極悪人面令嬢ですが、どうやら『守護精霊の乙女』らしいです。ナニソレ
タイトルを思いついて書きました。
緩め設定です。
世の令嬢たちにとって、顔の美醜はとても重要だ。
それは男爵令嬢である私、アニエス・ヴェイユにとっても同じ。女性が爵位を継げない我が国ラースロー王国では、令嬢とはすなわち政略結婚の道具だからだ。
美しく、更に頭もよければ完全な優良物件。
中には学園に通う間に恋仲になって、お互いの身分も釣り合っていてそのまま卒業と共に結婚という流れもあるはある。だけど、私にはそんな相手はできなかった。
何故なら。
「……どうして緊張するとこうなるのかなあーっ!」
鏡を見て、自分の人相の悪さを嘆く。
流れるような金色の髪。卵の殻のような白い肌。新緑のような鮮やかな緑色の瞳。何も考えず、ボーッとしている時はまあそれなりには見えるらしい。
だけどすぐに緊張する性格のせいで、誰かに話しかけられた途端、私の表情筋はあり得ない方向に強張る。
擬音で表すならば、「クワッ!」という表情。目を剥き眉間に「ああん!?」とでも言いそうな皺が刻まれ、顎は斜めに歪む。
どうしてこうなっちゃうの!
すると、顔の造作は私に似ているのに穏やかな笑顔を浮かべることができるお母様が鏡を覗いてきた。
「あらあらアニエスちゃんってば、緊張してるわねえ。可愛いわあ」
この顔のどこが可愛いのか。
「可愛くないですっ! もう嫌っ!」
ワッと泣き出して両手で顔を覆うと、お母様が頭を撫でる。
「そんなに気負うことないわよ。ただの顔合わせじゃないの」
「ただの顔合わせってそんな気軽なものじゃないですよねーっ!?」
「集団お見合いとも言うわねえ」
「行きたくないです!」
「それは無理。うふふ」
お母様が指をパチンと鳴らすと、メイドたちがわらわらとやってきて有無を言わさず私を取り囲んだ。
お母様が、楽しそうに言い放つ。
「さあ、最高に仕上げて頂戴」
「かしこまりました!」
「いやあああ!」
こうして私は、恥を晒すのが前提の行きたくない婚約者候補顔合わせの場へと行くことになったのだった。
◇
馬車に揺られ、王城へと向かう。隣に座るお母様が私の腕をがっちりと掴んでいるので、逃げられそうにない。
今日の顔合わせは、十八歳の誕生日を迎えた王太子殿下の結婚相手を選ぶ目的の集まりだった。
なんでも国一番の大神官様が王城での朝の礼拝の最中に突然白く輝き始めて、宙に浮きながら「王太子が守護精霊に守られる純潔の乙女と心から結ばれれば、百年の平和を享受できるだろう」と突然お告げをしたそうだ。人が浮いたなんて、本当かな。
国王は「これは本物のお告げだ」と感激してしまう。結婚適齢期に世の情勢を見て相手を選ぶ為あえて婚約者がいなかった王太子に、お告げの通りの相手と結婚するよう命じたんだとか。
この国は大陸の中央部に位置していて、国土は大して広くない。大国に挟まれていて、しょっちゅうとばっちりで戦火が飛んでくる、そんな国だ。
だから国王陛下が百年の平和を望むのも、分かる。王太子殿下も「自分の代が平和なら願ったり叶ったり」と前向きなのも、理解できる。できるけども。
ちなみにこの守護精霊とは、生まれながらにして精霊の加護を与えられているものだ。神殿にある精霊像の前に立つとキラキラしたものが降ってくるので、結構簡単に判別できる。
礼拝で訪れた神殿で、私は精霊の加護を受けていると判明した。でも精霊を見ることはできないし、正直いるのかいないのかもよく分からない。
本当にやばい時だけ助けてくれる、そんな存在らしかった。つまりやばい何かが起こらない平穏な人生を歩めば、一生出番のない守護精霊。微妙だなあ。
