Epi 普通の子に届いた声
長い間、空けてしまいすみません……!
気持ちはずっと書く気だったんですが、手が動きませんでした。
今日からまた再開します。週2〜3くらいで更新していきたいです。
ゆるっと読みに来てもらえたら嬉しいです!
出雲市駅の近くにある落ち着いたカフェは、午後のやわらかな日差しで満たされていた。
通りに面した窓際の席で、彩花はひとり、湯気の立つぜんざいを前にため息をついた。
(……あの三人……)
ついさっきまで一緒に歩いていた。
白いTシャツ姿でも隠しきれない完璧美人・葛葉。
サングラスと帽子で顔を隠していても、人の目を奪うスタイルの神楽坂緑。
そして、街行く人まで黙らせる端正な顔立ちの夜叉王。
駅へ向かう道すがら、通りすがりの人たちは皆振り返る。
「モデルか?」
「撮影の人かな」
「うわ、あの男の人イケメンすぎ……」
「いや、女の人もスタイルやば……」
そして、必ず最後に聞こえてくる。
「え……あの子だけ普通じゃない?」
(……事実なんだから、反論もできないよ……)
その“普通の子”である彩花は、ぜんざいの餅をつつきながら、静かに落ち込んでいた。
「——あれ、彩花ちゃん。こんなところにいたんだね」
やわらかい声が頭上から降ってきた。
「え……小熊さん?」
顔を上げると、向かいの席に中年の男性が立っていた。
くたびれたジャケットに白いシャツ、急いできたのか額にはうっすら汗が浮かんでいる。
そして優しげな目元と、穏やかすぎるほどの雰囲気。
どう見ても “凶悪異能者” の一味には見えない。
「探しちゃったよ。急に離れちゃったから心配してね」
そう言いながら、小熊修一はふわりと笑い、空いていた向かいの席に腰を下ろした。
「あのね、旦那がさ。もう少しこの辺りに滞在することになったって。『橘の娘は自由に観光でもしていい』って言ってたよ」
「……そうなんですね」
スプーンを持つ手が、どこか力なく揺れる。
「ふふ……彩花ちゃん、今日は少し元気がないね」
「……別に。ちょっと疲れただけで」
小熊は、まるで全てを見透かしたように穏やかに目を細めた。
「大丈夫だよ。旦那も、彩花ちゃんのことはちゃんと気にかけてるから」
「……っ」
自分でもはっきり言語化できない劣等感や疎外感を、そのまま言い当てられたようで、思わず顔が熱くなる。
「ここ数日、いろいろあったもんね。気を張ってたでしょ。無理してないか気になってたんだよ」
小熊が笑うと、ふしぎと周囲のざわつきが遠のき、まるで柔らかな風に包まれるような安心感。
(……小熊さんって、本当に不思議な人……)
「じゃあ、僕はそろそろ戻るよ。なにかあったら、携帯にすぐ連絡してね」
席を立とうとする小熊の背中に、思わず声が飛んだ。
「あっ……小熊さん」
「ん? どうしたの?」
「……ひとつ、聞いてもいいですか」
彩花は言いにくそうに、ぎゅっと膝の上で手を握る。
「ずっと気になってたんですけど……」
小熊は不思議そうに首を傾げ、やさしい眼差しを向けてくる。
「小熊さんって……なんで『特別異能者収容施設』にいたんですか?」
その問いを聞いた瞬間——
小熊の動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
「……はは」
が、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「そんなに不思議かな?」
「だって……小熊さんは、ほんとに“普通の人”だから」
彩花は、続ける。
「他の異能者の人たちは……圧倒的っていうか、すごく強いのが分かるし。緑さんは……なんというか、危険な雰囲気があるし……」
「でも小熊さんは……全然そうじゃない。礼儀正しいし、優しいし、前は市役所で働いてたって聞いたし……」
「他の皆さんみたいに“怖い過去”があるようには思えないんです」
小熊はしばらく黙ったまま、彼女を見つめていたが——
「……ありがとう」
「え……?」
「僕はね……たぶん、“普通”じゃなかったんだよ」
「普通……じゃなかった?」
「そう。普通のつもりだったけど、気づいたら“危険人物”扱いされていた」
柔らかい声のまま、しかし少しだけ影を落とすように続ける。
「でも、話すと長くなるからね。今日はやめておこう」
「……あ、小熊さん……」
「心配しないで。僕は、彩花ちゃんの味方だから」
そう言い残し、小熊修一は軽く手を振って店を出て行った。
(……普通じゃなかったって……どういう意味だろう……?)
