霊対課と七星会
京都タワーの下、ひときわ目立たない場所に停められた黒いワンボックスカー。
その車内では、黒いスーツ姿の男がモニターを前に、緊張感のない空気を漂わせていた。
大村 鉄也は、ひときわ大柄な体をシートに預けながら、菓子をポリポリと噛み砕いている。
「また妖かいな……これで何件目や、今月」
手元のモニターに映し出された金閣寺の庭園を眺めつつ、大村が呆れた声を漏らす。
画面には、赤い目を光らせた狐の妖が映っていた。
「班長、今度は狐の妖っす! でも金閣寺の庭園っす。許可ないから入れないっす」
「許可なんかいらんやろが! 時間のムダや! 早よ捕まえぇー、逃したらあかんでー!」
部下たちはモニターに見入ったまま動かず、かえって困惑した表情を見せる。
「でも、班長……陰陽師協会の京都支部、誰もおらん状況で、俺らだけで行けって…マジっすか?」
「アホかお前、自分でやらんでどないすんねん!なんのために捕縛装置もっとるんや?! そんでな、金閣寺傷つけたら承知せんで!」
霊障対策課――警察の中でも異色の存在であり、国家の治安維持における裏方としての役割を担う特別機関。
妖だけでなく、陰陽師や異能力者といった法律を犯した者たちを摘発し、拘束する権限を持つ。
その時、部下のひとり、真島 志穂がコンビニ袋を手に車へ戻ってきた。
「はい、班長。アイスコーヒー買ってきました。で、また妖ですか? 最近、毎日のように出ますね」
志穂の声にはどこか呆れと諦めが混じっている。
「ホンマや! 異常やろ、どう考えても! 妖の増加がこんだけ激しいんは、絶対あいつら陰陽師どものせいや! 封印やら結界がどうにかなっとるんやろ!」
「それで班長、今度は誰をパクるつもりですか?」
「決まっとるやろが! 陰陽師ども全員や! まとめて根こそぎパクったる!」
大村の声が車内に響くが、その横で志穂は悠々とアイスコーヒーを飲み始めている。
「そんなこと言ってる間に、また妖が逃げますよ、班長。ほら、狐がモニターから消えました」
「な、なにィィッ?! 誰か捕縛装置準備せんかい! 急げ急げ!!」
その時、志穂のスマホが鳴り響いた。
「班長、京都駅ビル屋上で陰陽師と妖らしきものが暴れて、一般人にも怪我人が出てるみたいです」
大村の目がギラリと光る。
「なぁにぃ……! とうとう陰陽師どもがやりよったな? 全員パクったる! 行くぞ、お前ら!」
そう叫びながら大村は車を飛び出し、京都駅ビル屋上を見上げた。
広場では、まるで花火大会のように火花が散り、植木やタイルが次々に吹き飛び、下に落ちてきていた。施設周辺からは、人々の悲鳴が聞こえてくる。
「陰陽師どもめ……やりたい放題やないか。ええか、お前ら、今夜は根こそぎいったるぞ!」
霊障対策課のメンバーが車から飛び出し、大村の号令のもと、京都駅へと駆け出した。
***
紗月たちが封印石の調査を始める頃――。
京都、五条通り沿いの老舗料亭「天満楼」。格式高い庭園を囲むように設えられた個室の一つでは、七星会議が静かに幕を開けようとしていた。
室内には七つの名家の代表たちが一堂に会している。その顔ぶれは、いずれも京都における陰陽術の歴史を背負ってきた者たち。
部屋を囲む襖には、七芒星を模した見事な金箔の文様が描かれており、中心に設けられた七芒星を模した円卓には、すでに厳粛な空気が漂っていた。
「さて……宗近殿はまだ到着されていないのか?」
会議を取り仕切る当番の当主、蓮花院家の当主、蓮花院 朔馬が静かに口を開き、円卓の空席にちらりと視線を向ける。
「宗近殿は、例の封印石の件で多忙だそうや。遅れるのも無理ないやろ」
