4.天馬部隊
———朧気な記憶
「レオンおにいさま、けがをしたの?」
「剣の稽古でちょっとね、でもこれくらいなんともないよ!」
「まって、レシスがなおしてあげるから」
「治す?そんなことが出来るの?レシス?」
わたしはお兄さまの手を取って力を込めるけれど、苦しくなって倒れてしまった。
「レシステンシア、お兄様との約束だ。その力は使ってはいけない、秘密にしないといけないよ……」
***
朝日と共に目が覚めた。なんだか懐かしい夢を見たような……?レオンお兄様とした秘密の約束……なんでしたっけ?幼い時分のことなのですっかり忘れていましたが、夢の中で朧気に思い出した、ような……。
しかし昔のことを懐かしんでいる暇はありません。今日から私たちはそれぞれの部隊に配属され、実際に衛生兵として働くのですから!
私が配属された部隊、一体どんな方がいらっしゃるんでしょうか……。
指示された詰所へと足を踏み入れると、そこには例の顔があった。
「レシステンシア、無事に訓練を終えたか」
「レオンお兄様!?」
「その呼び方はやめろ、部隊長と呼べ」
「では、私が配属されたのは、おに、えっとレオン部隊長の部隊なのですか!?」
「そうだ、我が部隊は天馬部隊と呼ばれる精鋭揃いの部隊だ」
そうしてレオンお兄様が指さした先には旗が飾られていた。
白く羽の生えた馬の絵が刺繍された旗。なるほど天馬部隊の名に相応しい軍旗だった。
「ちょうど衛生兵が足りなかったので人員補充だ。レシステンシア、お前は仮にも救国の乙女と予言された存在だ。我が精鋭部隊に相応しい働きを期待しているぞ」
「はい!部隊長!」
「ハッ!こんな生っちろい貴族のお嬢様に何ができるってんだ」
大柄な男性に一瞥されるとそう蔑まれてしまいました。
「テオ、彼女は訓練もクリアしている。衛生兵としてなら問題は無いさ」
「部隊長がいいって言うなら仕方ねえですけど、俺たちゃ認めたわけじゃねえぞ、嬢ちゃん」
テオさんと呼ばれたその方は、お兄様が咎めてもこちらを睨みつけてくる。怖い……けれど引き下がるわけには……!
「女が軍人をやって何が悪いの?私のことも否定するつもり?」
「マリア、お前のことを悪く言いたいわけじゃねえよ。悪ぃな」
「貴方、名前は?」
そう言われてまだ自己紹介もできていないのに気づいた。これではこの態度も納得だ。
「レシステンシアと申します。衛生兵として勤めを果たしたいと思います。よろしくお願いいたします!」
そうして部隊の方々に頭を下げる。
「そう、レシステンシアというの。私はマリア。女の軍人は珍しいものね、協力しあっていきましょう」
「ありがとうございます!」
マリアさん、この部隊の中でも頼りに出来そうで少し安心した。
「何でも貴女は救国の乙女と予言されていたとか?」
「ええ、一応は……」
痩せぎすの男性が話しかけてきた。
「私はジルと言います。これでも女神を篤く信仰していますからね、ご利益があるように期待していますよ」
「あ、ありがとうございます……」
「お前たち、新入りについてはそこまででいいだろう。訓練を始めるぞ」
レオン部隊長の一声で詰所からそれぞれの武器を手に修練場に移動する部隊の方々。
私も手当用の鞄に包帯や薬品を詰め込んで準備しました。これが私の武器というわけです。
修練場では舞台の皆さんが思い思いに訓練をしていました。素振りをする方や、実戦形式の訓練をする方。私の役割は負傷者が出たら手当をすることですが……。
「訓練で怪我するようなヤワな奴はこの部隊にはいねえよ!その辺走っとけ!」
とテオさんに言われてしまいました。
「はい!」
と返事をして修練場をぐるぐる走ることにしました。
天馬部隊での日々はおおよそこのように過ぎて行きました。走って体力が着けば素早く手当に行ける!そう思って毎日必死に走っていました。テオさんにもいつか認めて貰えますように……。
「レシステンシア、あの天馬部隊で一体どうしてる?大丈夫?」
宿舎は訓練時代と同じだったので、リサやエマともおしゃべりできました。
リサは心配そうに聞いてきました。
「だって精鋭部隊って聞いたよ?新兵がいきなり行くところじゃないって!」
「やっぱり貴族出身だから……部隊長のレオン様とも顔見知りなのでしょう?」
エマが推測を述べます。やっぱりレオンお兄様、もとい部隊長が私を選んで部隊に……?
でも今のレオンお兄様はあの優しかったレオンお兄様とは違って、私のことは一人の兵として扱っていて厳しいのです。私を選んで部隊に入れたりするのでしょうか?
「どこに行くにせよ、私は私のやるべきことをやるつもりです!」
「レシスは偉いねーうちなんか毎日走らされてクタクタだよ」
リサが言うと、
「私も走ってる!」
エマも言う。
「私も走ってますよ!」
私も言う。
「うちらおそろいだねー!」
三人、また頑張ろうと手を重ねあったのでした。
こうして厳しくも平和な日々が続いていくのだと私達は信じていました。
あの日、あの時までは……。
明日も12時頃投稿します。