戦神託の代償
——短刀を振るう。
ただ、それだけのはずやのに——身体が勝手に動く。
いや、違う。うちが動かしとるんや。けど、頭の中には見たこともない戦場の記憶が流れ込んでくる。
——風が吹く。土の匂い。血と鉄の味。戦場の熱気。
——誰かが叫ぶ。剣が折れる。死がすぐそこにある。
そんな場所で、何百回、何千回と繰り返された戦い。
それを経験したかのように、うちは斬り、避け、受け流す。
(……ッ、すごい……!)
まるで——生まれた時から、この剣の道を歩いてきたみたいや。
——ギィンッッ!!!
鬼一の一閃が、紙一重で頬を掠める。髪が一本、宙を舞い、数ミリの差で短刀が空を切る。
(——やばっ! さっきより速度が上がっとる!)
「——旋刃!!!」
千紘の霊符が空間を裂き、風の刃が鬼一の斬撃と完璧に連携を取るように襲いかかる。
(連携がスムーズすぎる……!? まるでこっちの動きを読んどるみたいや!)
風の刃を避けた瞬間——そこに鬼一の剣がある。間合いを外したはずなのに、鬼一の刃が迫る。
回避行動が、次の攻撃の誘導になっている——先回りされてる!?
「……くっ……!!」
短刀をすんでのところで滑らせ、風の刃を足元でいなしながら鬼一の斬撃をギリギリで受け流す。
だが、鬼一の流れるような踏み込み——連続した斬撃の嵐。
——シュッ!シュッ!ギィン!ギィン!
目に見えぬ速度の剣戟が、空気を引き裂く。
——手遅れれば即死。
そんな戦場の流れの中で、身体は勝手に反応し、剣を振るっていた。無駄のない軌道、力の流れ、最適なカウンターのタイミング——全部、わかる。
「……ッ、楽しい……?」
背筋がゾクリとする。
これは……うちの感情なんか? それとも——いや、違う。今、うちの中には”誰か”がいる。
無名の剣士、歴戦の兵士、生き抜いた者たちの“意思”が。
彼らは戦うことしか知らん。戦いの中に生き、戦いの中で死んでいった人たちや。
その記憶が、今のうちの意識を——
少しずつ、侵食していく。
——視界が、歪んだ。
鬼一が目の前にいるはずやのに、別の景色が被さる。
(……これ、なんや……?)
———時代に翻弄された、無名の剣豪。
道場で、小さな子供たちに剣を教えていた男。
彼にとって剣は、生きるための術ではなく——人を守るためのものだった。
けれど、戦はそれを許さなかった。
藩主の命令で、男は戦場に立たされた。
手にした剣が、見知らぬ男の肉を裂き、血を啜る。
(いや……いやや……やめて……!)
刃を深々と突き立てたその瞬間——
相手の男が、最後に呟いた。
「……ヨウ……カ……ミツ……」
妻の名前。そして、幼き息子の名——
(あ……かん……飲み込まれる……)
視界が赤く染まる。
次の瞬間、鬼一の斬撃が迫る——
だが、怖くない。むしろ、楽しい。
——これが”戦場”や。
口角が、勝手に上がる。
(……違う、違う……! こんなん、うちの戦い方やない……!!)
視界が揺れ、新しい景色が重なる。
———戦場を棲家にした、歴戦の兵士。
剣の重みを感じない。
ただ、殺す。
相手が人間やろうが、鬼やろうが、関係ない。“殺し”こそが、自分の価値。
“殺す”ことでしか、“生”を実感できなかった愚かな男。
「おお……ハ……ア……」
切り裂いた男が、血の泡を噴きながら、虚ろな目でこちらを見ている。
(なんで……そんな目で、こっちを見るんや……)
手が、震えた。
いや、震えたのは”うち”やない。
“うち”の手を動かしている”何か”が、歓喜で震えていた。
——違う……。これは、違う……!!
「ッ……あかん、これ以上は……!」
止まらなあかんのに止まれん——“亡霊”に飲み込まれる。
「ハッ、どうしの? さっつん、まさかもう終わり?」
千紘の声が遠く聞こえた。
一瞬、鬼一の動きが鈍く見えた。
(……今なら——勝てる。殺せる。)
斬れば終わる。殺せばいい。戦場では、それが全て。
亡霊がそう言ってる。
“殺せ”。“生きろ”。“斬れ”。それが俺だ!
