#1『ケモミミ世界』
二一世紀某日、ある男の手によって現世に天使を降臨させる実験が行われた。
実験は失敗に終わったが実験の余波は凄まじく、施設を中心に数千キロメートルもの範囲を焦土に変えた。
そして実験の影響はそれだけに留まらず、人の在り方を変えてしまった。
酷く忙しく動き回る人や車。一定の間隔で絶えず明滅を繰り返す信号機。
そこで信号が変わるのを待っている猫耳の生えた女の子。
そんな日常が私に平和というものを教えてくれる。
「どうかしましたか?」
横目に見ていた猫耳少女がニコっと笑ってそんな事を言いたげにこちらを覗き込んでくる。
そんなにジロジロ見てしまっていただろうか。
「なんでもないですよ」
私がそう言うと、少女はキョトンとして頭の上に?を浮かべていた。
こんな日常がずっと続けばいいのになんて考えていた私の耳にけたたましいサイレンの音が聞こえてくる。
『現在市街地区にて急速な精霊値の上昇を確認しました。直ちにシェルターへの避難を開始してください。繰り返します』
「警報か」
どうやら私の願いは神様には通じてくれず、今日も奴らがやってくるらしい。
悲鳴に怒号、鳴り響く車のクラクションや急発進の音。
これもまた、日常か。
諦めにも似た感情に打ちひしがれている私の周囲はあっという間に重い空気に包まれて行き、地面を見ればそこにはまるで黒い絵具をぶちまけたかの様な、塗りつぶされたかの様な歪な円形状の模様が現れていた。
「天門・・・」
黒く禍々しいそれは天門と呼ばれ、亡霊と呼ばれる化け物が出現する際に現れる紋章。
そこからジリジリと音を立て這い出てくるそれは、黒く伸びた髪のような触手に手足、這い出るにつれ大きさを増す頭上の環、この世の物とは思えない異形の姿。
あの、世界を滅ぼしかけた実験が影響を与えたのは人間だけなんて事はなく、この様な亡霊を生んでしまった。
そして、この化け物と戦うことが出来るのが、
「そこの人さ」
そう言って先程までとは打って変わり、すんと澄んだ顔をし、猫耳を生やした少女はゆっくりと前へ歩んで行く。
少女の周囲に次第に光が集まり、やがて光の環になって頭上に浮かぶ。
気づけば背中には白い翼を携え、その姿はまるで、天使の様に写る。
「危ないから」
暴風にも似た風を立て天へと飛び立ち、翻って、下界の敵をその目に映す。
瞬間、激しい閃光と共に無数の斬撃が地上へと降り注ぎ、それを追うように少女も降下し止めの一撃を放った。
数瞬置いてやってきた爆音と、バラバラに割かれた亡霊の残骸が、如何に凄まじい攻撃であったかを物語っている。
少女はふわりと亡霊の残骸の上に降り立ち、頭部にある環に爪を突き立て、その禍々しい異形の環に振り下ろした。
「逃げた方がいいよ」
ピースサインをしながら苦笑いし、遅すぎる忠告をしてくる彼女に私は、
「あっ…ありがとうございました」
と、忠告の方ではなく、助けてもらったことに対しての謝意を述べた。
天使が顕現する際に生じたエネルギーが人体に影響を及ぼし、それ以来生まれてくる子供は、何らかの動物の特徴を有している。
そして、そのエネルギーは精霊と呼ばれ、精霊を持って生まれてきた者たちを我々は、精霊術師と呼んだ。