尚、守護精霊に守られている人間は、神殿に登録される。昔からの慣習だけど、だから何という訳でもなかったらしい。
それが今回、役に立った。
お告げでは、純潔の乙女、とある。つまり男性不可、既婚女性も不可。
神殿の記録から『守護精霊の乙女』と命名された未婚女性たちが、国中から集められた。その人数、総勢四名。
『守護精霊の乙女』たちに危害を加えたり別人にすり替えさせたりしない為に、私たちの名前と経歴、更に姿絵が公表された。勝手に公表しないでほしい。
まずは、お告げがなければ王太子殿下と結婚の可能性が一番高いと言われていた公爵令嬢のマリアンヌ様。王太子殿下と同い年で、眉目秀麗かつ頭脳明晰。正に淑女の代表とも言えるマリアンヌ様は、幼い頃から王太子殿下と仲良く過ごされていたとか。もうここでまとまってくれないかな。
その次に可能性が高いと噂されているのが、侯爵令嬢のカトリーヌ様だ。こちらの御方は儚げで美しいと評判だけど、二十歳とやや年上。婚約者がいらしたけど、隣国との先の衝突で命を落としてしまったそうだ。
そのまま気鬱になられてしまい、最近ようやく立ち直りかけたところに降って湧いたこの話に、「神はカトリーヌ様の回復を待っておられたのでは」と噂されている。待ってたのならさっさとくっつけてほしい。お願いします。
三番目は、平民出身のひとつ年下のカルメン様。亡国の姫君にあたり、父親は現在一旦は滅びた王国の再興に奔走している。地理的配置から、我が国も支援をしているんだとか。
真っ赤な髪が情熱的な戦姫と呼ばれる剣術に長けた方で、百年の平和は周辺国の状況にもよることから、可能性は十分高いとみられている。ぜひ平和に貢献して下さい。頼みます。
最後に、誰もが「なぜ?」と首を傾げたであろう私。しがない男爵令嬢である自覚はあるし、「あの子凄い顔してるよね」と陰で言われているのも見聞きしている。王太子殿下と同い年だけど、マリアンヌ様のような華もなければ胸もない。カトリーヌ様のような儚さもなければ、カルメン様のような剣舞もできない。
そんなナイナイ尽くしの私が、何故選ばれたのか。
答えは簡単だ。未婚だから。
庭師の息子のジャックだけは「お嬢が結婚できなかったら俺がもらってやるよ」と慰めてくれるけど、あの子はまだ十二歳の子供だ。仮に平民との結婚をうちの両親が認めたとしても、あの子が成人の十八歳になる頃には私は二十四歳。完全なる行き遅れだ。
というか、平民の子供に慰められる男爵令嬢の立場って。
二十四歳になっても本気で相手がいなかったらジャックにもらってもらおうかな、と頭の片隅でつい考えてしまった自分が情けない。これじゃ何ひとつ家の役に立ってないじゃないの。
「ほら、王城が見えてきたわよ!」
「はあ……」
お母様の声が無駄に明るいのが、虚しさを誘った。
「王太子殿下は超美形に育ったらしいわよ~」
「へー」
「やる気のない声ね。ちょっとした目の保養だと思ったらいいじゃない」
大分失礼だと思う。
王家に嫁ぐ御方は代々美姫の呼び声が高い人ばかりだ。だから余程うまく掛け合わなかった場合を除き、王家が美形だらけなのはまあ当然だろう。
それよりも。
「……不参加になりません?」
「アニエス、王家に楯突きたいの?」
恐ろしい笑顔で言われ、私は黙るしかなかった。ですよね、言ってみただけです。
同情顔のお母様が、私の肩をぽんと叩く。
「緊張しなければ、ほどほどには可愛いんだから大丈夫よ」
「王太子殿下を前にして私が緊張しないとでも?」
「目の前を見ないようにして羊でも数えていたらいいじゃない」
それって逆に不敬にならないかな?