すかさず答えたのは、七星会の中でも最年長である三宅家の当主、三宅 篤信。
白髪交じりの頭を軽く振りながら、落ち着いた声で言葉を続けた。
「……でも、封印が解けたという話が事実なら、それこそ会議を優先してもらいたいわ。これは我々七家全体に関わる問題なのよ」
厳しい口調で言い放ったのは、西園寺家の当主、西園寺 早苗。
宗近の遅れを快く思っていない様子だ。
「まあまあ、落ち着いてください、西園寺殿」
場を和らげるように口を挟んだのは、明石家の若き当主、明石 清正。
彼は柔らかい笑みを浮かべながら、円卓に置かれた湯呑を手に取った。
「いずれにせよ、宗近殿が到着されるまでに議題を整理しておくのも悪くないでしょう。今回の会議は、それほど重要な内容を抱えているのですから」
その言葉に促されるように、他の当主たちもゆっくりと頷く。
外では料亭の庭園を流れる小川のせせらぎが聞こえ、場の重々しい雰囲気をわずかに和らげていた。
「では……京都府警の霊障対策課からの各家への事情聴取という噂、皆さんも耳にしているのではないか?」
まだ、当主になったばかりの、水無月家当主、水無月 《みなつき》 歌音が口を挟む。
「いえ、初めて聞きました。どういったことでしょうか?」
「ここ最近、京都府内で霊障事件が増加しているのは知っているな?」
「はい。それについては報告を受けています」
歌音が頷くと、朔馬はさらに言葉を続けた。
「ここ最近、京都では奇妙な霊障事件が続いている。その発生源が七家の結界や封印の影響範囲内で多発していることから、我々の管理に問題があるのではないかと、霊障対策課が七家を調査対象にしている」
「そんな……」
歌音の驚きの声に、今度は三宅篤信が静かに口を挟む。
「うむ。被害は一般人や文化財にまで及んどる。京都府警が動き出すのも当然のことや」
「そんなの……ただの推測じゃありませんか?」
歌音が声を荒げると、西園寺早苗が冷ややかな視線を向けた。
「推測かどうかは問題ではないの。重要なのは、彼らが我々を疑っているという事実よ。得体の知れない陰陽師なんか捕まえたくてしょうがないのよ」
「疑う、ですって? 七家は代々、この地を守ってきたというのに……!」
歌音が憤りをあらわにすると、早苗はさらに冷静な声で返す。
「……特級陰陽師だった神楽坂 緑の件もあるしね。神を降ろそうとするなんて――身の程知らずもいいところよ」
早苗は皮肉のこもった言葉を紡ぎながら、チラリと神楽坂家当主の神楽坂 義隆を流し見る。
義隆の顔には微動も見られなかったが、その手は膝の上でわずかに震えていた。
「神楽坂 緑が国家反逆罪で捕まったのは確かに衝撃だった。しかし、昨晩の封印石の件も影響するだろう。橘家が京都府警に報告せずに陰陽師協会へ直接依頼を出したことが、霊障の発生原因を知っていながら隠してると思われてもしょうがない」
「……橘家が?」
歌音が信じられないという表情を浮かべると、明石清正がやや軽い調子で口を挟む。
「まあ、宗近殿には宗近殿なりの考えがあったんだろうさ。ただ、それが京都府警の霊障対策課にどう受け取られるかは別問題だけどね」
朔馬が深い溜息をつき、手元の湯飲みに手を伸ばした。
「このままでは、七星会全体が疑惑の目で見られることになる。その前に、どう対処するかを決めなければならない」
「ですが、京都府警との直接対話は避けるべきでは?」
歌音が慎重な意見を述べると、三宅篤信が重々しく頷いた。
「そんなんが最善やろな。ただし、向こうがどこまで情報掴んどるかによるけどな」
蓮花院朔馬が静かに目を閉じ、再び口を開く。
「宗近殿が到着次第、彼の意見を聞こう」
神楽坂義隆は黙したまま拳を固く握りしめていた。




