記憶の中の旅日記「檜の薫りに歴史が宿る」
学生時代のほんのりとした思い出話。
東京神田神保町の古ぼけた喫茶店で、文学好きの仲間たちと、昼間からビールを呑みながら雑学論議に時間を費やしていた。
ボクを含む現役学生や仕事さぼり中の社会人、プータローハイミスの諸先輩たちが、タバコの煙をポカ~ンと漂わせながら、ただとりとめもなく語り合っていた。
ある時、三十半ばのハイミスの先輩が、ボソボソっと呟いてみんなの笑いを誘った。
『三十路はすべて闇の中である、なんだよねぇ。ふぅー』
実はその時、ボクだけはタバコの煙に合わせるようにポカ~ンとしていた。
笑いのペーソスが理解できなかった。
つまりその闇の中というフレーズがひとりだけ脳裏に記憶されていなかったのだ。
その駄洒落、おそらくどこかからの受け売りだったのだろうが、思い出し笑いする懐かしい記憶となって今でも残っている。
さて、そのいわく付きの馬籠宿に降り立った。
中山道木曽路の宿場町。
島崎籐村の生れ故郷。
『木曽路はすべて山の中である』
籐村の名作『夜明け前』の書き出しだ。
まさしくその通り。
右をみても左をみても、いや、上も下も山々に囲まれている。
木曽路には十一の宿場町があり、その最初が馬籠、そして妻籠とつづく。
「夜明け前」という作品はこの馬籠が舞台である。
国学者であった籐村の父が作品の主人公モデル。
明治維新前後、国の在り方に苦悩し、明治政府と戦う父の姿をスケール大きく描いた。
実はこの大作をボクは2度挑戦し、途中で挫折している。
つまり今でも最後まで読み切っていないのだ。
ほとんど最初の数十ページで放り投げていた。
そもそも最初からあまり乗り気がしなかったのではあるが・・・。
だからこの書き出しのフレーズが記憶から飛んでいた。
なぜ読む気がしないのか?
理由はただひとつ。
明治維新という題材を、鹿児島という郷里の視点から史観してしまう悪いクセをやめられない。
こんな刺激のない木曽の山奥で天下国家論がなぜ始まるわけ?という固定観念が読書熱をクールダウンさせていた。
いわゆる食わず嫌い、そんないきさつがあった。
とはいえ、今「夜明け前」のその舞台が面前に延々と広がっている。
3度目の挑戦意欲を掻き立てる感動捜しに町をぶらりと一回りすることにした。
しかし、いかにも観光地。
宿場町テーマパークのようである。
ただ、ひとつだけわかったこと。
「中山道馬籠宿 江戸へ八十里半 京へ五十二里半」
という立て札をみてふと気付いた。
うーん、遠い。
主人公はこの山奥で国学を極め、さりとて時代の変革に身を託せず、ただただ悶々としていたのかもしれない。
だからこそ「木曽路はすべて山の中である」という出だしが生きてくるわけだ。
自然派藤村の名作、もっと深いところに主眼があるのだろう。
例えば文明開化とはいえ裏舞台のこの山奥の現状こそが、閉塞感から脱しきれない日本人の本性そのものなのだ、とか。
そうは言いながらもいつかは維新開化するのだろう、今がまさに夜明け前の暗さなのだ、とか・・。
違うのかもしれないが、とりあえずそれで納得。
まあ、未読書感想文ということで・・。
ちなみにベストロケーションは、馬籠峠を越えた峠入り口あたりでバスを下車し、妻籠まで向かう数キロの石畳の道程が、滝などもあり、難所木曽路のらしさが漂うすばらしい景観だったことは間違いない。
(長野・木曽路、薫風)




