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呪詛

広間に響くのは、官人が淡々と読み上げる声だけだった。


「菅原義明、一族郎党は反逆の罪により、全ての官位を剥奪し、領地を没収。領地は朝廷の直轄領とする。また、義明およびその近親者は九州への流罪を命じる。」


読み上げる声は冷たく、無感情だった。


義明の肩が震え、義久は隣で拳を握りしめていた。


(反逆の罪だと……?何もしていない義明様に、こんな濡れ衣を着せて……。)


義久の視線は義明に向けられていた。普段、どんな理不尽な状況でも冷静さを保っていた義明が、このときばかりは歯を食いしばり、抑えきれない怒りを全身で表している。


官人は最後に、決定的な言葉を突きつけた。


「鉄鉱山を含む菅原領は、直ちに朝廷の管理下に置く。以上、決定事項とする。」


その瞬間、義明の顔から血の気が引き、目が吊り上がった。


(……鉄鉱山だと?やはりこれが目的だったのか……!)


義明は荒い息をつきながら、その場で立ち上がった。そして、官人を指差し、震える声で叫ぶ。


「おのれぇええええ!謀りおったなぁあああ!!」


怒り狂った義明は官人に向かって飛びかかった。周囲の兵士たちが慌てて彼を取り押さえるが、義明の叫びは止まらない。


「反逆だと!?そんな罪、どこにある!?お前たちの狙いは初めから、鉄鉱山ではないかぁあああああ!!!」


義久はその場に立ち尽くしていた。自分が義明の立場だったら同じことをしていたかもしれない。だが、今ここで抵抗しても何も変わらないことは明白だった。


「義明様……!」


義久は声をかけようとしたが、その言葉は喉の奥で詰まり、義明が押さえつけられる姿を見ながら、一歩もうごけなかった。


「お前たちは朝廷の狗だ!人の命も信念も、すべて踏みにじってぇ……!許さん!絶対に許さんぞぉおおおお!!」


義明の怨嗟は、広間中に響き渡った。だが、官人たちは無表情のまま、何も反応しない。兵士たちも、ただ彼を押さえつけることに専念している。


その場の空気が、ますます重苦しくなっていく中、義久は義明の苦しみを胸に刻みながら、己の無力さを呪った。





広々とした座敷にて、藤原光昭は手にした扇を強く握りしめ、何かを思案しているようだった。その横で、清雅は縁側に寝転び、月を見上げていた。


「光昭様、どうすんのさ?」


清雅は飄々とした口調で話し出した。


「戦を止めろって言うから止めたけど、あれ、あまり意味ないと思うよ。状況、全然変わってないし。いや、むしろ菅原家を益々追い詰めちゃったよ。」


「うるさい!黙れ、清雅!」


光昭が苛立った様子で扇をバシンと床に叩きつける。


「今考えておるのだ!少し黙っておれ!」


「いやいや、考えるのはいいけどさぁ、選択肢はそんなに多くないでしょ?」


彼は指を折りながら説明し始めた。


「菅原家を助ければ、朝廷が敵になるし、朝廷の味方をすれば、日本中の有力者から『あいつ、やっぱり朝廷とグルじゃん』って思われるよ。どうすんのさ?」


光昭はその言葉にピクリと反応する。


「えーい、うるさい!あっちへ行っておれ!」


そう言って扇で清雅を追い払うような仕草をしたが、清雅はその場を動かず、今度は肘をついて光昭を見上げた。


「でも、もうお沙汰は決まっちゃってるしねぇ。流罪に官位剥奪、こうなるの、光昭様も気づいてたんでしょ?」


光昭は静かに目を閉じ、頭を抱えた。


清雅の言う通り、事態は既に手遅れだった。戦の火蓋が切られた時点で、菅原義明の運命は定まっていた。


(朝廷の思惑に薄々は気づいていたはずだ……それなのに…家人達の突き上げに乗ってまんまと動いてしまった。)


義明が反乱を起こそうとしていたという証拠など存在しなかった。事実、この処罰の背景にあるのは、義明の領地に存在する豊かな鉄鉱山だった。


「あいつら、本当に巧妙だよなぁ。」


清雅が手元に転がっていた小石をいじりながら、軽い調子で言う。


「菅原家の領地と光昭様の領地が隣接してるから、ちょっとした水利争いを煽れば簡単に対立が激化する。それを見越して朝廷は光昭様に支援を送ったんでしょ?で、戦争勃発~ってね。」


