記憶の中の旅日記「伊集院の流儀」
同じ昭和世代を歩いてきた縁なのかもしれないが、最近の有名人の訃報の多さには心を震わせ、懐かしさを蘇らせながらも酒量を増やしてしまっている。
もうすぐ順番が回ってきますよ、とタイムスゥイッチでも押されているのだろうか。
なんとも切ない。
「大人の流儀」
伊集院静のエッセイである。
この本を愛読することで、日々のだらしない生活の言い訳けにしていた感もある。
呑む打つ買うがイキな男の流儀なのだと都合良く解釈してもいた。
他人が困っているときに優しくできるか。
幸福のすぐ隣に哀しみがあると知れ。
大人になるとは、そういうことだ。
(大人の流儀…伊集院静)
心に沁みる箴言だ。
また、伊集院静は毎年成人の日に併せて若者にエッセイを送っていた。
主張せよ。
髪を染めてもいいし、鼻にピアスをしてもいい。
男がスカートを穿いてもかまわない。
ファッションが主張手段なら、堂々と、社会のセンターラインを歩けばいい。
私はそれを好ましいと思うし、若者らしいとも思える。
二十歳、成人おめでとう。
でも本当におめでたいと思っているのか?
成人になったことが、得か、損か?
そんなもの損に決っている。
大人がどんなに不都合で、窮屈か、今はわからないだろう。
私も、ここまでとは思わなかったが、数年後に実感できた。
成人になると、もう聞かなくて済む言葉がある。
「子供は黙っていろ」である。
だから、だから主張せよと私は強く言いたい。
但し、これまでとは違って、猛攻撃を喰らうし、無視もされる。
それでも主張して欲しい。
やり込められ、理不尽さを感じても、シュンとするな。
そんな時こそ、独りで静かに酒を飲めばよいのだ。
ともかく徒党を組むな。
連むな。
大人は孤独であることを知れ。
独りっきりで、静かに、精神を鍛え、反撃のチャンスを待て。
そして、そんな時こそ酒が友になってくれることを祈っている。
(主張せよ…伊集院静)
だよな、人生のバイブルにもなったエッセイを本棚から引っ張り出し、萩原健一の愚か者を口ずさみ、夏目雅子の弾けるような笑顔を、篠ひろ子の魅惑的な微笑を思い浮かべながら、いつものように傍らのウイスキーに手を伸ばし今夜は夜更けまで酔いしれよう。
伊集院は73才だったのかぁ、そうかあ。
よし、明日は晦日、伊集院も通い詰めたあのうどん屋でも行ってみるか!
伊集院の母校はまだクリスマス気分が抜けきってないんだろうけどな。
その辺りを散策がてらぐるりと回ってもう一度献杯だな。




