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浄化しました☆/襲撃されました☆

 輝守が台座の封印札をゆっくりと剥がした瞬間、濃密な瘴気が空間へ噴き出した。


「っ……!」


 紅子は顔をしかめながら手を伸ばし、黒い呪核のひとつをつまみ上げる。


「これを切り札にするなんて……正気の沙汰じゃないわね」


「飲み込んだ人間が言っても説得力がないな」


「私が飲んだあれとは……明らかに違う。これは嫌な感触しかしない」


 輝守が顎をしゃくった。


「——で、どっちから試すんだ?」


 紅子は手にした呪核を、そっと台座に置いた。


「面倒だから、まとめてやるわ」


「は?」


 ———パチン。


 指を鳴らした瞬間、紅子の周囲に黒炎が巻き起こった。


 炎は意志を持つかのようにうねり、紅子の指先一本へと吸い込まれるように収束する。


「……ふぅ」


 紅子が静かに息を吐くと同時に、黒炎は火種のような粒となり——呪核へ向かって飛び込んだ。


——じゅうううううッ……!!


 呪核内部が黒い渦で満たされ、悲鳴にも似た低い唸りが結界を震わせる。

 黒炎は呪いそのものを貪るように、赤黒く脈打ちながら燃え上がった。


 二人は息を呑み、ただその光景を見守った。


 ——やがて、黒炎は跡形もなく収束した。


「……ほんとに、終わったのか?」


 輝守は信じられないという顔で呟く。


「わからない。黒炎で浄化なんて初めてだもの。けど……さっきまであった禍々しい感じは、完全に消えてる」


 紅子はぱっと顔を上げた。


「そうだ! 長官、試しに飲んでみません? 新しい力も入るし、一石二鳥」


「っ……なぁ!? バカなことを言うな! こ、ここの呪物は国に所有権があるんだ! 勝手に使えるわけ——」


「飲みたくないって素直に言えばいいのに」


「ち、ちがう!!」


「言ってるようなものです」


「……とにかく! 一度、清雅殿に確認してもらおう。持っていけ」


 そう言って、呪核を紅子に押しつけた。


「所有権がどうとか言ってませんでした? 私に持たせていいんですか?」


「い、いいんだ! これは、一時預かりだ!」


 紅子は盛大なため息をついた。


「しょうがないですね……。じゃあ明日、京都に戻るついでに持っていきます」


 輝守はようやく肩の力を抜いたように、小さく息を吐いた。


「……任せた」



 ***



——バタン。


 長官室へ戻った輝守は、深く息を吐いた。


「……ふぅ。危なかった……」


 額の汗を袖で拭いながら、輝守は振り返って鍵を二度、三度確認する。


「まさか……飲め、と言われるとは……村瀬が言うと冗談に聞こえないからタチが悪い……」


 輝守はデスク下の、何の変哲もない木製の引き出しへ手を伸ばした。


 次の瞬間——


——カチッ。


 そこには、誰にも知られてはならない“秘密の二重底”が仕込まれていた。


 輝守は慎重に板を外し、中から一冊の小さな冊子を取り出した。


 表紙には、少女の笑顔とキラキラした文字。


『マジカル☆リリちゃん 公式占いBOOK!』


 表紙のリリちゃんが、満面の笑みでウィンクしている。


「……たしか、今朝の占い……」


 輝守はごくりと唾を飲みこみ、恐る恐るページを開く。


 そこには、キラキラした文字でこう書かれていた。


◆今日のラッキー占い◆


 《おとめ座》の君へ♡


★★★きょうは超アンラッキーデー★★★

 危険な物を飲むと死ぬかも♡

 ぜったい口に入れないでねっ♪


☆ ☆ ☆本日の注意事項☆ ☆ ☆

 お友達のお家はキケンがいっぱい!

 あそびにいくのは、ぜったいダメ〜っ♡へんな人がくるかも?


 リリちゃんの可愛いイラストの横には、なぜか爆弾を飲んで盛大に爆発しているマスコットキャラが描かれている。


「……っ!!」


 輝守はページを閉じ、両手で顔を覆った。


「…………本当に危なかった……」


 椅子にもたれかかりながら、天を仰ぐ。


「陰陽師協会のトップが、占いで判断するなど……あるまじきことだ……。だが……リリちゃんの占いは、侮れん……! 去年も“花粉症注意☆”の日に、誰よりも重症になったし……」


 そこまで呟いたとき、不意に背筋が震えた。


(——飲んでいたら死んでいたかもしれん……!)


