記憶の中の旅日記「遊びをせんとや〜♪」
公園のベンチで休憩していた。
喧嘩でもしたのだろうか、男の子が隣のベンチで見守るママのところに泣きながら駆け寄ってくる。
ママは諭すように
「あなたが悪いよ、みんなにごめんなさいと謝りなさいね(;¬_¬)」
しぶしぶ男の子は涙を拭いて戻っていく。
「ごめん(/_;)」
「いいよぉ~(-.-)y-~~」
男の子はハニカミ顔でママの方をチラッと見つめ、満面の笑顔(≧∇≦)bで遊びは再開された。
いいなぁ~、子供って。
ふとこんな唄を思い出した。
♪遊びをせんとや生まれけん
♪戯れせんとや生まれけん
♪遊ぶ子どもの声聞けば
♪我が身さへこそ揺がるれ
平安時代末期、後白河法皇によって編集された「梁塵秘抄」(町中で広まってる唄を集めた歌集)の中の一曲。
この唄がなんとも心地よく感じられるのは……
人は遊ぶために生まれてきたんだじゃないのかなぁ?
人との戯れにただ興じるために生まれてきたんじゃないのかなぁ?
なんだかそんな気がしてならない。
だって広場でお遊戯している子どもたちの楽しそうな声が聞こえてくると、大人になった自分のこの身体さえも声に合わせてついつい揺すってしまうんだよね、という唄の意味を推測するからなのだろう。
加えて推測すると、とはいえ現実はそうじゃないんだよな。
なんで大人になるとあくせく働き、人間関係に疲れ、イヤなこと不運を嘆きながら毎日毎日を送っているんだろう.... こんな毎日過ごす為に生まれてきたんじゃないはずなんだよな、という切実な本音も心に染みてくるわけだ。
さてさて、現実世界に疲れ果て、そして競馬でのストレス解消にも失敗。
人生なんて遊び場ですよぉ~!
イラッとした時に、この唄を心の中で静かに囁いてみてはどうですか!
良いオマジナイになるかもです(*^^*)
♪遊びをせんとや生まれけん♪♪
♪戯れせんとや生まれけん♪♪
ハァ~ (´ヘ`;)
近くの公園(初秋)