「……それ以上言うな。」


「それにさ、俺の位階を上げたのだって、水利争いが不発に終わった時の保険だったんじゃない?火種としてね。ほんと、妖よりも人間の方がよっぽど恐ろしいよ。」


「………もう、よい。」


「光昭様だって分かってたんでしょ?菅原家を潰せば、朝廷が鉄鉱山を手に入れることくらいさ。」


光昭は扇を強く握りしめ、静かに呟く。


「私は……利用されたのだな。菅原義明を罠に嵌め、反逆罪という名目で追い詰める。それが朝廷の計画だったのだ。」


「まぁ、そういうことだろうね。でも、光昭様も同じくらい被害者だと思うけど?戦をやめたのだって、菅原家への最後の情けでしょ?」


光昭は言葉を返さず、深く息を吐いた。そして心の中で、戦乱の火種を巻き起こした朝廷の策略に怒りを覚えながらも、自身の無力さを噛み締めていた。


「光昭様、俺の主人なのに……まさかここで清雅史上最長の説教をする羽目になるとはね。正直、少し同情しちゃうよ。」


その何気ない一言に、光昭は苦笑を浮かべ、再び視線を伏せて考え込んだ。





監禁された狭い座敷の一角に、障子越しの薄い月明かりが義久の顔を半分だけ照らしていた。


彼の手元には、橘宗助からの使者が差し出した文が握られていた。


それは陰陽寮からの申し出だった。新たな道を示す救いの手であり、同時に、義明を見捨てる選択を迫るものであった。


「義久殿、これは貴殿を救うための機会です。宗助様をはじめ、陰陽寮のお仲間の方々は、貴殿の安否を何より心配しております。」


「宗助……。」


義久は静かに文を畳み、目を閉じた。


(俺がこれを受け取れば、陰陽寮に戻り、平穏な生活を手に入れることができる……だが、それは義明様を見捨てるということだ。)


彼の目に浮かぶのは、義明の疲れ切った背中、そして義久自身に向けられた信頼の眼差しだった。


「使者殿。その申し出、ありがたく思います。陰陽寮の皆の気持ちも痛いほど分かる……だが、この文を受け取るわけにはいきません。」


「……なぜ、ですか?これは貴殿のため……!」


「俺は、陰陽寮の一員である前に、菅原義明様の家人だ。どんなに過酷な状況でも、義明様を見捨てることはできない。彼の元を離れることは、俺自身を否定することになる。」


その言葉に、使者は返す言葉を失い、静かに頭を下げた。


「……分かりました。貴殿の決意、確かにお伝えいたします。」




九州へ続く山道は険しく、冷たい風が木々の間を吹き抜け、雨が斜めに叩きつけてきた。


桜子は身重の体を必死に支えながら歩いていたが、次第にその顔色は悪くなり、息も荒くなっていた。


(桜子……無理をするな。どうしてこんなことに……。)


だが、義明はそんな桜子にも目を向けることなく、険しい表情のまま前を歩いていた。道中、彼は何かを呟いていることが多くなった。


「……すべてを滅ぼしてやる……朝廷も、京も……誰も彼も……」


その声は小さく、最初は何を言っているのか分からなかった。しかし、次第に呪詛のような言葉がはっきりと聞こえてくるようになった。


「……あの狗どもめ、必ず後悔させてやる……!」


義明の肩は道中で次第に痩せ細り、髪は乱れ、目には深いくまが浮かんでいた。彼はほとんど食事を取らず、ただ歩き続け、呪いの言葉を紡ぎ続けていた。


「義明様……少し、休みましょう……」


「止まるな。まだ行ける。行かねばならんのだ……!」


「義明様!皆もう限界です!これ以上無理をさせれば……死人が出ます!」


「……家人として、この運命を共にするのだ。それが菅原の一員としての責務だ……!」


ついに、一行は山の中の小さな寺にたどり着いた。


「桜子!しっかりしろ!」


義久は必死に声をかけたが、彼女の目は薄く開いたまま、焦点が合わなかった。義明はその様子を一瞥し、再び目を逸らした。


「運命だ……全てが運命なのだ……。」


義久はその言葉に怒りを覚えたが、それ以上何も言えなかった。ただ桜子を抱きしめ、その冷たい頬に涙を落とすしかなかった。


桜子が息を引き取ったその夜、義明は誰よりも早く起き上がり、古びた紙と筆を手に取った。そして、寺の一角に陣を敷き、呪詛の書を書き始めた。


「滅ぼす……全てを滅ぼしてやる……!」


義久はただ、桜子の亡骸を抱きしめながら、義明が書き続ける呪詛の響きに耳を塞ぎたくなる思いで過ごしていた。

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