#4『自信』
目が覚めるとそこは病室だった。
白を基調とした一室。消毒液や薬品の匂いが充満し、やや冷たい空調が効いている。
「やっと起きたね」
カーテン越しに少し低めの女性の声が聞こえてくる。
「随分と長いこと眠っていたよ。大丈夫かい?具合は?」
カーテンをスライドさせて姿を見せたのは懐かしい人だった。
「ナツメ先生」
白く伸びた髪に、長い耳、縁の無い楕円形の眼鏡を掛けた白衣の女性。
「久しぶりだね。二年ぶりくらいだったかな?元気にしていたかい?いや、今はあまり元気そうには見えないがね。はははっ」
黄色に輝く瞳が私を見つめる。
「げ…激辛ラーメンが…」
「激辛ラーメン?」
それから私は気絶するまでの経緯を事細かく説明した。
「ふははっ。そんな。ふふ。そうかそうか」
笑いながら目に涙を浮かべ、腹を抱えて笑う彼女に、私もなんだか笑えてきた。
本当に愉快な人だ。これで優秀な医者だというのだから、世の中分からない。
「テトから至急部隊を向かわせてくれ。市街地区外れのショッピングモールだーなんて連絡が入ってさ。何事かと思えばラーメンを食べて気絶、とはね。ふははっ」
一頻り笑った後、さて、と言って少し真剣な表情に変わった彼女は、
「それで?体の具合の方はどうかな?」
私にそう訊ねてくる。
「特には」
いつも通り、嘘じゃない。
「本当かい?」
「はい。もう大分良くなりました」
本当だ。私は―――。
「そうかい」
そう言って机の上のカップを手に取って、口元に運ぶ。
「おっと、もう入っていないじゃないか」
少し驚いた様な顔をして立ち上がり、
「君も飲むかい?」
なんて言って薄く笑う。
「いいえ大丈夫です。そろそろ帰ろうと思いますので」
インスタントコーヒーの粉末をカップに入れ、ポットからお湯を注ぐ。
「残念だけど、今すぐっていうのは無理かもしれないな」
湯気で曇った眼鏡の奥で黄色が揺れる。
「今、外は宛ら――地獄の様だよ」
薄暗い給湯室にじんわりと光が舞う。
「通常兵器が効くわけないのにね。馬鹿な人たち」
薄い緑色をした髪に白い毛束が幾つか見られる猫耳の生えた少女は言う。
響く銃声にまるで意味が無いと笑って見せる。
「皆、ああするしかないんだよ。何もしないよりはいいじゃない」
薄い紫色をした長い髪を二つに結って赤い眼を輝かせる猫耳少女は言う。
「それにしてもさ、私たちがやればすぐに片付くのに。物資の無駄遣いだと思わない?」
手を宙に翳して光を集め、それを次第に短剣の形へと変えていく。
「私たちに頼り切りになりたくないんだよ。あんなでも、ここを守る国軍なんだ。私たちに守られてるってこと自体、あまり納得していないんじゃないかな」
「じゃあやっぱり馬鹿だよね。そんなプライドなんて捨てちゃえばいいのに。命も物資も勿体ないじゃん」
短剣を投げては弄ぶ。
「さて、そろそろ限界かな。準備して」
長い髪を靡かせ地上を見下げる。
純度の低い精霊で編まれた障壁が、いとも容易く破壊される。
最前にいた兵は一瞬にして黒々しい赤い泥に姿を変えて、続いた兵の殆どは意識を保てずに倒れていく。
瘴気。亡霊が放つそれは人の魂を吸い上げる。耐性の無い者は強力な亡霊がそこに存在しているだけで命を落としてしまう。
『コントロールより通達。地点Cにて国軍の防衛線が決壊、同軍の要請により現時点を以て非戦闘状態を解除。付近の部隊は直ちに戦闘に参加されたし、付近の部隊は直ちに戦闘に参加されたし、以上』
そうして淡々とした口調で開戦が告げられる。
「こちらテト隊アカネ。地点Cにて鮫型の亡霊二体視認。これより戦闘開始します。フタバも一緒です」
『こちらコントロール。テト隊、国軍への被害が最小限になるよう留意し殲滅、その後応援到着までその場で待機の事、以上』
「了解」
ノイズを残して黙った無線を確認して、体の力を抜く。
光を纏ってその姿を変えていく。
「アカネはここで待ってていいよ。私一人でやる」
緑色のショートボブを揺らして、振り返る猫耳少女。
自信に満ち溢れた紺碧の瞳が、薄く黄色に輝いている。
「強いよ、鮫。私でも一人だと怪しいかもしれないし」
空中を泳ぐように移動する漆黒の化け物を深紅の瞳が見据える。
通常、戦闘に於いて単独での行動は許されていない。
当然だ。単独で戦うよりも、複数で戦った方が有利であることなど、考えるまでもない。
「大丈夫。私も強いよ」
自信に溢れた瞳は、やはり黄色に輝いている。
「それに、隊長だって、いつも一人でやっちゃうじゃん」
フタバはあの天才に憧れているのだ。現世代最強と謳われる、あの精霊術師に。
「じゃあ、任せるよ」
大斧を振り下ろして、地面に突き刺す。
縁に腰掛けて、足を空に放り出す。
「流石、アカネは話が分かるね」
纏った光が円を描き、頭上へ浮かぶ。
純白の翼を背中に携えて、その手に握る二振りの短剣が、より一層光を増す。
「それじゃ、行ってくる」
縁に足を掛け、体重を前へ前へと掛けていく。