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鬼襲来

長男の達也を本家に残し、ひとまず橘南家の屋敷へと戻った明良は、数人の世話役と共に大広間で報告書に目を通していた。


——室内は静寂そのもの。


筆が走る音や、紙をめくるかすかな音が微かに響くのみだった。


その時――。


風の入り込む隙間などないはずの室内で、机の上の紙がふわりと揺れた。


「……?」


明良が顔を上げると、どこからともなく小さな影が現れた。それは庭から駆け込んできたネズミの式神だった。


術式が浮かぶ小さな体は、明良の目にも明らかにただの動物ではないことが分かる。


ネズミの式神は明良の目の前でピタリと止まると、額を地面に擦りつけるように深々と頭を下げた。


そして、その場に霊符の姿へと戻る。


霊符が発するかすかな光と共に、莉乃の声がその場に響き渡る。


「……いやっ……お父さん、助けて……!」


その声は、遠隔で言葉を転写したとは思えないほど、莉乃の切迫した心情が生々しく伝わってくるような力強い言霊だった。


明良は、霊符を手に取り思わず立ち上がった。握りしめた霊符はかすかに温かい気がした。


「莉乃、どこにいる……!?」


周囲の世話役たちもざわめき始め、場の空気が一気に緊迫感に包まれる。


霊符にはそれ以上の情報は刻まれておらず、ただ莉乃の声だけが響き、かき消されていった。


「私は橘本家たちばなほんけに戻る、何かわかるかもしれん。後のことは頼んだ。」





「紗月ちゃん、悪いけど封印石の調査は、一旦中止するわ。分家の明良さんからの話で、どうやら娘さんに何かあったみたい。」


「えっ!?莉乃に……何があったんですか!?」


驚きと動揺を隠せない紗月。


言葉をかける紅子の表情もどこか険しい。悠希も無言で霊符を握りしめ、事態の深刻さを察していた。


そのとき、呑気な口調で清雅が不意に口を開いた。


「おっ、紗月、来たぞー!気をつけろよー!」


「……はぁ?来たって……何が——」


紗月が清雅に反論しようとしたその瞬間――


突如として不気味な音が響き渡った。



「ギギギギッ……ドーーーンッ!!!!!」



凄まじい破壊音が屋敷を震わせた。


結界が完全に破られ、大地が大きく揺れ動く。


地震のような振動で屋敷中の調度品が床に叩きつけられ、柱がきしむ音が響いた。


「………!?」


紗月は呆然と立ち尽くし、何が起こっているのか理解できずに目を見開いたまま固まる。


紅子と悠希もすぐに身構え、周囲を見回しながら緊張の色を浮かべている。


「……来たわね……!」


紅子の低い声に応えるように、屋敷の正面玄関から聞こえる不気味な足音。


——やがて、その姿が現れた。


異形の少年が、凶悪な笑みを浮かべながら堂々と屋敷の中へ足を踏み入れる。


赤黒い肌に異様に長い両腕を持つ鬼童丸は、圧倒的な怪力を象徴するように大きな石の塊を肩に担ぎ、興奮したように目を輝かせていた。


その後ろには、全身が炎を纏った烈火童子が続く。


「おいおい、蜘蛛の巣みたいな結界じゃねえか!一撃で簡単にぶっ壊れたぜ!親父が言ってた通り、この時代の陰陽師は雑魚だな!」


「……何や、あの化け物……」


紗月は声を震わせながら呆然と立ち尽くす。


目の前に広がる異常な光景が信じられなかった。


身体が動かない――ただ、恐怖が全身を支配している。


烈火童子は炎を纏いながら、鬼童丸に軽く肩を叩いて声をかける。


「遊びすぎんなよ、鬼童丸。おやっさんの命令だ、手際よくやらねえと怒られるぜ?」


「分かってるって!でもせっかくここまで来たんだ、少し暴れさせてもらわねえとな!」


鬼童丸は肩に担いだ石の塊を勢いよく放り投げ、屋敷の壁を一撃で破壊した。


その衝撃に屋敷全体が再び揺れる。


「紗月ちゃん、ここは危険よ。少し下がってなさい。」


しかし、紗月の足は震えたまま動けない。


(なんや、あいつら……人間ちゃう……こんなの、どうしたらええん……)


