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魂の浄化

「ギャァァァァァァァァァァァ!!」


 烈火童子の咆哮が月夜に響き渡る。


「熱いィィィィィィィィィィィ!!やめろォォォォォォォォォォ!!」


 黒炎が烈火童子の皮膚を焦がし、肉を焼き、魂の奥深くまで侵食していく。しかし、その黒炎は――烈火童子の中に潜む憎しみや苦しみを一つ一つ引きずり出していく。


「な、なんでだ!? 俺が何をしたって言うんだァァァァ!!」


 黒炎の中、烈火童子の目には過去の光景が浮かび上がる。かつての自分が村の広場に縛り付けられ、村の仲間たちが憎しみに満ちた目で自分を見上げている。


「炎を操るなんて人間じゃない……!」


「奴がいるから、また妖が呼び寄せられるんだ!」


「お前の炎が村を滅ぼす!」


「お前さえいなければ、俺たちは平和に暮らせたんだ!」


「燃えろ!その呪われた炎ごと消えちまえ!」




———かつて烈火童子は人間だった。




 名を「火遠かとお」といった。小さな村の鍛冶職人で、炎を操る天才として周囲から一目置かれていた。しかし、それが悲劇の始まりだった。


「火遠、お前が村を守れ!」


「火遠の力があれば、妖も怖くない!」


「火遠が作る刀は高く売れる、村の為にもっと作れ!」


 火遠は村人たちを守るため、昼夜を問わず武具を鍛え、炎の力で妖を退け続けた。


 しかし、その力が次第に村人たちの恐怖を煽るものになっていった。


「お前が村を呪ったのだろう!」


「その力がある限り、妖は来なくならない!」


「火遠を焼け! その炎ごと、この村から消し去るんだ!」


 火遠は縛り上げられ、村の中央に積み上げられた薪の山へと運ばれた。村人たちは口々に罵声を浴びせながら火を放つ。その瞬間、燃え盛る炎が火遠を包み込んだ。


「な、なんでだ……違う……違う! 俺は、みんなを守りたかったんだ……い、伊予はどこにッ?!」


 火遠の悲痛な叫びも村人たちには届かなかった。彼の体を焼き尽くす炎は、そのまま彼の魂をも蝕み、呪いと憎悪を植え付けた。


 そして、火遠は人の姿を捨て、鬼と化し村人を焼き尽くしたのだった———



———烈火童子は黒炎に包まれながら叫ぶ。


「なんでぇ……どうしてだぁ……熱いッ!! や、やめてくれェェェェェェェェ!!」


 烈火童子の叫びは、もはや過去の火遠そのものだ。黒炎が彼の身体を焼き尽くし、過去の痛みと現在の痛みが区別できなくなっていく。


「違う……違うんだッ! 俺は、みんなを守るためにッ……!」


 烈火童子の叫び声は、次第に弱々しいものに変わっていく。黒炎が彼の中に刻まれた、憎しみや悲しみを一つ一つ炙り出し、浄化しているかのようだった。


「熱いよ……助けてくれ……俺は悪くねェェェェェェェ……」


「ああ、お前は何も悪くない」


 その優しい声に、烈火童子の狂乱した動きが一瞬止まる。


「お、俺、は……悪く、ないの、か……?」


 烈火童子は黒炎の中で、呆然とした声を絞り出した。清雅は静かに頷き、言葉を紡ぎ続ける。


「ああ、お前は村の仲間たちのために、一生懸命に尽くした。それだけだ」


「……そうだ……俺は……村の仲間たちが好きだった……。伊予も俺のこと好きだって言ってくれた、みんなを守りたかっただけなんだ」


———子供たちが村の広場で遊び、火遠が鍛冶場で新しい鉄の遊び道具を作って渡した時の笑顔。


「火遠兄ちゃん! これ、すごい! ありがとう!」


———収穫祭で、仲間たちと肩を並べて酒を酌み交わし、笑い合った夜の光景。


「火遠、飲みすぎるなよ! 伊予に叱られるぞ!」


———妖が村を襲った夜、震える村人たちを背に、火遠が炎を操り妖を退けた時、仲間たちが口々に感謝を述べた場面。


「火遠、ありがとう! お前のおかげで助かった!」


———火遠が伊予のために、小さな花模様の髪飾りを渡した時、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。


