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仕組まれた戦火

門の外から聞こえていた敵軍の怒号と破城槌の重い打撃音が、突然止んだ。その静けさが、かえって異様な緊張を生んでいた。


「……どうした?急に音が止まったぞ。」


義久は錫杖を握りしめながら、周囲を警戒するように見回した。兵士たちも息を飲み、押し寄せる異変に備えながら耳を澄ませている。


だが、次の瞬間――。


「ガコンッ!」


木製の門が不気味な音を立てて動いた。扉が内側から、ゆっくりと開かれたのだ。


「なっ、門が……開いた!?」


兵士たちが驚愕する中、義明が鋭い怒声を響かせた。


「誰だ!内部に裏切り者がいるぞ!」


門の前に立っていたのは、義久とともに戦いを続けていたはずの家人の一人、佐伯だった。彼の手には門を開けるための鍵が握られ、その顔には恐怖と後悔が滲み出ていた。


「佐伯、お前……!」


「申し訳ありません……!でも……家族を……守るためには、これしか……!」


義久はその場で佐伯を咎める余裕はなかった。


「門を再び閉じるのはもう不可能だ!全員、内部防衛の体勢を取れ!時間を稼ぐしかない!」


義久の指示が飛ぶ中、敵軍の歓声が門の向こうから高まり始めた。そして———。


「うおおおおおーーーーーー!!!」


門が完全に開き、待ち構えていた敵軍が猛然と雪崩れ込んできた。破城槌を構えていた敵兵たちが武器を掲げ、屋敷の敷地内へと突進してくる。


「全員、退け!結界を張る!後方へ!一歩でも多く下がれ!」


義久は錫杖を高く掲げた。その先端が白い光を帯びると、無数の小さな光の粒が空中で踊り始めた。


「来たれ、我が結界――邪を遮り、我が身を守れ!」


義久の言葉とともに、光の粒が一気に広がり、敵軍の先頭を遮るように半透明の壁を形作った。突進してきた敵兵たちがその壁にぶつかり、弾き返される。


「うわっ!何だこれは!?陰陽師だ!」


敵の後方から、指揮官と思われる男の怒声が飛ぶ。


「結界だ!奴らの中に陰陽師がいるぞ!気を緩めるな、突破しろ!」


しかし、弓兵の矢や槍が結界に次々と弾かれ、敵の前進は一瞬だけ止まる。その隙に、義久は兵士たちを後方へと下がらせた。


「全員、距離を取れ!結界が破られるのは時間の問題だ!準備を急げ!」


兵士たちは動揺しながらも義久の指示に従い、屋敷内部の防衛線を整え始める。


佐伯はその様子を見て、肩を震わせながら小さな声で呟いた。


「……義久様……あなたなら、この気持ちが分かるはずです……私は、ただ……家族を……」


その声に義久は振り向かず、静かに呟いた。


「佐伯、裏切りは許されない。だが……」


言葉を飲み込んだ義久の視線は、門の外に殺到する敵軍を見据えたままだった。その胸中には、義明への忠誠と、家人としての佐伯への微かな情が交錯していた。


その時、義久の脳裏に義明の言葉が蘇る。


(「義久、お前だけは私を裏切らないと信じている……。」)


