#7『喧嘩するほど仲が良いと言うけれど』
薄暗い部屋の中に、喧騒が広がっている。
壁には巨大なディスプレイが見られ、そこには各隊の位置が示されたマップが映し出されている。
「指令!どこに行かれていたのですか!」
犬耳の女性が、視線もやらず怒鳴る様に言う。
キーボードを打つ手が休むことは無く、目線は手元のモニターに釘付けになっている。
「すまない。少し、嫌な予感がしてな」
腰に手を当てて狐耳をピクリと動かす少女は、苦笑の混じった表情をして、壁に映し出されたディスプレイに目をやる。
「どうせ煙草でも吸いに行っていたんじゃあないんですか?早く席に戻ってください。状況は思っていたよりずっと悪い方に進んでいます」
チクリと刺す様な言い回しをする犬耳をした女性は、手慣れた様子で資料をまとめていく。
「はははっ。バレていたか。すまない」
階段を上り、指令席に着いたと同時に、まとめられた資料が転送されてくる。
「現在、市街地区にて、五部隊が戦闘中。コムギ隊が全名消失。海洋生物ベースの亡霊を数百体規模で確認、人型の出現報告は上がっておりません」
淡々としているが、どこか悲し気を帯びたそんな口調だ。
「コムギ隊か。まずいな」
琥珀色に輝く瞳に、黄色が混ざっていく。
「アカネ!今だ!」
瞬間、凄まじい閃光を伸ばして、地面が割れる。
浮き上がる瓦礫の中、赤い眼を輝かせる猫耳の少女。
光の中、徐々に薄れていく影を見送って、瓦礫の山にふわりと降り立つ。
「相変わらず、凄まじい威力だな」
和服の様な隊服を身に包んだ白い髪を長く伸ばした少女は言う。
構える刀を持つ手から少しずつ力が抜けていく。
「私たち、もういらないんじゃない?」
笑う口元に八重歯を光らせる猫耳少女が刀を鞘にしまいながら言う。
「テト隊には化け物しかいないのか」
やれやれと言った具合に頭に手を当てて、首を振って見せる。
「私たちを何だと思っているの」
白い光を纏って、二つに結われた長い髪を靡かせる。
「いや、化け物だが」
何の躊躇もなく、和服の少女が言い切ってみせる。
「心外だなぁ」
赤い眼が真っすぐに少女を見据える。
「まぁまぁ二人とも。喧嘩は良くないよ。その辺にしておこうよ」
猫耳少女がたははと困ったと言った様に笑って見せる。
「リュウって本当に嫌な奴だよね。直した方がいいよ。そういうの」
「アカネ。お前にだけは言われたくないな。化け物の分際で私に何を言うんだ?」
忠告に一切の聞く耳を持たず、身体から漏れ出す光が強さを増していく。
「また言ったね?化け物って」
地面から大斧を抜き取って、構え直す。
「あぁ、言ったが。事実だろう?」
腰に下げた刀に手を伸ばし、型を取る。
「今謝れば許してあげなくもないけど」
「愚問だな」
一色触発のその瞬間、無線が鳴る。
「アカネ~?聞こえる~?」
酷く緩い口調。
「隊長。何の用ですか。今忙しいんですけど」
構えを崩さない様に、片手で首に触れる。
「リュウもいるよね?繋げてくれる?」
はぁ、溜息を吐いて構えを解く。
指を立てて、ジェスチャーを送る。
和服の少女は型を出来る限り崩さない様にして、首に手をやる。
「リュウ~。久しぶり~。聞こえるかな~」
頭に響く程の大音量で無線が鳴る。
「今先生から連絡があってね。あたしたち合流して任務だってさ~」
刀を握る手から力を抜く。
「先生から?」
「そ~。今あたしの座標送ったから~。アカネと一緒に来てね~」
プツンと音を立てて無線通信が途切れる。
「だそうだ。ヒナ、テトと合流する」
長い髪を靡かせて、瓦礫の山から飛び降りる。
着地と同時に凄まじい加速を見せ、既に遥か遠くに走り去っている。
「えっえぇ~!待ってよ隊長~!」
あたふたと猫耳少女も瓦礫から飛び降りる。
「アカネさん~!先に行ってますね~!」
姿が消えてから数えて一、二秒、辺りに爆音が轟く。
下を見れば着地に失敗した少女が、地面にクレーターを作っている。
「あいたぁああ」
あまり痛そうに聞こえない悲鳴が辺りに響き渡る。
「大丈夫?ヒナ」
少し遅れて着地した赤い眼をした少女が手を差し伸べる。
「あぁ、アカネさん。ありがとうござ」
言い終わるより前に、少女の身体は宙に浮いていた。
「えっ?」
抱きかかえられた少女は目を丸くして呆けてしまう。
「急ぐよ」
言うが早いか、走り出す。
周りの景色が引き延ばされて行き、耳には風の音だけが鳴っている。
眼下で忙しく動き回る人員を眺めては口元に手を持っていく。
爪を噛み、苦い顔をする少女は、何か思考する。
「間に合うと良いがな」
黄色に輝く瞳がどこか、何かを見る。