記憶の中の旅日記「小江戸で通りゃんせ♪」
♪通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して くだしゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つのお祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも通りゃんせ 通りゃんせ♪
有名なわらべ歌。
江戸時代にできたらしいのだが、この歌の意味は諸説いろいろあって、いったいどれが正解なんだろう?と言われている。
昔、民俗学の教授より直接聞いた解説がある。
未発表の自説なので、おそらくネット等で調べても出てきませんが、この解説を聞いたとき、なるほどと目からウロコ、七五三という祭事の意味が変貌してしまった。
ではでは、その説を現代語物語調で紹介しましょう。
(解説)
ある山奥の畑のあぜ道を母親と娘が急ぎ足で歩いてます。
「早く、早く、時間に遅れてるわよ~ゼェゼェ(汗)」
目的地の天神様は山の頂上。
正面鳥居の表階段までは山裾をグルッと半周回らねばならない。
困り果てていると、山林の小径口から猟師がふらっと現れます。
ふとひらめいた母親は猟師に尋ねます。
「すいませーん、この道はどこにつながってるんですか?」
「??天神様の裏口につながってるけど。どうしたの?」
「今からこの娘の7歳のお礼参りなんですけど、催事の時間に間に合いそうにないんですよ。この道は近道になりますか?」
「そうかぁ、まあ相当近道にはなるよね」
「よかったぁ、通って良いですよね?」
「良いんだけど、気を付けて登りなさいよ。なにしろ猟師専用のけもの道、途中にはオオカミもいるし蛇もたくさんいるんだよ。行きはなんとか良いとしても帰りは怖いし危ないので、面倒くさがらずにチャンと表階段降りて帰りなさいね!さあ、急いで急いで!」
すると娘は首をかしげながら尋ねます。
「どうして行きは良いのに帰りは怖い怖いなの??」
猟師は微笑み、少女の頭を撫でながら語りかけます。
「(笑)だってね、お札を返しちゃうんだよね。帰りはもう天神様に守ってもらえないよ。しっかり自分で考えて元気に生きていかないとね!もう明日からはお嬢さんと呼ばれるんだね、大丈夫、今夜はお祝いだ。おめでとうさん」
「わかりましたぁ」(ニコリ、キリッ)
少女はコックリうなずき目を輝かせました。
なんという素敵な物語。
なるほど。そう言うことなのか!
江戸時代、子供は生まれても7歳になるまでに半数近くは亡くなっていたという。
それまでは天神様に守ってもらおうという風習があったんだね。
だからお札を納めに参るのかぁ!
無事7歳になりました。お世話になりました、という感じでね。
ということは、行きはまだお札を持っているので天神様に守られているというわけだ。
これなら歌詞全体の意味が通じるし、わらべ歌になりお手玉遊びに興じるのも理解できるよね。
調べてみればわかるんですが、食いぶち減らしのため娘は売り飛ばされるからとか差別したんだとか、城内の神社なので、出るときはチェックが厳しいからとか諸説たくさん。
そのような内容の唄を歌いながら子供達が遊んでいるというのがどうしてもイメージに合わないと感じていた。
♪通りゃんせ 通りゃんせ♪
わらべ歌が少女達の笑い顔とともにいつまでも心の中に木霊した。
そんなわけで、川越の街並み散策が終了した。
タイムスリップしたような宿場町。
川越城内にある三芳野天神様が一応このわらべ歌発祥の地となっている。
お参りしたは良いけど、城外に出るときは持ち物検査までされてチェックが厳しいので帰りは怖い?
やっぱりなんかピンとこないなぁ!
発祥地論争は全国アチコチにあるので、まあ良しとするか。
さてさて、川越は太田道灌の出身地でもあるんだなぁ。
ううっ、落語好きの血が騒ぐ。
♪七重八重 花は咲けども山吹の みのひとつだに なきぞ悲しき♪
いいねぇ、次はこのネタだな!
(埼玉川越、梅雨明け)




