6.救国の乙女
次の日の早朝、レオンお兄様が宿舎を訪ねて来ました。
「王太子殿下に直談判する。レシステンシア、お前も着いてこい」
「私がですか!?」
「お前が女神の声を聞いたんだろう」
「それは、そうですね……」
あの婚約破棄の場以来にシュネル王太子殿下とお会いする。気まずいことこの上無かった。
レオンお兄様が衛兵に王太子殿下に話があると告げると、謁見の間へと案内された。
「王太子殿下、単刀直入に申します。我がバスラット伯爵領を取り戻しに行かせてください」
「レオン、それは私の命に背くということか?そしてなんでその女がいる!?婚約は破棄したはずだぞ!」
王太子殿下は私を見てうんざりしたような顔で怒鳴った。
その傍らにはルミナス辺境伯令嬢が相変わらず侍っている。もう王太子妃のつもりなのだろうか。
「私は今日は別件で参りました。女神様の声を聞いたのです。バスラット伯爵領を取り戻すようにと。そしてそこで私は救国の乙女として目覚めると……」
「救国の乙女として目覚める?ハッ、バカバカしい!今までそれといった所は全くなかったでは無いか!信ずるに値しないな!」
「王太子殿下、どうぞお考え直し下さい。このまま領地を奪われたままではいづれ王都も危うくなるのです。どうか領地を取り戻しに行かせてください」
レオンお兄様が跪き頭を下げる。
「そこまで言うなら行ってくるがいい!無理だったらその女の首でも刎ねてやる!」
「……っ!」
「ありがとうございます、行ってまいります」
随分と王太子殿下には嫌われてしまっているらしい。首を刎ねるだなんて……。どちらにせよ失敗すれば命がないのは同じだ。もう覚悟は決まっていた。
レオンお兄様はその足で天馬部隊の詰所へと召集が掛けられ、バスラット伯爵領を奪還しに行く旨を皆に告げていた。
「奪還に行くのは文句ねえが、その女の女神の声だかに従うってのは気に食わねえな」
髭面で大柄のテオさんに凄まれる。
「せっかく女神様が意志を示されたのです、従うのが我々人間の仕事ではありませんかね」
ジルさんがなだめていた。
「気に食わなかろうがやってもらう。このままなるべく早く奇襲をかけるぞ、それしか我々に勝機はない!」
レオンお兄様が喝を入れる。
私達は馬と馬車を飛ばしてバスラット伯爵領へと向かったのだった。
天馬部隊はあの旗をはためかせて、敵陣へと奇襲をかけて行く。
私は衛生兵として最後尾あたりにテントを構えていた。
そうしてやってくる負傷兵の数々、手当てを地道に行っていく。
果たして伯爵領を取り戻せるだろうか。スタセリタの軍は既にバスラット伯爵邸を乗っ取り布陣していることだろう。籠城しているところを叩くのは骨が折れるはずだ。しかし、女神様の声を信じるならば、私が救国の乙女であるならば、できるはずだ。
しかし、やってくる負傷兵の数は計り知れない。このまま戦っていても兵が減っていくばかりなのでは……と、心配になってしまう。
そんな折に運び込まれてきたのはテオさんだった。
「テオさん!大丈夫ですか!」
「これくらいなんでもねえ!血が止まれば前線に戻る!」
そういったテオさんの右腕の傷は骨が見えるほど深かった。
「それは無茶です。いまは引いてください!」
「誰がお前の言うことなぞ聞くかよ!」
「では斧を持てるのですか!?」
「……痛み止めを寄越せ!それで斧を振ってやる!」
とりあえず痛み止めを渡して傷口を縫った。包帯を巻いて、安静にするように伝えたが、テオさんは行ってしまった……。
あれは相当痛いはずなのに……勝つために、バスラット伯爵領を取り戻すために必死なんだ……。
私ももっと必死にならなくちゃ。救国の乙女として目覚める……それが出来れば勝てるはずなんだ……!
テント付近から最前線を見つめる、相変らす白い天馬の旗ははためいて、奮闘を知らせてくれる。あの旗が地に落ちる時は、この部隊の敗北の時……。
そう思って見ていたその時、旗が見えなくなった。
旗手が負傷したんだ!
私は気づくと戦場を走り出していた。
旗の消えた位置まで這う這うの体でたどり着くと、そこには深手を負った旗手、マリアさんがいた。
「マリアさんが旗手だったんですね……!」
「お前、衛生兵がこんな前線まで来てどうする!」
でも私は言われている。『旗手がもし負傷した時はお前が軍旗を持て』と。
マリアさんの深手を止血し縫いながら会話する。
「もしもの時は私がその軍旗を持てと部隊長に言われているんです!」
「う……部隊長が?……っあの人も予言を信じるタチか……」
「ですから、任せてくれませんか?」
「わかった、私も救国の乙女の予言を信じるとしよう……決して地に落とすなよ、皆を導け」
「はい!」
そうして渡された白い天馬の刺繍された軍旗を受け取り、高く掲げた。
思ったよりも、重い。それたただの重量と言うよりも皆の重いの集まる分の重さのように感じた。
そして、旗を振り、叫ぶ。
「女神の御加護はこちらにあります!!皆さんどうか侵略を行うスタセリタなどに負けないでください!!」
するとそばに居たマリアさんがにわかに光に包まれ、傷が治っていくようだった。
「女神の加護とは本当にあったのか!?これが救国の乙女……!」
それからも私が旗を振ると周りの傷を負った兵士たちは光に包まれ傷が治っていくようだった。
これが救国の乙女の起こす奇蹟……。私はどこか他人事のように周りを見ていた。
その様子を見ていたレオン部隊長は叫んだ。
「こちらには救国の乙女がいる!女神の加護は我らにある!館に突撃するぞ!必ず敵の頭を叩き領地を取り戻す!」
「おおー!」と鬨の声が上がり、士気はますます上がっていくようでした。
私も旗を振り、治癒の奇蹟を起こしながら前線へと駆け出したのでした。
救国の乙女、大活躍です。
明日も12時頃投稿いたします!