「火遠……これ、すごく綺麗ね。ありがとう……一生、大切にするわ」


 それらの思い出が、烈火童子の意識の中に次々と浮かび上がった。


「火遠……お前の炎は呪いなんかじゃなかった。誰かを守りたいと願った温かい炎だ」


 清雅の言葉に、烈火童子は黒炎の中で微かに動きを止める。


「お前の炎は大切なものを守るために燃えた。ただ、それを恐れた愚かな人間たちがいた。それだけのことだ」


 烈火童子が動きを止め、黒炎に包まれたまま穏やかな顔になっていく。その目からは、一筋の涙が静かに流れ落ちた。


「お前はもう、憎む必要なんかない。憎しみも悲しみも、すべて置いていけ。もう休んでいいんだ」


「そうか……やっと……休めるのか……もう……炎に焼かれ続けることもないんだな……」


 黒炎が静かに収束していく。その中から、一筋の光が立ち昇り、闇を裂いて天へと消えていった。


 烈火童子だった者の姿は完全に消え去り、そこにはただ静寂だけが残った。


「火遠……次に生まれ変わったら、炎に縛られることなく、大切な人たちと笑って過ごせるといいな」


 清雅の言葉は夜風に乗り、月光の下でかすかな輝きを放ちながら消えていった。


「……さてと、次はお前の番かな?」


 清雅が鬼童丸を見据えると、鬼童丸は歯を食いしばりながら一歩後ずさる。


「……ッ!」


 しかしその瞬間、遠くからけたたましいサイレンの音が響き渡った。消防車やパトカーのサイレンが、次第に近づいてくる。


 それは、大きな音や振動、燃え盛る炎の灯りに気づいた人々が通報した結果だった。


「チッ……クソがッ! こんなところで終わってたまるか!」


 その言葉を残すと、鬼童丸は巨体を一瞬で縮小させ、少年の大きさに戻った。そのまま影に滑り込み、人目を避けるように素早く身を隠す。


 鬼童丸の姿は影の中に溶け込むように消えていった———。



「ふぅ……とりあえず、これでお役御免かな……勝手に紗月に乗り移ったから、後で文句言われそうだけど……」


 そう呟きながら清雅は辺りを見渡し、続けて小さく笑った。


「白葉、黒霞、ありがとう。次いつ呼べるかわからないけど、今回は助かったよ」


 その瞬間、地面から白葉が静かに飛び出してきた。


「清雅様、宗助の子孫たちは全員無事です。一ヶ所にまとめておきました」


「白葉、ありがとう。さすが頼りになるね」


 その言葉に白葉は静かに頭を下げた。次の瞬間、巨大な体がゆっくりと宙へと舞い上がる。


「清雅様、ご用命があればいつでもお呼びください」


 白葉は夜空へと上昇していく。やがて、その姿は月光と同化し、夜空に溶け込むように消えていった。


 清雅はその光景を見上げながら、ふっと小さく微笑むと、肩に止まる黒霞に目を向けた。


「黒霞も、ありがとうね」


 黒霞は無言のまま小さくコクコクと頷くと、その身を闇に溶け込ませるようにして消えていった。


「さて……どうなることやら」


 清雅は烈火童子が消えた場所で、何かを拾い上げた。その手に握られているのは、黒く輝く小さな玉――烈火童子の「呪核」だった。


 清雅はそのまま、紅子たちの元へ向かう。


「村瀬紅子さんですよね」


 紅子はその声に反応して顔を上げたが、目の前にいる人物――いや、紗月の体を借りた清雅を見て警戒を隠せない。


「紗月ちゃん……じゃ、ないわよね?」


「ええ、紗月の身体を一時的に借りています。紅子さんには、出来ればこのことを黙っていてもらいたいのです。紗月が橘家に警戒されるのは避けたいのでね」


「あなたの話を聞く義理が私にあるとでも? 守ってくれたようだけど、こっちから頼んだ覚えはないのよね」


「そうですね、頼まれてはいませんね。でも、なんの見返りもなしに受け入れる者は、俺にとって信用ならない。その点、貴方は違う。だからこそ……信用できる」


 そう言いながら、清雅は手のひらに載せた黒い玉――呪核を紅子の目の前に差し出した。


「これを差し上げます。対価として受け取ってください」


 紅子は目を見開き、呪核を見つめる。その異様な輝きと圧倒的な存在感に、一瞬、息を呑む。


「……なによ、これ?」


 しかし、声を震わせまいと無理に平静を装い、清雅から目を逸らすことなく問いかけた。


 清雅は柔らかい笑みを浮かべたまま言葉を続ける。


「烈火童子が持っていた力の源。炎の呪いが浄化され、純粋な力だけが残ったものです。どう使うかはあなた次第」


 その言葉に反応したのは、紅子ではなくポン太だった。


「おいおいおいおい!! それ、呪核じゃねえか!! マジで渡すのかよ!? あんた正気か!?」


 ポン太は焦った様子で、紅子の肩に飛び乗るようにして叫んだ。


「紅子、そいつを持ったらヤバいことになるぞ! 炎の呪いが完全に浄化されたかどうかなんてわかんねえんだぞ!?」


 清雅は軽く手を上げて、ポン太の抗議を遮った。


「心配ご無用、たぬ吉。この呪核は完全に浄化されています。危険性はない。それどころか……紅子さんのような炎術が得意な人には、これ以上ない武器になる」


「たぬ吉……?」


 ポン太は目を丸くしながら清雅を見上げた。


「ええ、なんとなく……たぬ吉だよね?」


 清雅が飄々とした口調で答えると、ポン太は顔を真っ赤にして飛び跳ねた。


「ふざけんな! 俺の名前はポン太だ! 勝手に名前変えるんじゃねえ!」


 なおも抗議しようとするポン太を、紅子は冷たく振り払い、呪核をじっと見つめた。


「なるほどね……あんたが言うほどの力があるってんなら、受け取らない理由はないわ」


 紅子は口元を歪ませながら呟き、ポン太の怒鳴り声を無視して呪核を懐にしまった。


「ふん……主導権を握られるのは癪だけど、使えるものは使わせてもらうわ」


「紗月のこともよろしくお願いします」


 その言葉とともに、清雅の気配がふっと薄れ、紗月は紅子の方にふらりと倒れ込んだ。


「紗月ちゃん!」


 紅子は慌てて彼女を抱き止める。軽い体が腕の中に収まり、彼女の無垢な寝顔が目に映る。


「何よ、急に……。ほんと、勝手な奴だわ」


 紅子は呆れたように呟くが、紗月をしっかりと抱きしめたその腕は、どこか姉のような温かさがあった。

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