「……ヴェイユ家の評判が落ちても知りませんよ」
王太子殿下を睨みつけたなんて噂されたら、とんでもないことになりそうだ。
お母様が、私の肩をギギギ、と結構な馬鹿力で掴む。
「四の五の言わずにいってくるんです。参加しなかったらそれこそ大変なことになるのよ。分かるかしら?」
「……はい」
そう答えるしかなかった。
◇
初顔合わせは、庭園で行われるそうだ。
付き添いは客間で待機となり、優しそうなメイドらしきおばあちゃんが私を庭園まで案内してくれることになった。男の人でなくてよかった、と安堵する。
私は女の人にはあまり緊張しない。男の人が苦手だった。
家族であるお父様とお兄様は身体はヒョロくて優しい垂れ目をしているからか平気だけど、相手の背が高かったり筋肉隆々だったりすると、途端に緊張で例の極悪人面になってしまう。
これには原因があった。
私が十歳の頃、どこかのお茶会に招待された時の出来事が発端だ。
元々緊張で顔が引きつりやすい質ではあったけど、別に男性は怖くはなかった。こんな極悪人面にもならなかった。
そこで出会った、黒髪に真っ青な瞳のきれいな男の子。感動したような笑顔で、私の背後を見つめていた。
私はというと、よく覚えてないけど直前に起きた何かに驚いて麻痺したように固まっていた後に、更に驚きながら男の子の横を見ていた。
彼の後ろに立っているごつい筋肉隆々の男の人が、男の子の表情とは対照的な恐ろしい形相で、私を睨んでいたのだ。
思い切り凄みを利かせた「ああん?」の表情で鼻先が触れそうな距離からジロジロ見られてしまった私は、その場で泣き出してしまった。
だって何故見知らぬ怖いおじさんに睨まれないといけないのか、さっぱり分からなかったからだ。
そこから先はよく覚えていないけど、それ以降大人の男の人を前にすると、睨まれて凄まれるんじゃないかという恐怖心が湧くようになった。そしてあの顔になってしまう。あの怖かった男の人がしていたものと同じ表情に。
それが段々と緊張すると常にあの顔になってしまうようになり、今日に至る。
あれが一体どこの誰だったのか、両親に聞いても分からなかった。そんな人がいたらつまみ出されるんじゃと言って笑われたことを、私は未だに根に持っている。だっていたし。すごく睨まれたし。
そんな私が共学にいける訳もなく、女学院に通い、今年卒業。社交界デビューを来月の王城で開かれる舞踏会ですることになり、極悪人面をどうやって克服するか庭師の息子のジャックに相談したばかりだった。ちなみにジャックは子供だしよく知っているので全く緊張しない。
なのに、王太子殿下の婚約者候補に選ばれて、予定よりひと月早く王城に入ることになってしまった。克服する時間なんてない。参った。
「――こちらでお待ち下さい」
「あ、ありがとうございます」
きちんと整えられた花園の中にある東屋に、屋外用のテーブルと椅子が用意されている。すでに他の三人は着席していたけど、幸いなことに王太子殿下の席は空席だった。
ほっと胸を撫で下ろすと、私用と思われる席へ向かう。
「こ、こんにちは……」
声を掛けた途端、三人が一斉に私を見た。でもみんな、穏やかな笑顔を浮かべているから怖くはない。
「ヴェイユ男爵令嬢のアニエス様ですわね?」
淑女の鑑! みたいな美しい令嬢が私に声を掛けた。姿絵を見たから知っている。マリアンヌ様だ。
「は、はじめまして……あの、なんか私だけ場違いですみません……」
すると今度は儚げ美女がそっと微笑んだ。カトリーヌ様だ。
「そんなことないですわ。それを言ったら私だって」
今度は赤髪のはっきりとした顔立ちの美女、間違いなくカルメン様が艶やかな笑みを浮かべる。
「私も何故ここに呼ばれたのか困惑している。一緒だな」
カルメン様だけは男性が着るような騎士服を着ていて、それがとても凛々しくて似合っていた。格好いい。
私が座ると、三人が一斉に顔を近付け声を潜める。――え?
「そもそも私は隣国の王子と婚約中なんです。それがどうして王太子殿下の婚約者に一番近いと言われているのか。婚約者が怒ってしまい、大変なのですわ」
と、マリアンヌ様。え? そうなの?
「わ、私、実は護衛騎士の者が私をずっと支えて下さって、それで先日プロポーズをされてお受けしたばかりでして……」
と、これはカトリーヌ様。気鬱の期間を支えてくれた騎士との恋! なんて素敵!