——小熊が去ってしばらく後。
店内の少し離れた席から、騒がしい声が耳に入ってきた。
「だからさぁ、あの京都の事件ってやつ? なんだっけ、霊障? あれさ、出雲の“特級陰陽師様”が現場にいたのに、結局止められなかったんだって?」
「そうそう。テレビでやってたわ。結局、鬼と戦ったのは賀茂千紘って若い陰陽師だけで、他の陰陽師は役に立たなかったって」
「特級って名ばかりなんだなぁ、結局」
そのすぐ横——
年は彩花と同じくらいの少女が、拳を握りしめながら立ち上がった。
「——なにそれ。勝手なこと言うな!」
胸元には「出雲大社 神楽矢」の紋が入った名札。
「なんだよ、急に……別に事実を言っただけで」
「あなた達は現場にもいなかったくせに……テレビの話だけでわかったような口をきかないで!!」
「現場って……お前はいたのかよ?」
「……っ!」
少女は悔しそうに口を閉じた。
「ほらみろ。結局、陰陽師なんて口だけで鬼と戦えるやつなんて一握りだろ?」
(……陰陽師が……口だけ?)
その瞬間。
——彩花の中で、スイッチが入った。
ゆっくりと席を立ち、気づけば、少女の横に立っていた。
「それ、違いますよ」
「えっ……?」
少女が驚いた顔で彩花を見る。
観光客の視線が二人に集まる。
「陰陽師が“口だけ”なんて……あの場所で戦っていた人たちに対して、あまりに失礼です」
彩花の声はただ、まっすぐに、はっきりしていた。
「見えない場所で守って、支えて、誰にも知られずに霊障を止めてる陰陽師のほうが、よっぽど多いんです」
観光客は気まずそうに眉をひそめた。
「なんだよ、お前は関係ないだろ——」
「ただ事実を知らないまま馬鹿にするのはやめたほうがいい、って言ってるだけです」
最初に騒いでいたグループは、気まずそうに顔を見合わせると——
「……行こ」
と、小さな声で席を立った。
去っていく背中を、少女は怒りの余韻が残った目で見送った。
そして——彩花を見る。
「……すご……」
「え、えっと……ごめん、勝手に口出しちゃって」
「ううん! むしろ、ありがとう……!」
少女はぱっと笑顔になった。
さっきまでの怒気が嘘のように晴れている。
「……君は観光で出雲に来たの……?」
「うん。まだ来たばかりだから、よくわからないけど……」
その真っ直ぐな瞳に、彩花は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……この子、見た目もしゃべり方もかわいいし……なにより、すごく素直な子だ……)
「もしよかったら……僕もぜんざい、一緒に食べてもいい?」
「えっ……あっ、うん!」
少女は席にちょこんと腰かけて、ぱぁっと笑顔を見せる。
「じゃあ改めて……僕、稲葉美鈴っていいます。よろしくね!」
「……稲葉さん?」
「美鈴でいいよ。ね、君は?」
「あ、私は橘彩花です。……彩花でいいよ」
「うん、じゃあ彩花ちゃん!」
ぜんざいを食べながら他愛のない話をしていると、美鈴がふと箸を止める。
「ねぇ彩花ちゃん。観光って言ってたよね? 出雲大社、もう行った?」
「まだ。……駅から出たばっかりだし」
「なら、案内してあげよっか?」
「えっ……いいの?」
「もちろん! 僕、出雲大社で巫女の仕事してるし。慣れてるからね!」
「……巫女さんなんだ」
「うん! 売店の仕事や神楽のお手伝いとか、いろいろ!」
その笑顔につられて、彩花も思わず笑ってしまう。
「じゃあ、行こっ! この時間なら人も少ないし、ちょうどいいよ!」
「うん、お願い」
二人は席を立ち、並んでカフェを後にした。
***
夕方の光が少しずつ傾き始め、参道を照らしていた。
「ここが勢溜の大鳥居。出雲大社では“参道の最初の結界”って言われてるんだよ」
「結界……」
美鈴は慣れた足取りで参道を進みながら、丁寧に説明してくれる。
「この先に拝殿。その奥が本殿なんだけど……そっちは神域に指定されてるところも多いの」
「神域……」
「普通の人は入れない場所があるの。でも、風が通る音とか、土の匂いとか……なんだか特別なんだよね」
嬉しそうに話す美鈴を見ていると、彩花の心のざわつきも少しずつ晴れていく。
「彩花ちゃん、ここで写真撮る? この辺が映えるよ!」
「うん、じゃあ――あれ? 美鈴ちゃん?」
美鈴が少し先に歩いていき、何やら別の観光客に質問されて立ち止まったようだった。
彩花はその場で待とうとした。
が。
ふいに。
風が、吹き抜けた。
参道の左側。
普通なら通らないはずの、木々の奥。
(……なんだろ、今の……)
まるで、誰かに名前を呼ばれたような――そんな感覚。
──こっちへ。
気づけば彩花の足は、参道の脇道へと自然に動いていた。
「彩花ちゃん? ちょっと待っててねー、すぐ行くから!」
美鈴の声が遠のく。
彩花は返事をする前に、木々の間へと足を踏み入れてしまっていた。