「リリちゃん……今日も私を救ってくれてありがとう……」


 デスクの上の、整然と並んだリリちゃんフィギュアたちを見つめ、目を細める。


「……日々感謝すること、それが強さだと……リリちゃんは教えてくれる……」


 その瞬間、輝守のスマホが鳴った。

 表示されたのは、久我凛からのメッセージ。


『長官、新しい呪物の扱いについて政府と協議があります。すぐ会議室へお願いします』


「……はぁ。まったく、自由な時間が欲しい……」


 輝守は立ち上がり、そっとリリちゃんを引き出しに収め、静かに鍵を回す。


「……まぁ、時間があっても、友達の家に行く予定はないけどな……」


 ぼそりと付け足す声は、誰にも届かない。



 ***



 ——京都・橘東家。

 本家が改築中のため、紗月たちが身を寄せる屋敷。


 夕暮れの色が庭石を赤く染める中、勇真は中庭の石の上に静かに腰を下ろし、座禅を組んでいた。


「……オン・アビラウンケン・バザラダトバン……」


 竹林を渡る風が衣を揺らし、比叡山の朝のような冷たさを運んできた。


(……落ち着け……)


 ゆっくりと目を閉じる。

 だが瞼の裏で、ここ最近の怒涛の光景が渦巻いた。


(比叡山での修行、順調だったのに……)


 十三歳で比叡山へ送り込まれ、五年間。

 密教の教義も修験道の術も身につき、師からも「次の代を任せられる器」とまで期待されていた。


(陰陽師なんて、もう関係ないと思っていた。橘家の名前も……全部、捨てたはずだった)


 そのはずだったのに——。


(兄貴は再起不能。彩花は行方不明。家は半壊して、本家に戻れって言われて……勝手に学院に転入させられて……)


(陰陽師なんか、もうやるつもりなかったのに。なんで俺が……今更……)


(比叡山でなら、俺の力が役に立って、望まれて、未来があった。でも戻ってきたら、全部理不尽の塊みたいな現実で……)


 深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。


「……オン・アビラウンケン……バザラダトバン……」


 自分に言い聞かせるように、呼吸を整える。


(落ち着け……まだ混乱してるだけだ。焦るな。怒りに飲まれるな。比叡山で学んだだろ、心を整えれば、道は見える——)


 闇と光が交じる中、勇真は静かに目を開いた。


「……はぁ」


 吐息は白く、どこか痛々しく空に溶けていく。


(……なんでこんなことに……)


 それでも、もう一度姿勢を整えた。


(全部整理しろ。まずは……心を静かに)


 そして再び、念仏を唱えた。


「オン・アビラウンケン——」


——その時。


——ピンポーン。


 集中を切らすチャイムの音。


 勇真は片目をわずかに開き、眉をひそめた。


(……はぁ。静けさってやつは、長続きしねぇな……)


 誰かが玄関へ向かう足音が聞こえる。

 勇真は座禅を解かず、その気配に耳を澄ませた。


——ガラリ。


「夜分遅くに失礼いたします。橘紗月様は、ご在宅でしょうか?」


 玄関先で、古くから橘東家に仕えている使用人・志乃しの が答える。


「紗月様でしたら、お戻りは遅くなります」


「——それは残念、では、こちらで待たせてもらいます」


「失礼ですが、お引き取りください。ここは橘東家の屋敷で——」


「ええ、存じております」


——メリッ。


 男の手が玄関扉の木枠を、まるで紙のように握り潰していた。


「や、やめ——っ!!」


 黒い衣の者たちが無言で踏み込み、志乃を壁へ叩きつける。


——ドサッ。


(いやいやいや……なんだよ急に……何が起きてるんだ?!)


 勇真は急いで、錫杖を掴む。


——カツン。


 庭石を蹴って立ち上がると、勇真はすぐに走り出した。


「志乃さん!」


 玄関の前に飛び出すと、黒い衣の男たちが立ち塞がっていた。

 その手前で、志乃が倒れてるのを見て、思わず声が漏れる。


「……何やってんだお前ら……!」


 錫杖を肩に担ぎ、息を荒げながら言葉を絞り出す。


「人ん家に勝手に踏み込んで……頭おかしいのか?」


「あなたは……橘勇真殿ですね。比叡山の修験者」


「……名乗ってねぇけど……なんで知ってんだよ」


「神はすべてをご存知です」


 男は一歩進み、礼儀正しく頭を下げた。


「我々は、“橘北きつほく”様をお迎えに来ました」


「……は? 橘北きつほく? 紗月のことか……?」


「やはり……そうなんですね……」


 男が軽く右手を振る。


「もう、どんな手段を使ってでも連れて帰るしかありません」


 男の後から、複数の影が現れる。


(——マジでふざけんなよ……戻ってきてからイヤなことしかねぇ!)


「上等だ……やってやるよ。比叡山舐めんな」

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