に託す……菅原を……頼む……。」


義明の体から最後の力が消えた瞬間、鬼と化した義久は深い悲しみの咆哮を上げた。


「あぁああぁあぁああぁあぁァー!!!」


義久の赤く光った瞳は怨嗟と復讐の誓いに満ちていた。


「………我こそは呪鬼、夜叉王なり。主人の無念を背に、京を滅ぼし、朝廷を滅ぼさん……!」


こうして、一人の陰陽師が忠義と怨念を糧に鬼へと堕ちた。その存在は、京の都を揺るがし、清雅や宗助たち陰陽師と激闘を繰り広げることになる。

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