「私は今後国が立ち上がったら従兄弟と結婚することになっていてな。そろそろ建国に先駆けて祖国へ出発しようと支度をしていた矢先にこれだ」
折角久々に従兄弟に会えると思っていたのに、とカルメン様が苦虫を噛み潰したような顔をしている。
三人が、興味深そうに尋ねてきた。
「それでアニエス様は、どなたかお相手はいらっしゃるの?」
「い、いえ……私、男性が怖くて……」
私の返答に、三人が額を突き合わせる。
「どうする? 王家に事実を伝えるか?」
「でもアニエス様にお相手がいらっしゃらないのでしたら……」
「ではアニエス様を全面推しの方向でいきましょうか?」
ちょっと待って。私を省いて私の将来を決めないで。
私は精一杯声を張り上げた。
「ま、待って下さい! 私、男性を目の前にすると緊張してしまって、それで……極悪人面になってしまうんですっ!」
「……は?」
三人がぽかんとする。
「ですから! それはもう酷い顔になりますので、王太子殿下に対して不敬となってしまいます! なので辞退をですね……!」
するとそこへ、涼やかな男の人の声が頭上から降ってきた。
「みなさん、仲がよろしそうですね。楽しそうな話をされているじゃないですか」
「!!!!」
私たちは一斉に姿勢を正すと、声の方が振り返る。
そこにいたのは、肩で切りそろえた黒髪の美青年。青い瞳が印象的なお顔には、楽しそうな笑顔が浮かんでいた。
着ている服がかなり上等だし、そもそもここに来る時点でまあ間違いなく王太子殿下その人だろう。
マリアンヌ様が、目を細める。
「ローラン様、盗み聞きはよろしくなくてよ」
「いやだなあマリアンヌ嬢。そんなつもりは」
あはは、と爽やかに笑うローラン王太子殿下は、笑顔を崩さないまま言った。
「手順を踏まないと周りが色々と口うるさいんですよ。ですがこれで全員と顔合わせ完了しましたので、もう結構ですよ」
王太子殿下が、お帰り下さいと手で促す。私たち四人は顔を見合わせたけど、これはひょっとして王太子殿下も結婚なんて望んでいなかったのかもしれない。
男性を前に私の顔は大分凄んでいるらしく、三人は私の顔を見た途端ぎょっとしていたけど、そこはご令嬢。何も触れなかった。みんなありがとう。
「では失礼致しますわ」
「ごきげんよう、王太子殿下」
「失礼する」
三人が口々に別れの挨拶を述べているので、ここは私も、と「し、失礼致しま……」と言いかけたその時。
「待て。君はここに残るんだよ?」
にっこにこの王太子殿下が、私の二の腕を掴んだ。へっ!?
王太子殿下は、私の極悪人面を見ても引いていない。輝かんばかりの笑顔で私の顔をじっと見ているだけだ。ど、どうして……。
「――ようやく掴まえた」
「な、なんのことですか……っ」
クワッ! と顔が勝手に睨みを利かせると、王太子殿下の顔がゆらりと揺れた気がした。……ん?
ゆっくりと重なっていた影が、王太子殿下の顔の横に移動していく。
こ、こ、この男の方は……!
王太子殿下が、満面の笑みで横を振り向いた。
「やっぱり見えてるよね。よかった」
「な、な……」
滅茶苦茶私を睨みつけている恐ろしげなごつい男性の顔が、私に近付いてくる。
「ひ……っ」
「彼の姿を見られたのは、君といた時だけ。アニエス嬢は、自分の後ろにもう一体いるのに気付いてない?」
「も、もう一体……?」
バッ! と横を見る。すると私の背後にいたのは、超にっこにこの笑顔で私たちを見ているなんか発光している綺麗な女の人だった。……え、誰?
「もうさ、君と会って以来、笑いたくなくても笑顔になっちゃって困ってたんだよね」
王太子殿下が、頬をさする。え? ええ?
「アニエス嬢のその顔、彼とそっくりだよね。僕のこの顔も、彼女とそっくりでしょう?」
「た、確かに……!」
まさかだけど、十歳の時に会った黒髪の男の子は――王太子殿下だったってこと?