一方、清雅はドヤっとした笑みを浮かべながら、ぽつりと呟いた。


「ほらぁー、言っただろ?来たって。」


「……清雅、なんでそんな呑気やねん!?」


「えっ、焦ってもしょうがないでしょ?大丈夫大丈夫!…紗月は守ってあげるよ。」


「いやいや、さすがに焦るわ!それに何も出来ひんくせにどうやって守るねん!」


紗月は思わず声を荒げるが、目の前の状況に再び呑まれていった。


鬼童丸と烈火童子――その存在感は圧倒的で、周囲の空気を歪めるほどの悪意が漂っている。


鬼童丸が周囲を見渡し、愉快そうに笑い声を上げた。


「おい烈火童子、見ろよ!霊力が集まってるから来てみりゃ、ちょうど霊力のある女が三人揃ってんじゃねぇか!俺たち、運がいいな!これで全部解決だぜ!」


烈火童子は冷ややかな目で鬼童丸を睨みつけ、ため息をつきながら呆れたように言った。


「よく見てみろ!必要なのは霊力のある生娘三人だぞ?どう見ても一人、生娘じゃないのが混ざってるだろうが!」


その言葉に鬼童丸は目を細め、じっと紅子を見つめた。そして、突然手を叩きながら笑い出す。


「あっ、本当だ!一人ババアが混ざってたぜ!でもよ、二人はちゃんと生娘だろ?こいつは幸先いいじゃねぇか、烈火童子!」


二人の下品な会話が屋敷中に響き渡る。


紅子の額には青筋が浮き出ている。明らかに尋常ではない怒りを抱えていた。


「……誰が……ババアですって……?」


その声は低く、凄まじい怒気が込められていた。紅子は拳を握りしめ、足元の床を力強く踏みつけた。


「それによぉ、烈火童子、霊力あるし、別にババアでも構わないんじゃねえか?一応連れて帰るか?」


次の瞬間――


「このっ、クソガキどもっ!!!絶対に泣かすッ!!!」


紅子が怒りを爆発させ怒り狂った様子に、鬼童丸は目を見開き、烈火童子は軽く引きつった笑みを浮かべた。


悠希は、女性たちが目的と冷静に判断し、彩花と紗月に向かって声を張り上げた。


「紗月ちゃん、彩花ちゃん、こっちに来てください!」


悠希は即座に霊符を取り出し、空中に放り投げると、複雑な印を結びながら呪文を唱える。


霊符が輝き、周囲に結界が張られた。


「ここで安全を確保します!急いで!」


しかし、紗月はその場に立ち尽くし、目の前で繰り広げられる異常な光景にただ呆然としていた。


「……なんなん、これ……夢やろ……?」


紗月の心は現実感を失い、目の前で激昂する紅子、悠然と迫る鬼童丸と烈火童子、必死に結界を展開する悠希――すべてが現実離れして見えていた。


「紗月ちゃん、早く!」


悠希の声にハッとした紗月は、急いで結界内に飛び込んだ。


しかし、振り返ると彩花が結界の外でじっと立ち尽くしているのが目に入った。


「彩花様!早うこっちに来てください!」


紗月は焦り混じりの声で叫ぶが、彩花はその場でじっと何かを考え込むような仕草を見せている。


「……私も戦う!」


「な、なんでですか!?彩花様、危ないですよ!早うこっちに来てください!」


紗月の必死な声にも、彩花は無言で首を振る。


そして、紗月の方を振り返り、毅然とした声で言った。


「紗月、心配してくれてありがとう。でも大丈夫。私は戦う。だって私、陰陽師だもの!」


その言葉には迷いがなく、彩花の瞳には強い意志が宿っていた。


「彩花様……」


紗月は言葉を失いかけながらも、彼女の決意に圧倒されていた。


悠希は彩花を見つめた後、静かに頷いた。


「わかりました。気をつけてください。」


その時、横から力強い声が響いた。


「よく言った、彩花。奴らを逃してはならん。捕まえて目的を吐かせるぞ!」


彩花の兄である雅彦が剣を握りしめながら現れた。


続いて、明良や分家の跡取りたちも次々に戦闘態勢に入った。


霊符や術具を手に取り、それぞれがそれぞれの役割を理解して動き始める。


「我らの使命は、橘家を守ること――そして、奴らの目的を知ることだ!」


明良の鋭い声が場の空気を一層引き締めた。


その一方で、紗月は彩花の背中を見つめながら、胸の中がざわめいていた。


(なんでや……彩花様、あんなに強い意志を持っとるなんて……うちにはできひんことや……。)


結界の中で震えながら、紗月は自分の無力感と葛藤していた。


——そして、戦闘の幕が切って落とされた。

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