8.疑惑
そのままレオンお兄様は馬を駆り、ソニンク辺境伯領との境界を確かめに行きました。
「やはり軍の踏破してきた跡が残っている……。」
「ではソニンク辺境伯が侵略の手引きを……!?」
「……その可能性は高い」
ソニンク辺境伯の娘、ルミナス嬢は王太子の婚約者として常にそばに侍っている。王太子の身も危ないのでは……。お兄様にその事を話すとそうだなと頷いた。
「とりあえず王都に帰り王太子と謁見をしよう。ソニンク辺境伯のことは慎重にしたい。お前も何も言うな」
「分かりました……」
バスラット伯爵領を取り戻した私たち天馬部隊は王都へと凱旋した。
救国の乙女が奇蹟を起こして活躍したことは噂が素早く広がっていて、軍の他の部隊の人にもみくちゃにされた。
「救国の乙女に失礼ですよ!下がりなさい!」
ジルさんが助けてくれた。
「ジルさん、ありがとうございます」
「いいえ、救国の乙女に仕えることが出来るなど光栄です」
と、笑顔で答えられてしまった。これはこれでやりづらいな……と思ってしまいました。
———王宮、謁見の間
「シュネル王太子殿下、わがバスラット伯爵領を奪還して参りました」
レオンお兄様が跪き告げる
私もまた連れてこられてしまった……やはりシュネル殿下の前は居心地が悪い……。
「此度の作戦ではこのレシステンシア・ブラダの救国の乙女としての活躍めざましく、王太子殿下のお耳にいれたかったのでございます」
「……っ恐縮です……」
「お前が、本当に救国の乙女だったのか……」
王太子殿下は大変動揺しているようでした。相変わらずそばに侍っているルミナス辺境伯令嬢も不安げな顔をしている。こちらの動向は目が離せない。辺境伯家が裏切り者の可能性もあるのだ。
「悪かった、レシステンシア。本当に申し訳なかった。どうだろう、もう一度私と婚約するというのは……」
「えっ!?一度婚約破棄しておいてですか!?」
思わず本音がポロッと出てしまった。
「そうですよ、殿下。今の婚約者は私のはずでは!」
ルミナス嬢も抗議の声を上げる。
「王太子妃になれということか妾になれと言うことかは存じ上げませんが、今後一切婚約はお断りします!!」
私は渾身の力で叫んでいた。
「……うっ……そこまで言わなくても……長い間婚約者の仲だっただろうに……」
王太子殿下は何やらダメージを受けているようだったがこんなの私の見てきた戦場という地獄に比べれば大したことないに違いない……。
「軍に入って私は私のやるべきことを見つけましたので、王太子妃にも側妃にもなる気はございません!」
私は胸を張って告げた。隣でレオンお兄様が優しく微笑んでいてくれた。
「それで、シュネル殿下。内密の話がありますのでルミナス辺境伯令嬢には外して頂きたいのですが……」
「ん、そうか。ルミナス、外してくれ」
「……はい、殿下……」
ルミナス嬢は大人しく下がって部屋を出ていった。
「で、内密の話とはなんだ、レオン」
「特にルミナス嬢には聞かれたくない話です。どうかおそばに」
「許す、近くに寄れ」
レオンお兄様が殿下の傍により、耳元で囁く。
「ソニンク辺境伯の裏切りの可能性があります」
「なんだと!!」
「我がバスラット伯爵領とスタセリタ王国の国境は山岳地帯の中です。そこを軍が通った形跡がなかったのです。代わりに形跡があったのはソニンク辺境伯領との境でした……。侵攻速度といい、ソニンク辺境伯がスタセリタ王国の侵攻を手引きしていたとしか思えません……」
「そんな、ルミナスの父がそのようなこと……」
「ルミナス辺境伯令嬢にもお気をつけください。何をしてくるか分かりません」
「貴様!ルミナスに向かって何を……!しかし……」
シュネル殿下は告げられた事実に愕然とし、混乱しているようでした。
「ソニンク辺境伯には私から探りを入れる。お前たち天馬部隊は王都の守りに徹しろ。特に辺境伯領方面からのな……救国の乙女レシステンシア、この国を救って見せろ」
「は、承知致しました」
レオンお兄様が跪く。
「し、承知致しました」
真似をして頭を低くする。
そうして謁見の間を後にした。
天馬部隊の詰所に戻ると、そこは大宴会の会場だった。
「おい!救国の乙女様が来たぞ!!」
「こっちだ!主役の席はこっち!!」
「部隊長もお疲れ様です!」
私はあれよあれよという間に大きなテーブルの主賓席に座らされ、数々のご馳走を前に並べられたのだった。
「みなあなたの起こした奇蹟に心酔しているのですよ」
ジルさんが上機嫌に言ってくる。
「傷を治す、その上向かってくる敵兵までぶっ飛ばすとはな……認めざるを得ない。そうだろ?テオ?」
マリアさんがそばに居るテオさんの方をポンを叩く
「……しょうがねえな!レシステンシア!お前は救国の乙女だ!俺たちの勝利の女神だ!」
「テオさん……!」
あの頑なだったテオさんに勝利の女神とさえ言われて感激もひとしおだった。
「俺たちの勝利の女神!救国の乙女に万歳!」
「万歳!」「救国の乙女に乾杯!」
どこからともなく聞こえる私を称える声に恥ずかしくなってしまって、私は小さくなるのだった。
柔らかい大きなお肉や美味しいパイに舌鼓を打っていると、隣にレオンお兄様が座ってきた。
「バカ騒ぎですまないな、勝ち戦のあとは毎度こうだ。慣れてくれ」
「はい……。」
私は嬉しさを噛み締めると共に、一抹の不安を拭えないでいた。
「辺境伯のことで不安はあるだろうが、いまはしっかり食べて、楽しめ。生きてるうちが花だ」
「そうですね……」
リサやエマはここにいない。もう食べることも笑うことも出来ない……。二人の分まで私は食べて笑って、生きてやると決めた。