義久は深く息を吸い込み、心の中で主人への忠誠を再び誓った。そして、錫杖を握りしめながら静かに呟く。


「義明様……私は最後まで、あなたを裏切りません。」


義久は再び敵軍に向かって錫杖を振り上げた。結界が一層強い光を放ち、敵兵たちの目を眩ませる。


戦場に漂う緊迫感の中、菅原家の最期をかけた戦いは、さらに激化していくのだった。



———屋敷内に、鋼の刃が交錯する激しい音が響き渡った。戦場の怒号、悲鳴、剣戟の音が重なり合い、阿鼻叫喚の嵐と化していた。


義久は錫杖を片手に、右手には刃を握りしめ、敵兵たちを相手に立ち回っていた。


「退け!屋敷に手を掛ける者、容赦せん!」


振り下ろされた槍を錫杖で弾き、体勢を崩した敵兵の喉元に刃を突き刺す。


「ギャァァ!!」


隙をついて背後から迫る影を感知し、無造作に錫杖を振り払うと、敵兵の顎を正確に打ち砕いた。


「うガァ?!」


「義久様!敵がさらに押し寄せています!」


悲壮感を漂わせる家人たちの声。義久は彼らを一瞥すると鋭く叫んだ。


「全員、奥の部屋へ下がれ!ここは私が抑える!」


「で、でも……!」


「命令だ!今すぐ行け!」


錫杖を地面に叩きつけ、立ち上る光が一瞬だけ敵兵たちを怯ませた。その隙に、義久は家人たちを奥へと退かせ、自らも退却しながら敵の追撃を阻む。


襖を閉ざし、奥の部屋に義明と義久、そして数人の家人たちが集った。外からは戦いの音が絶えず聞こえてくるが、この空間だけが不気味な静けさに包まれていた。


義明は壁際に座り込み、汗ばんだ額を手で拭う。だが、その瞳には疲労ではなく、燃え上がる憎悪が宿っていた。


「光昭め……!絶対に許せん。悪意のない態度を取りながら…裏では戦の準備をしておったのだ……!」


義明は拳を握りしめ、低く震える声で呪詛を吐く。


「私は……死んでもあの男を呪い殺してやる……!黄泉の底からでも、奴に災厄を送り続ける……!」


家人たちはその言葉に怯え、目を伏せる。誰も義明を止めることができなかった。


突然、義明が立ち上がった。そして、その腰に佩いていた刀をゆっくりと抜き放つ。


「もはやこれまでだ……皆、我と共に果てようぞ!」


義明の声は狂気を帯びていた。義久が驚愕し、止めようと叫ぶ。


「義明様、何を……!」


義明は腹に刀を当て、息を整える。そして全力で振り下ろそうとしたその瞬間———



———時間が止まった。


その場にいた全員が、何もかもが凍りついたような感覚に襲われた。刀を振り下ろしかけた義明の腕は途中で固まり、義久の叫ぼうとした声も喉に詰まったまま。


空気が張り詰め、すべてが静寂に包まれる。その時———。


「義明様、手を止めていただきましょう。」


襖が静かに開き、一人の男がゆっくりと歩み入った。彼の肩には闇鴉が止まり、背後には白龍が悠然と佇む。


圧倒的な存在感が部屋の空気を一変させた。


藤原清雅———またの名を、『白鴉』


帝から直接に賜った、その異名が、この場の全てを支配するかのように重く感じられた。


義明は彼の姿を見るや否や、その瞳には、憎悪と疑念が渦巻いていた。


(清雅……殿……?なんで、今更……)


「戦を止めに来ました。これ以上、血を流す必要はありません。」


(なんて勝手な…もうこれだけの血が流れた…今更、戦を止めたところで何がある…)


義久はただ静かに清雅の動向を見守ることしかできなかった。


戦乱の中心で、清雅がもたらす静寂は、まるで嵐の目そのもののように感じられた———。




清雅が『刻封の陣』を発動し、時間そのものを強制的に封じたことで、戦はなかったかのように静かに終息を迎えた。


その後、菅原義明をはじめとする親族や家人たちは、藤原光昭の軍勢によって護送され、京の都へと連行された。



夜の静けさに包まれた屋敷。監禁された小野義久は、狭い座敷の一角から、月明かりが差し込む小窓を見上げていた。


(なぜ、清雅殿は戦を止めに来たのだ……あのまま、戦火の中で死なせてくれた方が……義明様にとって良かったのではないか?)


狂気の中で憎悪に囚われた義明の姿が、ふと脳裏に浮かぶ。


(戦が終わった後、あの方はすっかり別人のようになってしまった……いや、違う。これは元々、義明様が心に秘めていた苦しみや絶望が、一気に溢れ出した結果なのだろう。)


その時、不意に一匹の小さなネズミが義久の足元へと走り寄ってきた。よく見れば、その身体には微細な術式が刻まれている。普通の動物ではない――式神だ。


「宗助か……?」


義久は低く呟きながら、ネズミをじっと見つめた。


橘宗助――陰陽寮に入った同期であり、数少ない友人だった。


宗助は藤原清雅の部下として、陰陽寮の実働部門である討伐課に属し、京およびその周辺で発生する妖や霊障の討伐を担当していた。


一方の義久は、儀式部門の祭祀課に属し、儀式や祈祷の準備を専門としていた。特に結界や祭壇の設営に長けており、工作部隊の中心人物として活動していた。


所属する部署こそ異なれど、二人は陰陽寮に入った年も同じで、どこか性格的にウマが合う部分があった。そのため、仕事を超えた関係性を築くことができたのだ。


(今も私を気にかけているのか……宗助。)


小さなネズミは義久の周りを少し歩き回ると、じっとその場で動きを止めた。まるで、何かを伝えたくて焦っているかのように見える。


「お前らしいな、宗助……私はいったいどうするべきか……。」


義久は微かに苦笑しながら、ネズミを静かに見つめ続けた。

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