じゃあなんで両親は分からないなんて、と考えて、そういえば自分がこの男の人についてしか尋ねていなかったことに気付いた。何たる不覚。
王太子殿下は私の両腕を掴むと、輝かんばかりの笑顔で私を見下ろす。あ、確かにすごく深い青の瞳だ。
「あの日から笑顔が止まらなくなって、大神官に相談したんだよ。そうしたら、間違いなく守護精霊の仕業だと言われてしまった」
「えっ! この人たちが守護精霊!?」
睨みを利かせながら尋ねると、男の人も女の人も、ついでに王太子殿下も頷いた。……あれ、自分の凄み顔に何となく似ているからか、あの時ほどの恐怖を感じないような。
それに、あの時の可愛い男の子が目の前の王太子殿下だと思うと、恐れていたほど怖くない……かも?
「で、でも、他の方たちは何故見えなかったのです?」
すると、笑顔の王太子殿下がフイッと目を逸らす。……怪しい。私は眉間にグッと皺を寄せながら訊いた。
「……ご存知なのでしょう?」
王太子殿下が、笑顔のまま溜息を吐く。笑顔で溜息って吐けるのか。物凄い違和感だ。
「――見るには条件があるそうだ。守護精霊に守られている者同士であること。それから……」
「それから?」
ギロリと睨んでも、王太子殿下の笑顔は明るいままだった。
「精霊の精気を交換し合った場合だ」
「精霊の精気?」
王太子殿下が、ふわりと笑う。
「僕は君と出会った時、君があまりにもお人形さんみたいに可愛くてキスをしたんだけど……覚えてない?」
私は記憶を掘り返す。……ええと。
「すみません……その後のこの人の睨みがあまりにも恐怖で、前後の記憶が」
「なんてことだ」
王太子殿下は少なからず衝撃を受けたらしい。目を見開いているけど、笑顔なので怖い。
「ま、まあ、それで……僕の守護精霊【憤怒の精霊】の怒りの表情が君に、君の守護精霊【歓喜の精霊】の笑顔が僕の中に入ってしまったんだ」
あの時は大人も子供も大勢いる国王の生誕祭の日だったから、私がどこの誰だったのかが分からなかったらしい。
それに、笑顔が引かない、これは拙いと気付き始めたのは、しばらくしてからのことだったそうだ。
「普通気付きませんか?」
「君にキスしちゃったことを延々と脳内で反芻していたら笑顔が止まらなくて、数日間気付かなかったんだよ」
なんてこと。
「でもその時はまさかそれが原因だとは思わなくて。父上には相談していたけど、原因がやはり分からなくてね。大神官を通して原因を探ってもらって、古い文献の中に記述を見つけたのが少し後の話だったんだ」
そこに書いてあったのが、先程言っていた条件だったらしい。
王太子殿下が、笑顔のまま咳払いをする。違和感満載だ。
「君のことはすぐに探したんだよ。文献のお陰で君が守護精霊持ちだということが判明して、神殿に問い合わせて僕と年齢が近い女性を全員確認することになった」
「そう……だったんですか」
「うん。確認した結果、今日の四人が年齢的に合った。他の三人には面識があったからあの時の彼女は君だと分かったけど、宰相から『大義名分がないと男爵令嬢を娶るのは周りの反対が』と言われてね」
なるほど、私は随分と探されていたみたいだ。……ん? 大義名分? ちょっと待って、今何て言った?
王太子殿下が、照れくさそうに笑いながら頭を掻く。
「この状態の解除方法も分かったけど、お互い未成年だし成人するまでは我慢しないといけなくなってね。だから君を影から見守ることしかできなくて、悔しい思いをしてきた」
「へ? 影?」
「君の報告を受ける時間が、僕の憩いの時間だった」
「すみません、意味が」
王太子殿下が止まらない。
「本来なら君に毎日でも会いに行って愛を囁きたかったんだが、僕の愛情が迸って未成年の間に襲う危険性があると君のお父様が猛反対されてね」
「は? お父様?」
ちょっと待って。待って待って。私、ずっと監視されてたの? え、どうしてここでお父様が出てくるの?
