記憶の中の旅日記「癒しの場所が欲しくなる」
「どこかないかね、知らない?この界隈で小粋な小料理屋」
「どんな感じの?」
「そうだねぇ、例えばね、こじんまりとしててね。カウンターに席が10席程度かな。しっとりした口数の少ないママが細々とやってるそんな感じ」
さらに注文は続いた。
「そのママさんは未亡人なんだよ。年のころは40中頃ぐらいがいいかな。旦那が死んで5年くらい経ってる。女子大生の一人娘がいてね。ゲンキで明るい娘。たまに手伝いにくるんだよ」
「はー!!?贅沢な要望ですねぇ〜(笑)あるわけないでしょ、テレビドラマじゃあるまいし」
季節は巡った。
旧友の大先輩に地元岡山の小料理屋に連れて行かれた。
「どんな店?」
「いい店なんだよ。小さな料理屋なんだけどね。未亡人がひとりでやってる」
ふる里に戻った先輩はニコッと微笑んだ。
「あの夢みてた店じゃないですか」
「ハハハ、まだ覚えてたのか!・・そうなんだよ、まさしく・・」
先輩に昔しつこく頼まれたことがあった。
そんな店を探してくれ・・と。
「ドラマじゃあるまいしあるわけないでしょ」
懐かしい笑い話。
「ちょっと歩くけどいいか?」
初老になったその先輩の行きつけの店は、岡山駅から15分ほど歩いたところにあった。
小さな川が流れる橋のほとりに、主張なく小さな暖簾が揺れていた。
暖簾のすそには「華」と小さく刺繍がほどこしてある。
店内は昔二人でイメージしたとおりの小料理屋。
明るめの店内にはカウンターが10席。
宵の口のためママがせわしく準備にとりかかっていた。
まだ客はだれもいない。
「よう、満席かぁ?」
相変わらずの冗談から始まった。
店内を見回し、ボクは思わず苦笑いした。
ママさんは微笑みながら先輩の指定席にお絞りを置いた。
カウンターの一番奥、電話や小物が邪魔をし、ちょっと窮屈感がある。
先輩は手馴れた様子で机の上を片付け、当たり前のようにその場所に陣取った。
きっとそこが落ち着く場所なのだろう。
いや、今、生きてる空間の中で一番居心地のよい癒される場所なのかもしれない。
メガネを外し、おしぼりで額をぬぐいながら、柔らかくそんな表情を浮かべた。
彼女はイメージ通り未亡人。
4年前の交通事故でご主人を無くしたのだとか。
「未亡人」
不可思議な言葉だ。
「未だ亡くならない人」なのだから。
しかしその呼び名は、不安定であるがゆえに、ある種の甘味さが漂っている。
3回忌を区切りにして、昔からやってみたかった小料理屋を始めたのだとか。
これまたイメージ通り一人娘がいて、たまに手伝いにくるらしい。
ここはまさしく、先輩が夢みた究極の店だったなのだ。
とっくりがハイペースで机の上に並んでいく。
「もうすぐ定年なんですねぇ。故郷の支店に戻ってこれてよかったじゃないですか。しかし人生なんてあっと云う間なんですね、寂しいというかなんというか・・・」
我が身につまされ、言葉に詰まった。 しかし、そんな時の速い流れを押しとどめ、今この瞬間だけは、ゆったりした時間の中で語り合った。
「これからは、ゆっくりゆったり生きたいね。残りの人生・・」
「よかったですよね、こんな素敵な居場所ができて・・」
ママも静かに微笑んだ。
「ひぃふぅみぃ、よーし、もう1本だけいくかぁ」
満足そうに笑顔を浮かべ、昔と同じようにとっくりの頭を弾きながら、先輩は自身の酒量を見極めた。
癒しの空間。
先輩も、そうか、ある意味ママさんも、癒し癒されているのだろう。
ここはそんな場所なのかもしれないな。
ふと、そう思った。
酔い醒ましの深呼吸をすると、暖簾越しに柔らかな秋風が優しくほてりを和らげてくれた。
(岡山・幸町―神無月)




