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星読みに集う

 紗月が寝過ごして清雅に文句を言っている頃、京都市内を一望できる京都駅ビル屋上・大空広場は、多くの人々で賑わいを見せていた。


 夏の夜風が心地よく吹き抜け、観光客やカップルたちが夜景を楽しみ、そこかしこで賑やかな笑い声が響いている。


 その一角、京都の輝く夜景を背にして、ベンチに腰掛けている一人の少女――特級陰陽師の賀茂千紘かも ちひろの姿があった。


「はぁ……最悪」


 千紘は紫のネイルが輝く指先でスマホを弄びながら、月を見上げて呆れたように息を吐く。


「月が明るすぎっしょ。星、全然見えねえーし」


 彼女の見た目はどこからどう見ても”ギャル”そのものだ。露出の多い服装に派手なアクセサリー、ピンクのイヤリングが揺れている。


(ま、この前の星読みだと、京都に厄災が降りるのは明後日……だったはずなんだけどねー)


 彼女の脇を通りかかった男二人組が、すぐに興味を示す。


「お、見てみろよ。あの金髪の子、めっちゃ可愛くね?暇そうだし、チャンスじゃね?」


「お前、行けって。俺もフォローするから」


 意を決した男が千紘に声をかける。


「ねぇねぇ、かわいいお姉さん、これから一緒に夜景でも――」


「――無理」


「え、えぇ……まだ何も言ってないじゃん!」


「分かるから。あんたらナンパでしょ? 他でやってよ、うざー」


「……なんだよ、感じ悪ぃな……」


 不満そうに男たちが舌打ちをしようとした、その時。


———ゴオォォォォ……ッ!———


 突如、生ぬるい風が強く吹き抜けた。どこからともなく、不気味な気配が漂い始める。


「うわっ、何だ?」


 男たちがキョロキョロと周囲を見回していると――暗闇の中から、異形の”何か”が姿を現した。


 一匹は、毛むくじゃらの体に、猛禽のような鋭い爪と異様に長い首を持つ――鵺。


 もう一体は、浮かび上がった恐ろしい般若の面をつけ、女性らしい曲線のある身体をした――般若。


「……え?」


 男たちは二体の姿を見て、理解が追いつかない様子で呟いた。


「ハロウィン?……いや、これ、コスプレ? 誰かの着ぐるみか?」


「すっげぇ! リアルじゃん! 誰が入ってんの?」


 般若がゆっくりと男たちに近づく。その姿は明らかに異質で威圧感があった――だが、男たちはまだ気づいていない。


「エッチな身体したお面のお姉さん、俺たちと一緒に遊ばなーい♪」


 男の一人が軽口を叩きながら、般若の肩に手を置いた。


 その瞬間――



———「ドゴォッ!!!」———



 般若の膝が一瞬で男の腹を打ち抜く。


「ぐはっ……!!!」


 男の体は紙くずのように吹き飛び、周囲の群衆に突っ込んだ。人々の悲鳴が広がり、パニックが一気に広場を飲み込んだ。


「だ、誰か警察呼んで! 助けて!!」


「きゃあああっ! 何、何なの!?」


 観光客たちは叫び声を上げ、カップルたちは夜景どころではなく必死に出口を目指していた。


「ふん……人間どもが、くだらん」


 般若が低い声で吐き捨て、ゆっくりと顔を千紘の方へ向ける。鵺もまた、鋭い目で賀茂千紘を見つめながら呟いた。


「霊力のある生娘を見つけた。般若、捕まえるぞ」


「鞍馬に先を越された。馬鹿鬼の二人には負けられない」


 千紘はゆっくりと立ち上がると、面倒くさそうに息を吐いた。


「はぁ……マジで勘弁してほしいわー」


 空を見上げて、大げさに息を吐く千紘。


「でも、まー……こういうの、嫌いじゃないんだよね」


 彼女は腰のポーチから二枚の形代を取り出し、鵺と般若を挑発するように軽く掲げる。


「本番前の準備運動――ポジティブシンキングってやつっしょ!」


「天つ霊、地つ力、五行の理に従いて――我が声に応えよ!」


 力強い呪文の響きと共に、千紘の手から放たれた二枚の人形符が夜の闇に瞬く光を帯びる。


 京都駅ビルの屋上、大空広場の空気が一変し、周囲の喧騒が急激に引き裂かれるかのように静まり返った。


———「ズゥン……!」———


 光る人形符を中心に二つの呪術陣が浮かび上がる。一つは真紅に燃えるかの如き円陣、もう一つは静謐な光を放つ蒼き陣。二つの光が交錯し、辺り一帯にまばゆい霊気が放たれた。


祢宜篤信ねぎ あつのぶ! 鬼一法眼きいち ほうげん! 来なさいッ!!」


 千紘が叫ぶと同時に、人形符を中心とした呪術陣から光の柱が立ち昇る。


 一つ目の陣――紅い光の柱から姿を現したのは、平安時代の山伏――祢宜篤信ねぎ あつのぶ


 背丈は高く、額には神職の白布、腰には巨大な霊刀が輝き、背中には神社の注連縄を思わせる結界具が揺れている。


 彼は堂々と立ち上がり、千紘に一礼する。


「……主の召喚に応え、ここに参上せり」


 二つ目の陣――青白い光の柱から姿を現したのは、平安時代の剣豪――鬼一法眼きいち ほうげん


 風流な着物を纏いながらも、手には圧倒的な気を宿す霊刀を握っている。笑みを浮かべ、その場に現れるや否や、空気が一瞬にして戦場のように一変する。


「おや、千紘、今回はなかなか面白い舞台じゃないか——悪くない、よくやった」


 彼は余裕の表情を浮かべながら、刀の刃を軽く振るい、風切る音が広場に響く。


 鵺と般若は、その二体の出現に明らかに気圧された。


 特に鬼一法眼きいち ほうげんの気迫に、鵺がわずかに後ずさる。


「おい、般若……ただの娘じゃないぞ。こいつ……とんでもねぇ化け物を呼びやがった……!」


 般若も鋭い目で式神二体を見つめるが、その表情には焦りの色が浮かんでいる。


「生意気な……!」


 しかし、千紘は余裕の笑みを浮かべ、髪をかき上げながら言い放つ。


「さーて、明後日に備えての準備運動ってやつっしょ。篤信、鬼一、派手にやっちゃって」


「主の命、心得たり」


 鬼一法眼は不敵な笑みを浮かべ、刀を構える。


「任せな、千紘、思う存分に舞わせてもらおうか――!」


———京都の夜が、まるで千年前へと逆戻りしたかのような戦場と化した――!


 祢宜篤信が大地を踏み締め、霊刀を振り下ろす。結界具が放つ神聖な光が鵺へと飛び、空間ごと浄化するかのように重厚な力を放った。


 一方、鬼一法眼は流れるような動きで般若へと斬りかかる。溢れ出す鋭い殺気に、般若の表情が僅かに歪んだ。


 祢宜篤信と鬼一法眼、二体の式神が鵺と般若に斬りかかり、激しい火花が散る。


 霊刀と爪がぶつかり合うたび、轟音が広場に響き、空気に震動が伝わった。


 その異様な光景を、遠くの観光客たちは意味も分からず、幻想的な光と火花に見惚れ、夜景の一部として眺めている者も少なくなかった。


「……すごい」


「あの光、綺麗……」


「おっしゃー! 京都の夜景に火花散らしてやんよ――! 京都大花火大会だー!!」


 千紘の楽しげな声が、夜の京都に響き渡った。

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