「あ、勿論君のご両親には話は通してあるに決まってるじゃないか。知らせないと別の男と婚約されては困るしね、あはは」
あははじゃない。
「早く君を迎え入れたい。でも、まだ時期尚早。僕は耐えて耐えて、僕と君が大人になるこの時を待っていた」
「ええー……」
王太子殿下の横にいる強面の【憤怒の精霊】が、私の後ろにいる【歓喜の精霊】に手を差し出した。【歓喜の精霊】は、にっこにこの笑顔で彼の手を取る。
【憤怒の精霊】が、恐ろしい形相でニヒルに笑った。うわ、二人がいきなり抱き締め合い始めたんだけど。
「だから今回、大神官に協力してもらって、神託があったように見せかけた。そうしたら君を選んでも、文句は出ないからね」
「はい?」
「あ、でも、君と僕が一緒になったら、精霊同士も一緒になるみたいだから。そうすると加護の力も超強力になるから、結果として国も平和になるそうだよ」
ちょっと待って。この王太子殿下、私と結婚することを前提に話しているような。
「お、王太子殿下。この症状が治れば、別に結婚しなくとも済むのでは……?」
無理をしてしがない男爵令嬢と結婚しなくても、良縁は腐るほどあるだろうに。
すると、王太子殿下がポッと頬を染めた。
「この状態を解くには、僕らが名実ともに夫婦となることが必要なんだそうだよ。……ほら、彼らも喜んでいる」
「ほえ……」
王太子殿下が指差した上空を見上げると、私たちの精霊が抱き合った状態で熱烈なキスをしながら浮かんでクルクルしている。うわ、うわわ。
「精霊同士の相性がいいと、守護されている側の相性もいいらしいよ」
王太子殿下が、さり気なく私を腕の中に納める。し、心拍数!
青い瞳が、嬉しそうな弧を描いている。
「父上とお義父様には、アニエスの気持ちが僕に向けられるまでは手を出すなと言われている」
この人、さりげなく人の父親をお義父様って言った。
「だから今日から僕は堂々と君に気持ちを伝えていくから楽しみにしていてくれ」
爽やかな笑顔でのたまっている王太子殿下を見て。
――ていうか、最初から囲まれているし。
と気付かざるを得なかった。
◇
結論から言うと、私は王太子殿下――今ではローランと呼ばないと拗ねる――の猛攻の末、落ちた。
なんていうか、凄かった。私の報告を逐次受けていただけあって、私の好きなものを全て把握しているから、かゆい所に手が届くというか、何もかもが手際よかった。
社交界デビューでは、ローランがエスコートをしてくれた。それはもうあっまあまな雰囲気で、周りは砂糖を吐いたと思う。ローランは、終始私しか見てなかった。
ダンスの後、可愛い食べたいを連発されて、ちょっとだけなら、とキスを許可したら空中で守護精霊たちもチュッチュ始めたのは、何だかむず痒くなった。
ローランって可愛いなと思ったのが、庭師の息子のジャックが何故か私を賭けて勝負を挑んだ時だ。腕相撲を選んだジャックに対し、ローランは「……手加減はしない」と本気を見せた。
圧勝したローランは、悔し泣きをするジャックの肩を抱き、「同じ女を愛した者同士、これからは友として過ごそう」と言った後、二人で本気で遊んでいたのだ。
汗だくになった二人は固く握手を交わし、今度は釣りに行こうとか約束していた。……いい人なんだな、と思えた。
気付けば、いつの間にか男性に対する恐怖心は霧散していた。だって、【憤怒の精霊】もローランもとてもいい人(ひとりは精霊だけど)だから。
【憤怒の精霊】の精気を宿した私は、相変わらず極悪人面のままだ。なのにローランは、「愛してる」と囁き続け。
「わ、私も……」
と、決意をもって答えた日、ローランは笑顔に涙を浮かべながら、手をわきわきさせつつのたまった。
「結婚式は本来の顔で出ない?」と。
それから半年後の国を挙げての結婚式では、私はお腹を締め付けない花嫁衣装を着ることになった。
私のゆったりとした衣装を見て、ローランが感動で涙ぐむ。
「とうとうアニエスが僕のものに……!」
私は苦笑する。
「もうとっくにローランのものでしょう?」
「ああ、アニエス……!」
ローランが、私に負担を掛けないようにそっと抱き締める。
私たちの頭上では、幸せそうに熱い抱擁を交わす私たちの守護精霊が、祝福の光を私たちに降り注いでいた。
お読みいただきありがとうございました!
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2023/6/18より、
『偽聖女と言われて婚約破棄され国外追放の上崖から突き落とされましたが、嘘吐き魔人に懐かれたので幸せです』
という異世界恋愛の連載を開始しました!
見かけられましたら是非お立ち寄りいただけると嬉しいです。