記憶の中の旅日記「夜風が身に染みる…」
あかあかと 日はつれなくも 秋の風
芭蕉の句であるが、この俳句にはベースになった平安時代の古歌がある。
須磨は暮れ 明石の方は あかあかと 日はつれなくも 秋風の吹く
つれなく・・・は、さりげなく知らぬ間に・・みたいな意味なのかな。
あかあか・・は、燃える太陽ではなく、沈みゆく残り火の欠片のような夕日や赤く染まった海の色なのだろう。
旅の途中、加賀の海ぞいを歩く芭蕉は、そんな入日を見ながら、ふと頬を刺す風の冷たさに晩秋を気付かされた。
秋の歌ではあるが陰暦を考えると既に初冬の情景だったのだろう。
奥の細道という長い旅も、そろそろ終わりに近づいていることをしみじみと感じ、加えて肉体的にも精神的にも疲れはて、また江戸からの不幸の知らせに望郷の念もかられたに違いない。
夜風が身に染みる。
まさに切実にそんな心境だったのかもしれない。
夜、香林坊犀川沿いの小料理屋で加賀料理鴨治部煮を頂いた。
見た目はこってりしているが味はあっさり。
「なんで治部煮って言うの?」
「さー?」
厨房の板前だれも知らなかった。
「フランス語じゃないですか?ジブニーンとか!(笑)」
「まさか~。ここは加賀百万石だよ」
「金沢は国際文化交流都市ですからね、昔から・・・」
金沢市民は観光都市と呼ばれたくないらしい。
歴史的文化都市なのだそうだ。
どおりで観光客には冷たいんだよな。
まあ金沢って街は変な街ではあった!
君主前田家がにらみきかせてるのか、安易な観光戦略を受け入れることができない歴史の重みが隅々にいき渡っている。
道は狭いし駐車場はないし、案内板は少ないし。
だから観光客は地図片手に右往左往。
プライドなわけだ、加賀百万米の・・。
つまり客に迎合しない。
金目的の観光都市と呼ばれたくないんだろうな。
住民にとっては歴史芸術保存都市なんだろう。
どうぞ御覧になってください・・ではなく、観たければ観ればって感じ。
昼間の光景。
狭い道を横にひろがって、地図見ながら大声を出し、楽しそうに闊歩する観光客たち。
騒音公害にも似たその一団が通り過ぎるのを、道の凹地で待機し、やりすごそうとする杖をついた老婆の虚ろな視線だけが妙に気になったのを思い出した。
そんなこんなで香林坊の夜は更けて、治部煮の答えは結局不明のまま、いつものように二日酔いの朝を迎えた。
案の定、あのジブニーンがお腹の中に居座っているようだ。
(石川・金沢、神楽月)