(……でも、それって”うちの意思”なんやろか?)
それとも——千剣の影に宿る戦士たちが、勝手にそう判断したんやろか?
———生涯を剣術に捧げた、孤高の剣士。
親を捨て、友を捨て、ただ剣と生き、“剣”がすべてだった。
けれど、彼が死ぬ間際——
その周りには、“誰もいなかった。”
(……それでも、剣を振るい続けるんか……?)
——ズバァッ!!!
鬼一の刃が、紗月の頬を掠める。
「ッ……!」
視界が戻る。
(……今、うち……)
ほんの一瞬、心の中に何かが”入り込んでいた”。
鬼一は、一瞬動きを止めた。
「……嬢ちゃん、お前……」
じっと、紗月を見つめる。
(……今、うちの意識……“戦場”に溶けかけてた……?)
脳が沸騰するように熱くり、心臓が、どくんどくんとうるさいくらいに鳴る。
戦いの熱に飲まれる感覚。
まだ、戦いたい。
もっと、もっと——殺したい。
「……!」
紗月は、無意識に歯を食いしばった。
戦士たちの記憶が、うちを戦場に引きずり込む。剣を振るうだけで、身体が歓喜する。
“楽しい”。
(……あかん、このままやと……!)
“うち”が、“うち”じゃなくなってまう——!
研修生の中には、すでに腰を抜かしている者もいた。
「な、なんだ……あの剣術は……。」
「ウソやろ……? ……あんなの……陰陽師ちゃうやん!」
「橘さん……!」
「紗月お姉ちゃん、凄い……! !」
誰もが、陰陽師からかけ離れた異様な戦闘スタイルに恐れを抱いていた。
「なんで、橘が…あんな剣術を…?」
獅子丸も、さすがに軽口を叩く余裕はなかった。
しのぶは腕を組み、険しい表情で呟く。
「……あの子…早苗お姉様より…強い……。」
一方——颯は、驚きと焦りを隠せなかった。
(……これが、“橘紗月”……!?)
監視対象として見ていたつもりが、今、目の前で繰り広げられるのは——
“陰陽師の戦い方”ではなかった。
「——な、なんだ、あれは……本当に橘紗月なのか?!」
それを聞いた紅子が、小さく笑う。
「……驚いた? でも、前に見た時より強くなってるみたい…。」
「………。」
颯は橘紗月に”戦慄”を覚えた。
そして——そんな空気の中、千紘はひとり、楽しそうに笑っていた。
「……あはっ、やばいじゃん、さっつん。」
興奮が隠しきれない。
(アイツが、言ってたもんね。)
“紗月はお前なんかより強くなる”——
「やっぱ、最高じゃん……♪」
——バァッ!!!
鬼一の刃が、紗月の髪を掠めた。
だが——
「……ハハ……ッ!」
それすらも”楽しい”と感じるほど、意識が戦場に飲まれていた。
「もっと……もっと……!」
無意識に紗月の口角が上がる。
“次はどこを狙えばいい? どう殺せばいい?”
身体が、魂が、そう問いかける。
だが——
(……紗月、しっかり意識を保って。)
(……清雅……?)
だが、紗月の意識は戦場に沈み込んでいた。
(うち…もう…ダメかも、楽しくてしょうがないんや。)
(……はぁ…しょうがないなぁ……。)
「……ッ!」
視界が二重になり、“戦場”と”現実”が入り混じる。
(……どっちが……うちのいる場所……?)
——剣を構えろ、殺せ、生きろ、戦え——
戦士たちの記憶に飲み込まれ、意識が遠のく。
(……このままやと……ホンマにあかんかも…。)
(紗月、このままいくと、Vチューバーデビューだね!)
(……は?)
(名前は”千剣の戦巫女・サツキ”! 今なら3Dモデル付き!)
(うちを勝手にバーチャルアイドルにすんな!!)
「千剣の戦巫女・サツキ! 初配信は”戦場からの実況”! みんな、チャンネル登録よろしくね!」
(誰が配信すんねん!!!)
ビシィッ!!!
(お、戻った。)
(……アホか!!!)
侵食が止まり、紗月の意識が”現実”に引き戻された。
——パサッ。
黄金に輝いていた髪が、元の黒へと戻る。
「……ッ、はぁ、はぁ……!」
紗月は崩れるように膝をついた。




